第6話 入部させてください

 「完敗だ」


 すすまみれの殷染がアイギス科の部室で深々と頭を下げた。頭を下げる彼を笑う人間はいない。ただ1人を除いて意外そうに目を丸くしていた。


 「まさかあの足で奇襲を仕掛けてくるとは思わなかった……」


 あの時、と殷染は今回の試合を振り返る。

 最後、彼の機体を装甲不能にしたのは夕嵐のゴルドー弐式だ。彼女の持つ自動小銃から浴びせかけられた無数の徹甲弾を食らい、殷染の機体は白い信煙弾を上げた。


 問題はなぜ自分がその接近に気づけなかったか、だ。

 おそらく、と殷染は森林地帯での狙撃を振り返る。彼の狙撃は黒煙を目印にしていた。黒煙の立っている位置を攻撃すれば鋼同士の反響音が鳴るのだから、自分が射っているのは拓海機だろう、とタカをくくっていた。


 しかし実際は違った。


 拓海機は盾を夕嵐機にゆずり、彼女に注意を割かせることで自分のスキを狙って肉薄したんだろう、と殷染は予想する。そうでもなければいきなり拓海機が現れたことに説明がつかない。


 爆音や金属の反響音も状況の味方となっていた。


 森林で機体が隠されていたせいで音に頼るしか索敵の方法は残っていない。しかし激しい狙撃音や打ち合う鋼の音が近づいていくるアイギスの駆動音を隠していた。何より自分は奇襲をかけてくることすら考えていなかった。


 そして最後の拓海機の立ち回り。


 アレは倒す、というよりも時間稼ぎをしていたかのように今なら感じられた。つまり夕嵐機が登ってくるまでの時間、殷染をあの場に留めるための捨て身の特攻だ。

 だからだろう、左足を吹き飛ばされてもあの男は俺に向かってきた、と殷染は一分に満たない攻防を振り返る。薬莢を排出する左手を破壊したのも次弾を装填できないようにするためだ。


 冷静でなかったのは自分か、と敢えて距離を取ろうとしなかった自分の判断を悔いるばかりだ。もしあの場で下山し、ひたすら山中を逃げ回っていれば拓海機はエネルギー切れ、残った夕嵐機は狙撃して終わりだったはずだ。


 ――敗因は二つだろう。


 一つは安易に機体状況から高所を取れば登ってこない、と考えてしまったこと。

 もう一つは冒険願望を持ったことだ。


 自分なら余裕だと思った相手が予想以上に食い下がった。完全に実力を見誤っていた。装備の違いもあったかもしれないが近接戦闘では自分を超えていた。


 「ねぇ三冠立役者君、貴方は頭を下げたけどそれでどうするつもり?頭を下げて終わり?」


 不意に夕嵐の問いが飛んだ。殷染はゴクリとつばを飲んだ。今自分は試されている、と生まれてから数度しか味わっていない決断の場に彼の背に汗が沸く。


 今日戦ってわかった。

 彼らは強い。強豪校に入れば一軍に入ることができるくらいには。強い彼らと一緒に戦いたい、と殷染は強く思った。許されるなら、だが。


 「本当は……こんなことを言える立場に俺はない……」


 何より逃げた自分には言う権利もない。

 ――飽きただなんてそれはただの言いわけだ。飽きた、じゃないんだ。


 「でもそれを押して俺は……頼みたい」


 飽きた、ではなく虚無感に満たされた。心躍らなくなった。なんでかな、と自問自答した時があった。


 自分は戦いたかった。

 かつてのチームメイトと。かつての仲間と。かつての仲間と戦いたい、と切に願った。


 「俺を……俺をアイギス科の人間として正式に加入させて欲しい」


 頭を下げたまま殷染は絞り出したような声で懇願した。誠心誠意懇願した。人生で初めてかもしれない、と思うほど彼は必死だった。

 背筋に、首筋に汗が登る。顔面がこわばり、全身の血液が沸騰しているかのような息苦しさを覚えた。


 「貴方、さんざん私達を侮辱したわよね。にも関わらず加入させてくれ、は手前勝手な頼みなんじゃなくて?」


 冷ややかで冷気を帯びた一言が彼の嘆願に対し返される。


 ゆっくりと視線を上げ、殷染は探るような眼で彼女を見つめた。彼女の言い分は最もだし、自分が罵倒されるのも致し方ない。その罵倒を甘んじて受け、なおかつ彼女が気を良くする方法はないものか、と彼の頭の中でアイディアが飛び交った。


 「礼を失するような人が果たしてスポーツマンシップに則ったアイギスの祭典、アイギスロードでどのような振る舞いをしたのか、とても興味深いわ。まずは私達に、ではなく、貴方がこれまで侮辱してきたであろう人達に頭を下げるべきでなくて?」


 そう言われると思い当たる節がいくつもあるな、と殷染はこれまで戦ってきた対戦校の生徒達の顔を思い返した。挑発的な物言いや行動なんかで勝利を勝ち取った試合も一度や二度じゃない。


 時として卑怯とそしられてもおか

しくない行動もとった。勝利に固執した結果、残ったのが例の虚無感なのだとしたら、これまでの自分の人生そのものが今の虚無感の遠因であり根本の原因なのだろう。


 「私は相手がどんな戦い方、どんな戦法を使ってこようとそれがスタイルだと思って相手を尊重するわ。互いに互いを尊重し合う、これはアイギスロードに関わらずすべてのスポーツ、すべての人間関係で言えるものだと思うの。


 だからこそ、もし私達の仲間になるというのなら、その他者を見下すような性格は改めて欲しいわ。そして対戦する相手がかつて見知った仲で、なおかつ貴方が侮辱した相手だと言うのなら一言謝って欲しい。例え相手が望まずとも、それは礼儀なのではなくて?」


 改めて見る夕嵐の表情は険しくもあり、同時にどこか優しげでもあった。おそらく誰に対しても一定の愛情を振り向ける人なんだろう、と殷染は夕嵐の眼をまっすぐ見た。


 「わかった。朝凪部長の言うとおりだ。確かに勝つためとはいえ他者の尊厳をふみにじったりするのはよくないな。だけど、作戦として、相手の判断を狂わせるため、としてならば……」


 「言いたいことは理解できるわ。無論試合中であれば挑発行為を行うのもアリよ。でも試合前後だったりは、ね。例えば他校の生徒に絡んだりとか、ちょっかい欠けたりとか」


 ミシミシと自らを守っていた自尊心が崩れていく音を感じた。自分は趙括あるいは李徴のような安いプライドの持ち主だったのだろう。思い返せば今夕嵐に言われたようなことは何度もやった。ある時は相手のエースのことを調べ上げ、その選手が苦手とする食べ物を試合前の交流会と称して食べさせたり、などということもやった。


 ――そうでもしないと勝てないのか?

 かつてチームからも学校からも出ていった友人の言葉をふと思い出した。


 ほんと、くだらない。

 殷染は額を手で覆うと、わずかに口元を緩めた。


 「――改めて、飯綱高校アイギス科部長、朝凪 夕嵐部長にお願いする。俺を、どうか御校のアイギス科に入れてください」


 「いいでしょう。部長として貴方の、三杓寺 殷染君の入部をみとめましょう。そしてようこそ、我が校のアイギス科へ」


 それは少年が新しい道を歩む第一歩だ。彼がこれまでの自分という皮を脱ぎ去って、新しい彼の道を極めんとする意気込みの現れだ。


 彼による、新しい突き進むべき道アイギスロードが誕生した。


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アイギスロード 賀田 希道 @kadakitou

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