第5話 山岳戦だよ!
飯綱学園裏の山岳地帯は高校の私有地であり、その半分にアイギス科の使用権があった。山の中には動物はほとんど生息しておらず、ほぼ完全に人工の山と化しているためどれだけ山中で喚こうがドンパチやろうが迷惑がかかる、ということは起こらない。
強いていうならば騒音問題程度だろうか。年々過疎化の一途をたどる街だからこそ老人も多く、静かな余生を望む人間も多い。そういった住民のことも考えると決して練習場を街の近辺に設けることのリスクは本来であれば考えなければならない。
しかし、飯綱高校並びに中学が設立された当時、まだ若い人間も多く街が活気づいていたため、アイギス科の銃声や鋼を打ち鳴らす音は街の活気の象徴として扱われており、誰も文句など言わなかった。
「だから派手にやってくれ、と生徒会長は言っていたけれど……。あの人、やっぱりちょっと横暴よね?」
「でも部長。派手にアイギス同士をぶつけ合うことができるっていうのはいいことじゃないですか!特にあの生意気な縮れ毛野郎をぶちのめせるとくれば腕が鳴るってもんですよ」
無線機から聞こえてくるやる気満々の拓海の声を聞き、夕嵐は口元をほころばせた。確かに拓海の言うとおりだ。彼女自身、生意気な転校生には一発かましてやりたい、と思う。
だがそれを差し引いても派手にアイギスを操縦できる、というのはフラストレーションを発散させるのにいい。巨大な四肢が自分の手足のように動かせる感覚を抑えるのは如何ともしがたいものがある。
「そうね。なら思い切って派手にやりましょう。相手がどんな武器を選択したのかはわからないけれど、この山中よ。視界が悪くて嫌でも接近しなくちゃいけないんだから」
「そうっすね。じゃぁ、接近してきた時の援護おねがいしますよ、部長!」
「
直後、赤い信煙弾が発射された開始の合図だ。今回の試合のルールは二対一の殲滅戦。どちらかが敵陣営のアイギスをすべて倒せばいい、というシンプルなルールだ。両陣営のアイギスは八百メートル離れており、山中のどこかであのいけ好かない転校生もあの信煙弾をみとめたところだろう、と夕嵐は操縦用レバーを強く握る。
「とりあえず、付かず離れずを維持して。なんとしてもこちらが先にあの男を見つけるの。大きな樹木とか岩で身を隠しながら進みましょう」
「Yay!」
山岳地帯、とは言ったが山肌を高い樹木が覆っているため、実質森林での戦いと言っても差し支えない。裸山であれば高所を取るのが有用だが、木々がアイギスを隠すためむしろ自分の居場所を知らせるような高所は取るべきではない。
ならば、と夕嵐はゆっくり、ゆっくりと進撃を開始する。ブロードソードとタワーシールドを主武装とする拓海機を先頭に、その後ろを40ミリ小銃を構える夕嵐機が続く。
なるべく音を立てることなく、二人のゴルドー弐式は木々をかき分け進んでいく。それでもガサリ、ガサリと木々がこすれる音がカメラ越しに聞こえてくる。密に木々が立ち並んでいる以上完全な隠密はできないな、と夕嵐は舌打ちをした。
「どうなの、転校生のゴルドー弐式は見える?」
「んー。見えないっすね。よっぽど隠れるのがうまいんですかね」
「まぁ三冠達成の立役者なのだから当たり前でしょうね。初めて乗るアイギスだろうとうまく使ってくる」
「いっそ、こっちから居場所知らせて誘引しますか?」
「んー。……いややめておきましょう。あの転校生の戦闘スタイルを私達って知らないのだし」
返答しながら夕嵐は奥歯を噛んだ。アイギスの専門雑誌である『月刊アイギスロード』にも三杓寺 殷染の名が上がることはあった。自分達もその記事を読んだことはある。でもだからといって興味を持って調べたり、ということはなかった。
あの生意気な転校生の言うことを認めるようで癪だが確かに真面目とは言えないかもしれない。息巻くわりに全国戦場杯に向けて有力校の生徒の情報を得ようとしないのは有り得ないことだ。
「……でもだからって……ねぇ?」
「そうっすね。俺らの実力を見せつけてやらなきゃなりませんよね!」
息巻く拓海に夕嵐はこくりと頷いた。有利な試合で負けては自分達の意気を示せない。なんとしても勝たなくては。
――そう彼女が決心した矢先、空気をつんざく銃声が彼女の耳に届いた。そしてそのすぐ後、爆音が鳴り彼女の視界が上下に激しく揺れた。
「な……!」
何が起きたのか、すぐのにはわからなかった。慌てて右側部の小型ディスプレイへと彼女は視線を送る。青緑に光る液晶画面で右脚部が破損していることをしめす赤い光が点滅している。
「右の足がちぎれてる……!」
「部長、すぐに盾の影に!」
「わかっt……」
続けて弾丸が飛ぶ。
今度は拓海機へ向けた夕嵐機の右手を正確に破壊した。コックピット内でビィービィーと警報音が鳴る。液晶画面には機体の破損率とダメージパーセントが表示される。
ダメージパーセントが100パーセントになれば機体から白い信号弾が上がって稼働不能状態になる、と彼女の理性が40パーセントに迫ったダメージパーセントを見て訴えかける。
左足と破損した右足をうまく使いどうにかタワーシールドの影に隠れるとまた弾丸が飛んだ。さっきまで自機のコクピットがあった位置通り過ぎたのを見て夕嵐の背中を寒気が襲った。
「一体どこから……!」
「弾丸の飛んできた角度から弾道計算やって!あれだけ正確な銃撃ならかn……」
「うえ、マジかよ!」
「どうしたっていうのよ!」
少し間の抜けた拓海の反応に夕嵐は眉をひそめる。一体どこから撃ったというのだろう。こんな視界の悪い地形で正確に右足や右手を撃ち抜くならばかなり接近する必要があるはずだ。
狙撃銃を使えば1キロ先くらいだろうか?山の面積は広いから一キロの距離は誤差だ。
「距離……2000!?2キロ先っすよ!一体どうやってあんな遠くから……!」
「計算間違っているんじゃないかしら?そんなわけ」
「何度やっても同じです!信じらないって……」
アイギスの通常火器の限界射程距離は拳銃タイプで100メートル、携帯小銃で1000メートル、狙撃用ライフルならば3000メートルといったところだろう。しかしほとんどの場合限界射程距離というのは弾が届く距離であって命中可能な距離とは違う。
狙撃銃であれば有効射程距離は2500メートルであり、平地で射っても拓海や夕嵐が驚くことはない。
問題は木々が覆いかぶさるように生えている空間で正確に部位を射抜いた、ということだ。
「恐ろしいわね……。まさかこんな」
「衛生でも使ってんのかよ……!」
二人はただただ驚愕するしかなかった、人間離れした三杓寺 殷染の技術に。
*
「命中」
ダーウィン・システム社製大型狙撃ライフル、M46-Victorのスコープから目を離し、殷染は相手の出方を伺った。いつでも逃げることができるようにライフルを下段に構えて視覚と聴覚を研ぎ澄ました。
わずかな枝の揺れ、そして遠くからでも聞こえてくる駆動音、それらを注意していれば自ずと相手の位置を特定することができるからだ。
技術としてはアフリカの原住民やネイティブアメリカンと大差はない。だがレーダーの使えない戦場でこれほど有用な技術はない、と殷染は素直に自らの五感の良さに感謝していた。
おかげで林立する木々で見えなくとも相手の位置を探ることができる。
最初の一撃はまぐれだったけど、と相手が動いていないことを確認した殷染は密かに自嘲した。足首を吹き飛ばせたのはラッキーだったし、おかげでその後の右手を狙った狙撃がしやすくなった。
カメラ越しに相手が倒れたのを確認した時は思わずガッツポーズをしてしまったほどだ。
やはり自分は抜け切れていないな。
飽きたつもりで諦めきれていない。こうやってトリガーに指をかけている時が1番落ち着く。電車に揺られ、こんな片田舎に来てもなお色褪せること無くアイギスという鉄塊に対する愛情が残っていた。
――息を整え静かに殷染は引き金を引いた。轟音が鳴り響いた。樹高十メートルに達する樹木の間を縫い、弾丸が飛翔する。遠くで甲高い反響音が鳴ったのが聞こえてきた。
盾に当たったか、と音の高さで殷染は判断する。そう言えばさっき右手を破壊した時もう片方はタワーシールドを付けていたな、と思い出し彼は引き金から指を離した。
実際の試合で使われる弾丸とはいえ、対弾性にすぐれたタワーシールドは抜けない。重量がかさむ分、厚みが増しているあの盾で守られながら近づかれると厄介だ。
となると、と殷染は左の電卓ほどの大きさのキーボードを叩く。事前に双方に配布された地形データを見ながら次の行動を彼は決めた。
現在彼がいるのは夕嵐達と同じく山のふもとだ。狙撃でタワーシールドを抜けない、とわかった以上接近する必要がある。だが下手に山沿いに相手に接近しても数の利を生かされて倒されてしまう可能性がある。
ならば、と殷染は斜面を登り始めた。アイギスで土壌がある程度しっかりしている山を登るのは苦ではない。高い登山能力もアイギスの利点の一つだ。アイギスを使って正規ルート外でエベレスト登山を行った、という話もあるのだから。
だがいざ試合中に登山となると話は変わってくる。
早い話が山を登っている最中に背後を取られかねないからだ。高所を取ろうとして登るためにアイギスの重心計算を行っている最中、何度も背後から狙撃をしてきた殷染は慎重に警戒しながら山を登っていく。
幸い、登山の最中に敵が攻撃を仕掛けてくることはなかった。もしタワーシールド持ちがアサルトライフル片手に攻めてきたらちょっとまずかったかもな、と杞憂に終わったことに安堵しながら殷染は山頂から夕嵐達を探した。
山頂、というだけあり見晴らしはすこぶる良い。ゴルドー弐式の全高が樹木よりも低かったせいでもう少し苦労するか、と彼に思わせたが幸いと言うべきか、山のやや開けた場所に二体のゴルドー弐式の影があった。
斜面の土壌がえぐれ岩盤がむき出しになっている地帯だ。高所を取られない、と思っているのだろうか、と殷染は少し呆れてしまった。
敵は殷染に背中を見せ、いつ飛んでくるかわからない彼の弾丸に身動きが取れないでいる。顔に出して殷染はほくそ笑んだ。
引き金に彼の指がのる。
がら空きの背中を射たれればひとたまりもない。カチンと引き金の乾いた音が鳴った。
弾丸は即座に発射され、吸い込まれるように盾持ちのゴルドー弐式へと向かっていった。
爆発が起きた。
黒煙がゴルドー弐式の背部、エネルギージェネレーターを内蔵している箇所からもくもくと立ち上がった。
だが……
「ちぃ……!」
完全に破壊するには至らなかった。
エネルギージェネレーターが破壊されてしまえばアイギスは停止する。自然と内部に埋め込まれたダメージ計測器が稼働不能状態になる。それを示す白煙が上がらなかった、ということはそういうことだろう。
しかもこちらの居場所が相手に知られてしまった。右足を失った方ならいざしらず少しでも稼働できる盾持ちに近づかれるとまずい。
今の殷染の近接武器は万が一のためのサバイバルナイフだけだ。ライフルが通用しない盾持ちを相手にするには心もとなさすぎる。
「アイギスの全体を覆えるからな、あの盾」
牽制の意味合いも込めて殷染は再び弾丸を放つ。若干遅れた動作で敵のゴルドー弐式がタワーシールドで防いだ。その動きに殷染は目を細めた。
「ジェネレーターは破壊されてないだろ……。いや……違う……。……故障?ああ、そういうことか……」
残り一発しかない弾丸を装填し、殷染は銃口をもう片方の倒れているゴルドー弐式へと向けた。
対して照準を合わせず、彼は引き金を引く。爆音と共に弾丸がゴルドー弐式を襲った。
銃口の向きが変わった瞬間、盾持ちのゴルドー弐式がカバーに入ろうと駆け出した。パイロットの判断の速さもあり、盾は殷染の放った弾丸を弾いた。
「いいね。じゃぁ次、いってみようか」
突っ込んでくる盾持ちのゴルドー弐式に対して殷染は弾倉を取り替え、再び狙撃を繰り返す。木々に隠されているとはいえ、黒煙が目印となって相手の位置を教えてくれる。
倒す必要がない分、引き金を引くのが軽く感じられる。弾丸が盾に弾かれ、反響する音を聞くのが心地よいとすら感じられた。
相手の機体の状態も考えればなおさら、だ。
盾持ちのゴルドー弐式は確かにジェネレーターは破壊されていなかった。しかしジェネレーター近くに弾丸が命中したおかげで機体内の動力系に何らかの異常が起きたのだろう、と四発目で自分の弾丸を防いだ手際と六発目の鈍い動きを見比べて殷染は判断した。
ならば後は単純だ。山頂からひたすら弾丸を射てばいい。動力系に異常をきたした、ということは機体を維持するために必要な電力を賄えない、ということだ。加えて鈍重なタワーシールドなど持っていては左腕にかかる負担は計り知れない。山頂にたどり着く頃にはエネルギー切れを起こしているかもしれない。
元々、高所に盾持ちをおびき寄せ盾をもぎ取った後ライフルで始末するつもりだったがより一層楽になった、と自らの豪運に感謝した。持ち込んだ弾倉は四つで今二つ目が空になったが、まだこちらのアイギスにはエネルギーの余裕がある。
「そろそろ場所替えするべきだな」
黒煙が近づいてきたのを確認し、殷染は機体を起こす。万が一手にもった剣でも投げられてクリティカルヒットなんてことになったら目も当てられない。
――刹那、鋼色の壁が殷染の視界を覆った。同時に彼の機体が激しく揺れる。
周囲の樹木にゴルドー弐式の巨体がぶつかり、木々が揺れそして激しい音を立てて崩れ落ちる。突然の強襲、不意の一撃に殷染は何が起きたのか、と機体のカメラの解像度を最大限に引き上げた。
そして彼は自らの細めをめいいっぱいこじ開けてカメラ越しの存在を見た。
やや刀身が欠けたブロードソードを片手に粉塵の中こげ茶色の鉄人がこちらを見下ろしていた。それは紛れもなく自分がさっきから何度も鋼の弾丸を打ち込んでいた存在だ。
満身創痍といった印象を抱かせ、各部から火花が散っている。構え直す動作も鈍重だ。しかし、今自分は相手の間合いにいる、というプレッシャーに操縦レバーを握る殷染の手の甲に汗が乗る。
『よーやく到着ってとこだな!そろそろ年貢の収め時ってやつじゃねーかぁ、ハスコック野郎!?』
「公開通信とか余裕だな。そんな火花散ってる機体で俺に勝てるって?」
『やってみなきゃわかんねーだろ?』
快活な拓海の挑発に殷染は不敵な笑みで返す。彼にはこちらの顔が見えないだろうが機体の態度で伝わるだろう、と見越して。
同時に殷染はちらりと右側面のディスプレイへと視線を向ける。
重量20トン近い鉄塊をぶつけられたせいで機体の関節部の一部にダメージを負っていることがわかる。過度な運動をすれば爆音と共に稼働不能になるだろう。
早めにケリをつけるべきだな、と電力の残高も見ながら殷染は弾倉を取り替えたばかりのライフルを中断で構えた。相手が一歩でも踏み出せば確実にブロードソードが当たる距離で狙撃も何もない。
先に攻撃を当てれば勝てる、と殷染はM46からスコープを外し、重量を軽減した。
――限界まで張りつめた空気の中、まず最初に動いたのは拓海だ。粉塵の先のシルエットが動くと同時に殷染は機体を後方へ向かってジャンプさせる。ブロードソードが空を切ると同時に殷染は狙いも定めず引き金を引く。
弾丸が拓海のゴルドー弐式の左足を吹き飛ばした、と思った瞬間殷染の視界が揺れた。確認するまでもなく、左手がミシミシと音を立てていた。殷染が引き金を引いた瞬間、拓海機が右足で大地を蹴って横薙ぎの一撃を加えたのだ。
左手を失った殷染はすぐに使えない腕をパージする。余分なエネルギー消費など今の機体を状況では許容できなかった。
左足を失ってバランスを失った拓海機目掛けて殷染は引き金を引く。その時だ。拓海機は左手でライフルの銃身に手を伸ばし、無理やり銃口をそらした。何もない空間に向かって弾丸が飛ぶ。ちぃ、と殷染はライフルから手を離し、腰部にマウントされているサバイバルナイフをつかむと、拓海機の頭部目掛けて突き出した。
すぐに拓海機も回避しようとするが殷染が投げ捨てたライフルの重量が機体のバランスを崩していた。
勢い良く突き出されたサバイバルナイフはゴルドー弐式の頭部を完膚なきまでに破壊した。カメラアイなどが飛び、ネジやバネ、歯車、伝達ケーブルなどが周囲へ飛ぶ。
拓海機の頭部が破壊されると同時に機体右肩部から白い信煙弾が飛んだ。装甲不能を示す合図だ。
ふぅ、と一息つき、殷染は拓海機に握られたライフルを取ろうとした。その時、彼は違和感を覚えた。何か、重要なことを忘れているような、そんな違和感を。
不意に背後に悪寒を感じた殷染は機体を反転させ、同時にライフルを構えようとする。
――だが、遅かった。
無数の鋼の弾丸が視界いっぱいに広がって、殷染のゴルドー弐式は仰向けになって倒れてしまった。
そして、白い信煙弾が機体右胸部から上がった。
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