第4話 初対戦です!

 4月2日。例年であればまだ在校生は春休みで新たな出会いに心踊らせるであろう日にちだ。同時にああもうすぐ休みが終わってしまう、と嘆く時間でもある。だが、そんなことは関係ない、とばかりに生徒会長である真柴は殷染とアイギス科の学生の懇親会と銘打って学校に集まるよう指示を出した。


 当然三者三様に辟易とした表情と苦言を露呈したが、それを気にして尻すぼみするほど真柴という男のメンタルは弱くはなかった。彼はわざわざ生徒会の人間を3人のそれぞれの自宅なり寮なりへと送り込み、半ば強制的にアイギス科の部室へ集めさせた。


 そして居並んだ3人を見て満面の笑みをこぼす真柴に”今”鋭いアッパーが食い込んだ。

 あまりに鮮やかなアッパーに回りにいた冨田や二条、殷染なんかは思わずヒューと口笛をこぼす。ただ唯一拓海だけはあちゃーとでも言いたげに殴った張本人から目を背けようとしていた。


 「つつ……。まぁ、荒っぽい開演のあいさつとなって……ちう……。――ああ、やっぱ止まらないではないか。冨田、あとは頼む」

 「あ、はい。――それでは真柴会長の代行として私、冨田 稲宮が開演の音頭を取らせていただきます」


 かんぱーい、と冨田が炭酸水が入ったコップを掲げて叫んだが、二条以外に乾杯という声は上がらない。強制的に集められた3人は寸分違わず顔をしかめ、奥で鼻血を出している真柴に冷たい視線を送っていた。


 目の前でグツグツと煮える山菜鍋にはまるで目もくれず、ただただ彼らの視線が真柴に突き刺さる。それはいっそ蔑視と言ってもいい。残念な何かを見る目だった。


 「――えっと真柴さん、これはどういうわけですか?俺は確かに仮入部はする、と言いましたが……」


 「ちょっとストップ!仮入部ってなに?どういうことよ、生徒会長!」

 「そうっすよ!なんでこんなへんな縮れ毛が入部することになってんすか!?」


 三者三様真柴に質問を投げかけるが、彼が応えるよりも先に冨田が動いた。ささっと小皿に鍋のの中の具材を入れ、3人の前に置いていく。いきなり出されたよい香りのする山菜鍋に疑念を覚える3人だが、その香ばしい鼻孔をくすぐる匂いには勝ち得ない。彼らが鍋をつついているのを認めて、ハンカチで鼻を抑えながら真柴はどっしりと椅子に座った。


 「まず、彼についての説明が先だな。彼は今年度から飯綱高校に入学してきた三杓寺 殷染君だ。君らと同じで高校二年生だ」


 「三杓寺……?それって去年の全国戦場杯で三連覇を成し遂げたっていう?」

 「そうだとも朝凪君。去年の王者が入部する、これは率直に言って素晴らしいことではないか?」


 それはそうですが、と言いよどみながら夕嵐は横目で山菜鍋をつついている殷染へ視線を送った。名前だけは聞いたことがある、学生最強とあだ名されるアイギスパイロット。中等部の頃からレギュラーで数々の偉業を成し遂げた、まさに天才と呼ぶに値する男。しかし今はうまい、うまいと山菜鍋をつついている。


 ついでを言えば容姿もどこか愚鈍そうだ。生まれつきなのか知らないがタレ目でミノムシのように布団にくるまっている絵がよく似合う。率直に言って最強とは程遠い、どこにでもいるやる気のない高校生といった印象を抱かせる風貌の少年だ。


 「生徒会長まず聞きたいのですが、彼がアイギス科に入る、というのは確定事項なんですか?」


 「無論だ。でなければ私自ら入ってくれ、と頼みはしないさ。ああ、それともう一つ言っておくことがある。私含め後ろの二人も今年度からアイギス科に入ることになった。よろしく」


 「入るのは構いませんけど、アイギスはどうするんですか?」

 「問題ない。私のコネと若干の期待でこのファイル内のアイギスをレンタルすることが決定した」


 そう言って真柴は夕嵐に先日殷染に見せたファイルと同じものを差し出した。ファイルの中身を見て夕嵐は驚きと喜びが入り交じったような、そんな複雑な表情を浮かべた。いきなり九機もアイギスが増えるとなればわからないでもない。


 だが、だからこそ彼女は疑問を口にせざるを得なかった。


 「二つほど質問があります。まず一つは生徒会長達が入っても埋められるのは三機だけ。残りの六機はどうするんですか?」

 「今は言えんがアテはある、とだけ言っておこう。少なくとも全国戦場杯に出るまでには最低限のメンバーは集まっていることを確約しよう」


 「わかりました。ではもう一つ。独眼竜って本気ですか?なんと言いますか、竹槍で爆撃機落とすようなものですよ?」

 「ジャック・チャーチルのような例もあるではないか。……というかそんなに絶望的なのか、独眼竜という機体は」


 真柴は表情をしかめながら助けを求めるよう殷染へ視線を送る。当の殷染はうまいうまいと冨田から山菜鍋をもらうばかりでまるで気づいてはいなかったが。まるで使い物にならない三冠達成者に辟易しながら真柴は本職から説明を求めた。


 「まず独眼竜は第二世代アイギスの中でも初期に造られたアイギスです。一般的に第二次世界大戦末期から特定兵器封印協定を結ぶまでに開発されたアイギスを第一世代、その後からゴルドーが開発されるまでのアイギスを第二世代と呼びますが、その期間はとても長いんです。ちょうど五十年でしょうか。


 つまりゴルドーの開発から十年以上経っている今、独眼竜は半世紀以上前の機体なわけです」


 さらに夕嵐の説明は続く。


 独眼竜などに代表される第二世代アイギスの特徴は機体反応速度の強化や拡張性を持たせるなどだ。コックピットの快適化や装甲の重厚化などもだ。


 独眼竜は開発当初は確かに優秀な機体だった。さすが日本、と言わせせしめた高い反応速度と重装甲を両立したまたとない機体だ。


 しかしその重装甲搭載があだとなった。


 反応速度は第一世代機と比べれば雲泥の差なのだが、機体装甲を分厚くした分重量がかさみ、その後に開発された第二世代機とくらべても鈍重な動きしかできない機体へと成り下がった。


 十式までアップグレードを重ねても、如何せん基礎設計の段階ですでにやらかした機体である以上、いくらバッテリーを高出力のものに変えたり、システムを最新のものに変えたり、関節を強固なものに変えようともう収集がつかなくなっていた。


 「という風に本当に鈍重な亀みたいな機体が独眼竜っていうアイギスです。とても団体行動ができる子じゃありませんよ」


 「足が鈍重だからか?」

 「というよりも運用の問題ですね。足が遅いっていうのもあるけど運動能力だったり通信能力だったり。骨董品ですからねー」


 ボロクソに言われ真柴も渋い顔をし、殷染へ助けを求めた。レンタルします、と言ってしまった以上使えなくても使うしかない。様々なアイギスを運用したであろう、実績を持つ殷染に真柴は泣きつきたくなっていた。


 「事実ですよ。そこのミディアムの女の子が言ったことに特に間違いはありません。アイギスの博物館に飾られるくらいにはロートルですからね」


 だが、現実は非情だった。数々のアイギスの運用実績を持つ殷染であっても独眼竜ほどひどい機体はそうはない、と断言するほど独眼竜は使い物にならない機体だった。


 「まずアレ、乗り心地が悪いんですよ。アイギスって多少なりとも揺れるものなんですけど、あの機体はなんと言うか……脳みそをシェイクされながら乗ってる感覚なんですよね。あと、やたらコントロールレバーが重いんですよ。もう立て付けの悪いドアくらいに。


 なんなら折れますからね?もうポッキンって感じで」


 操縦している最中に細長いコントロールレバーが折れる姿を想像して一同は身震いした。折れれば最後、コントロールを失ってぶっ倒れる哀れなアイギスの姿が容易に想像できてしまう。


 惨事も惨事、下手をすれば死人が出る大惨事になりかねない。


 「それはそうと、ねぇ三杓寺君だったかしら?君本当にうちのアイギス科に入ってくれるの?」


 生徒会の面々が身震いしている最中、ふと思い出したかのように夕嵐は殷染へ視線を向けた。突然自分に話しの矛先が向いたことに殷染は肩を震わせたが、すぐにお椀を置くと彼女の質問に応えた。


 「まず言いたいんだが俺はそこの生徒会長に言われて一週間の間仮入部するだけだぞ。もうアイギスに興味はないからな」


 「興味が……ない?」

 「ああ、全く。そもそも俺がアイギスに乗り始めたのもしょうもない理由からだからな」


 それが本心からのものだと殷染の態度の軽薄さが物語っていた。嘘ではなく、本当にただアイギスに乗ることに飽きてしまっている、と直感的に夕嵐は察した。彼女がこれまで見てきたアイギス科を抜けていく先輩や同輩が似た目をし、声に乗った感情を吐露していた。


 本当にもう無理だよ、という性根から諦めたなんとも情けない人間だ。これが史上初の全国戦場杯三冠の立役者の発言かと思うと名状しがたい嗚咽を覚えた。これまで必死になってアイギスという存在に打ち込んでいた彼女からすればなおのことだ。


 だが、彼女が言い返すよりも速くガシャン、という机を叩く音が部室に響いた。

 「おいてめぇ、だったらなんで俺らのとこに来るって言うんだ?」


 拓海が机を打ち鳴らすと同時にお椀や鍋の具材がピシャリとはねた。突然の怒号に生徒会の面々はもちろん、彼の隣に座っていた夕嵐までもが目を丸くして驚いていた。


 「やる気がないくせになんでアイギス乗ってんだよ!俺らは真剣なんだ、あんたと違ってなぁ!」

 「真剣、ねぇ」


 激しい剣幕で怒鳴り散らす拓海を殷染は鼻で笑った。あからさまに自身を馬鹿にした態度に拓海は殷染の胸ぐらを掴んで彼を睨めつける。それでも殷染の小馬鹿にした態度が収まることはない。


 殴っても構わない、と目が言っていた。自分のやったことを理解し、しかしそれでいてふてぶてしい態度をとる男に拓海はさらなる激情を、そして失望感を覚えた。


 「なんでお前みたいなのが学生最強とか言われてんだよ……!」


 三杓寺 殷染と言えば日本の学生アイギス界では有名人も有名人だ。高い操縦センスはもちろんのこと、ずば抜けた戦略眼と臨機応変に状況に対応する柔軟性を併せ持つ、と評判でプロリーグから推薦が来ている、と噂されても不思議ではないほど突出した経歴の持ち主だ。


 拓海も夕嵐も自分と同年代に天才がいる、と知ってからはすごいことだ、いつか自分達も、と思った。だが、理想と現実の乖離は末摘花をはるかに凌駕していた。


 アイギスについての知識があることは認める。しかしそれだけの男だ。口を開けば皮肉と嘲りしか吐き出さない、非常につまらない男が三杓寺 殷染の本性だと知れば薄ら寒さを覚える。


 「あのさ、そろそろ離してくれない?そろそろ息が詰まりそうなんだけど」

 「あぁ?てめぇんなこと言える立場kうぉ!」


 拓海がさらに殷染を傷つけようとした矢先、彼の襟が掴まれ肺へ送る息が途絶え首がしまった。苦しむ彼が乱暴に解き放たれると、次いで殷染のみぞおちに思いっきりブローが飛んだ。


 全く反応できない一撃に殷染は一瞬呼吸を忘れた。胸をダンゴムシが登っていくような名状しがたい感覚を覚えた。同時に胃の中の内容物がこみ上げてきそうになった。いそいで飲み込もうとすると、口内に酸味がほとばしる。


 「もう一度叩き込まれたいのかしら?」


 殴った張本人は驚くほど冷ややかに徹し、反抗的な目で睨む殷染を牽制する。生徒会は動かず、投げ飛ばされた拓海もただただ状況に半分の驚嘆と半分の賛美を持って状況を眺めている状況で、それでも殷染の口元が引き締まることはない。


 「ぁ……あ……。――いきなり殴るとかひどくないか?」


 「殴られるようなことをするほうがわるいのよ。それに私自身柘田君には同意するわ。彼も私も真面目にアイギスという鉄の塊に向き合ってきた。貴方のように逃げた人とは違うのよ」


 「真面目……?真面目なんていうのは誰かが誰かを賞賛するときに使う言葉だろ。自分は真面目です、なんて言わねーよ」

 「そうかしら。少なくとも貴方よりは真面目だという自負はあるわ」


 どうだか、と言った目で殷染は眉間にしわを寄せる夕嵐を嘲笑する。実力も見せていないのにこうも馬鹿にされては夕嵐の気も収まらない。彼女は勢い良くドアを開け放つと、こう宣言した。


 「なら見せてもらおうじゃない!貴方の実力ってやつを!」


 それは夕嵐から殷染に対しての示威行為にほかならない。お前なんてボコボコにしてやる、という彼女の宣誓だ。対して殷染はちょっと驚いたように目を丸くしていた。


 だがすぐに微笑を浮かべると彼女の宣戦布告を受け入れる。自分の平穏な日常を取り戻すには受け入れるしかないのだから。



 アイギス格納庫には三機のゴルドー弐式が鎮座していた。こげ茶色の装甲が格納庫の小窓から差す光に照らされてその重厚な威圧感を露わにしていた。程よく整備が行き届いており、いつでも十全にその性能を発揮することができる、とすぐに見て取れるだろう。


 「このゴルドー弐式を使って戦ってもらうわ!武器選択は倉庫内のものであれば自由なのであしからず」


 夕嵐の清涼な声が格納庫に響き渡る。大人しげな印象を抱かせる外見の少女の力のこもった声は彼女をよく知るものにすら目を丸くさせた。


 ただ1人自分が使うゴルドー弐式を眺めていた殷染を除いては。


 ――チューニングは悪くないな。だけど少し関節が固いか?


 普段あまり使っていないのだとすれば関節が固くなっていることがある。整備が万全とはいえ直せない部分もあるということだ。ピッチャーがマウンドに立つ前に必ず肩を温めるように、普段の練習とはまた違ったアプローチが求められる。


 アイギスの状態を確かめた後は武器だ。どんな武器があるのか、と殷染が格納庫を見回すと格納庫の右壁面に鋼色の銃器や鈍器、剣や盾などが立てかけてあった。こちらもまたきちんと整備しているのか、薄暗い日光で光沢が浮き出ていた。


 にやり、とその内のを見て殷染はほくそ笑む。廃止寸前の弱小チームにまさかこんなものがあるとは夢にも思わなかった。


 もらったな、と殷染は心の中で勝利を確信した。久しくアイギスに乗ってなかったがさえあれば自分の実力を十全に発揮できる。


 「――では三杓寺君、そういうことでいいな?」

 「え、あ、はい!」


 勝利を確信したからこそ、殷染はつい真柴の声に肯定で返してしまった。振り向くとなぜか夕嵐がほくそ笑んでいる。もう一人の拓海とか言うのもだ。何が彼らの笑える根拠になるのだろう、と殷染が首をかしげていると、すぐに答えは出た。


 二人しかいないアイギス科の部員がどちらもゴルドー弐式に乗り込んだのだ。


 つまりは二対一。数で言えば劣勢だ。だが、それで何ができる、と殷染は一笑に付す。その程度の数の差で自分に勝てると思っていることがちゃんちゃらおかしくてたまらなかった。


 かくして校舎裏の山中にて三体の鋼の巨人による戦いが始まった。


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