第3話 協力してくれ

 「嫌です」


 無機質、しかし明確な拒絶の一言が飯綱高校生徒会室に響いた。残響はなく、再び生徒会室へ静寂が戻っていく。

 言葉を発した青年は縮れ毛の茶髪で、ぼんやりとした空虚な瞳をメガネ生徒会長である真柴 明典あきのりに向けていた。大して真柴は彼の双眸を見つめ返し、同じくらい無機質な声を発した。


 「これは頼みではない、命令だ。君の腕を見込んでのことなのだよ、殷染君」

 「俺はもう飽きたんです。今更……」

 「飽きたからと言って技量のすべてがゼロになることはないだろう。それに君がこの高校に在籍するためでもある」


 暗に話を受けないとこの学校にいられないようにするぞ、と言ってくる真柴に殷染が表情を崩すことはない。余裕があるからだ。真柴はそんなことをしないだろう、という。


 「――どうしても承諾はしてくれないか?」

 「なぜ、あんな鉄くずに固執するんです。一体なんの価値があるっていうんですか」


 殷染の問いに真柴は真顔で「ブランド力さ」と応える。


 とどのつまり、宣伝効果としてアイギスを利用しようとしているに過ぎないのだ。


 アイギスは見た目のインパクトから商業的価値がある、と真柴は語る。現在飯綱高校は生徒数の減少による伝統あるサークルや部活の衰退により、学校全体のブランド力が落ちてきている。


 そもそもが長野市の郊外にあるというハンデを背負った立地に加えて、過疎化が進んでいるという実情が生徒数の減少に拍車をかけていた。県庁所在地から電車で二十分以上かかる場所にわざわざ大学を造った自分達の先代を恨まざるを得ない。


 特産物と言えばりんごが日本の生産量の1パーセントということくらいで特に他にめぼしいものがあるわけではない。


 ――だからこそ、アイギスの強豪校、というブランド力を真柴は欲した。工業大国として育った日本でアイギスに乗るというのは男女問わず幼少期青年期問わずあこがれの的だ。


 それはこんな田舎でも変わらない。真柴も昔はアイギスに乗るということに強いあこがれを抱いていた。


 「あの、最後のいります?」

 「私の心意気を語ったまでだ。だがこれで理解してもらっただろう、君にアイギス科に入ってもらいたい理由を」


 「理解はしました。ですが、俺が入る絶対の理由にはならないでしょう。それに事前に調べましたが、この学校が保有しているアイギスは……」


 三機しかないから知名度をあげようとして全国戦場杯に出ても、一回戦落ちが関の山だ。参加できない、とわかっているから二度とアイギスに乗りたくないから三杓寺 殷染という男はこの大学を選択した。だから真柴の要求はある種予想外だ。


 高校生としての残りの二年間を静かに暮らし、その後は東京の大学にでも進学してのんびりと普通の人生を謳歌しよう、という彼の人生設計がズレていく音が聞こえてきていた。


 「……だから仮に俺が入部しても意味はありませんよ」

 「ああ、そのことか」


 ニヤリ、とそれまで鉄仮面だった真柴が殷染の質問に笑みをこぼす。彼は横に控えていた副会長、冨田 稲宮に合図すると、青表紙のファイルを持ってこさせる。


 「実は町内会からすでに内諾を得ていてな。もし我が校が全国戦場杯でベスト4まで行けるなら以下のアイギスのレンタルを許可してもよい、とのことだ」


 そう言って自慢顔でファイルを見せる真柴からファイルを受け取り、反して殷染はやや難しい顔をする。


 ファイルに書かれていたアイギスは三種類。うち二種類は日本企業が製造したアイギスで、冬風重工の秦三式χと田島工業の独眼竜十式だ。そして残りの一種類は世界最高峰のアイギス製造会社、ダーウィン・システムのシュルツトライデントだ。


 問題はこの内二種類、独眼竜十式とシュルツトライデントだ。アイギスの世代では第二世代に分類され、第三世代が主流の現在では型落ち機もいいところだ。しかも独眼竜は第二世代機でも初期の初期に建造された機体でその性能は第三世代機とは月とスッポンと言っても過言ではない。


 シュルツトライデントも似たようなものだが、まだ独眼竜と比べればマシだろう。とにかくわたされたファイルに記載されていたアイギスで全国戦場杯ベスト4進出は泥舟で豪華客船とレースするくらい無理な話だ。


 「……そう言えば内訳はどうなっているんです?」


 「興味を持ったようで何よりだ。――あー、秦三式χが五機、シュルツトライデントが三機、独眼竜が一機だな。ちなみに独眼竜に関してはレンタルではなく、払い下げとのことだ」


 勘弁してくれ、と殷染はため息をつきたくなった。いやため息をついた。全国戦場杯に出場する高校はどれも第三世代、もしくは第二世代後期のアイギスを使ってくる。第一世代の機体と性能的大差がない独眼竜では足手まといだ。


 「もとからこの学校にあるアイギスは?」

 「ゴルドー弐式、というアイギスだ。第三世代の機体らしいな」


 なるほどそれなら、と殷染は頭の中で一個中隊分ある各種アイギスを想像する。ゴルドー弐式の性能であれば独眼竜という穴を埋め得るかもしれない、と淡い幻想が脳内で再生された。


 ゴルドー弐式はシュルツトライデントを製造したダーウィン・システム社の開発した第三世代アイギスであり、その力の最たる部分は圧倒的なまでの汎用性と量産性、拡張性にある。おかげで開発されてから十年経った今でも現役で運用されていて、全国戦場杯優勝候補に上がる高校のいずれかが運用しているケースも多い。


 現在では近代化改修を重ねた伍式が主流だが、大元の根底にあるのは弐式だ。伍式までは各種武装のヴァージョンアップ、マイナーチェンジにすぎない。


 「ゴルドー弐式は操縦性も高く、またそのぱk……それを参考にして造られた秦三式χも同じく優秀な機体です。シュルツも運用次第では次世代機に負けない性能を発揮するでしょう。


 ですが、独眼竜は……。というか、なんであんな欠陥アイギスを……」


 「それしかレンタルできなかったからな。で、どうなんだ?意欲的になったようだが……」


 真柴のしたり顔に殷染ははっとする。


 知らず知らずの内にのせられていた、と気づいたときにはもう手遅れだ。今の自分が高揚している、ただの鉄塊の会話に心躍らせている、と実感してしまっていた。認めたくないが、事実と受け止めるしかない、と殷染は瞑目する。


 「――わかりました。一週間だけ、仮入部ということでしたら」

 「良い返事を聞けたことに素直に喜ぶとしよう。とはいえ今ようやくスタートラインに立てた、といったところか」


 真柴は嘆息し、席から立ち上がった。彼は窓から見える閑散とした校庭を見ながら、誰となく語りかけた。


 「かつての栄光を取り戻さねばならない。それこそ残り一年、私に残された役目なのだから」


 廃れていく母校を想い、真柴の決意はより一層固くなっていった。それは彼の脇を固める副会長と書紀の二条 あやめも同じことだ。ただ唯一、殷染だけが彼の燃えたぎる情熱についていけず、気後れを覚えていた。


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