第2話 廃止は認めたくありません!

 廃止。

 それが県立飯綱高校アイギス科に突きつけられた厳しい現実だった。いつか来るとアイギス科の人間は考えていたが、ついに訪れた死刑宣告を前にしてうなだれないということはなかった。


 「今からでも遅くないです、部員を集めて全国戦場杯に出ましょう!そこで実績を積めば廃止を先延ばしにできます!」


 薄暗い、わずか2人しかいないアイギス科の部室で1人の金髪短髪の男の怒声が響いた。一見して粗野なイメージを抱くオールバックの少年で、感情を露わにしてもう1人の部員でありアイギス科の総責任者でもある黒髪の少女に食ってかかっていた。


 少女はただ眉間にシワをよせ、少年の言葉に何か返すということはしない。その諦めとも取れる態度に少年の怒りの炎はさらに燃え上がり、バン、と強い力で机を叩いた。


 「部長!来年の3月には廃止になるんです!存続させるべきじゃないんですか!?」


 「私だってやめたくないわよ。でも、これから部員を集めるって言ったってアイギスがそもそも足りないの!たった三機じゃ大会に出ても勝てないって何度言えばわかるわけ!」


 しつこい彼の態度に怒りを露わにして部長こと朝凪 夕嵐は大声で吠え返した。彼女だって自身の先輩が築いてきた伝統を自分達の代で潰すなんていう愚行は犯したくなどない。


 しかし、現実は理想で覆せるほど生易しいものでもなかった。


 夕嵐達の所属校である飯綱高校はここ数年、学生アイギスの全国大会などはもちろんのこと小規模の大会にすら出場していない弱小の土台にすら乗れていない高校だ。


 夕嵐の代では一度として参加することはなく、彼女の四つ上の先輩の代で一度全国大会に出て一回戦敗退という屈辱を味わって以来五年間、ほぼアイギスの整備が日課の穀潰しに金食い虫になってしまっていた。


 それでもなんとかアイギス科を復活させようと夕嵐の代――中等部三年の頃――から部員を積極的に募集したり、活動資金を節約などしてきたが、ついに今年の3月、来年の3月にはアイギス科を廃止することは生徒会と高校理事会の合同で決定した。


 いや、それも仕方ないことなのかもしれない、と夕嵐は部室に飾られているアイギスの写真へと視線を向けた。


 やや汚れた写真には彼女が見たこともない先輩達の笑顔の姿と、その後ろに八メートルの鋼の巨人の姿があった。


 ――アイギス。またの名を全領域対応人型有人戦車。


 第二次世界大戦末期、追い詰められたナチス・ドイツ軍が迫り来るソヴィエト軍、連合国軍を相手にV2ロケットと共に戦場に投入した人型兵器だ。戦力が減り、ドイツ軍がこれまで使ってきた戦車などの複雑かつ多人数で運用する兵器が使えなくなることを危惧していたちょび髭総統がロマン九割実用性一割の理想のもと、この世に生み出した鋼の巨人だ。


 結局そんな兵器を投入しても絶対数の差数の暴力で負けてしまったドイツ軍だが、戦後アイギスの技術は連合国軍、ソヴィエト軍の両陣営へと伝わり、冷戦の最前線でアイギスは利用されることになる、はずだった。


 しかし1964年12月25日、ジョン・F・ケネディとソヴィエトのフルシチョフ第一書記長が合同で『次世代への贈り物』と称して一つの協定を取り決めた。


 後世、この条約は特定兵器封印協定と呼ばれ、核兵器、細菌兵器、ロケット兵器、毒ガス兵器、人型兵器の5つを両国では軍事目的で開発することを禁じるという前代未聞の協定だった。


 人間が自らの手で技術の進化に制限をかけ、今後の世界平和への足がかりを気づいたことで、翌年のノーベル平和賞をケネディとフルシチョフの2人が受け取ったことは想像に難くない。


 無論封印協定を両国が結んだから、と言ってアイギスの開発が停止されたということはない。あくまで軍事目的でのアイギスの開発が止まっただけだ。


 アイギスはその後、各国の技術の象徴的存在へと変わっていった。アイギスという精密機械の洗練さを求め、他国よりも先んじようと各国は己の技術を磨いていった。


 その結果、アイギスロードというアイギスを使ったスポーツが生まれた。チームプレイであったり、個人プレイだったり、といろいろな試合を観戦することができる多様性のあるスポーツだ。


 その傾向は無論日本でも起こった。戦後、荒廃した混乱期を乗り越え、日本の科学技術は一気に伸びていった。そして1973年、田中角栄首相のもと、日本の各地に工科大学などが設置され、多方面での技術躍進を図った。


 飯綱高校もその煽りを受け、開校された工科高校であり開校当初はアイギスの研究は目覚ましいものだった。やがて1983年から学生アイギス界のさらなる躍進を名目に全国戦場杯と呼ばれる全国的なアイギスロードの大会が開かれるようになり、各校は己の威信をかけて大会へ望んだ。


 ちょっとボケた淡い写真はその時の名残だ。

 過去、何度か飯綱高校は全国戦場杯に出場し、ベスト4まで行ったことがあるらしい。


 もしその時の先輩達が今のすたれたタンブルウィードが横から転がってきてもおかしくないアイギス科の有様を見たらきっと驚くだろう。いや、軽蔑するかもしれない。


 「ねぇ、拓海君。ほんと、もうだめなのかな?」

 「部長、ですから部員を集めようって」

 「アイギスは?」


 そう、部員がいっぱい集まっても意味はない。アイギスが今のアイギス科にはたった三機しかないのだから。全国戦場杯へ出る最低条件は保有アイギスが一小隊分、つまり三機あることだが、たったそれだけの戦力で勝負が挑めるほど全国戦場杯は甘くない。


 それに本気で出ようと思うならその4倍の戦力はほしい。過去、飯綱高校がベスト4まで行った時は二個中隊分、二四機のアイギスがあったらしいが、今はアイギス科を存続させるためにアイギスを売却する、という矛盾のもとほとんどを処分してしまった。


 「あーあ、どっかにアイギス落ちてないかなー」

 「あと部員もですね」

 「ほんと、それ。ま、そんな都合のいいことないかー」


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