[結]


「……――例の事件の経過報告、しておこうと思ってな」


 二週間ぶりに来訪した常陸さんは、そう言って、わたしの隣に腰を下ろした。ソファのスプリングが大きく弾む。わたしはゲーム機をスリープ状態にして、脇に置いた。シリアスな場面で、このゲームのBGMは暢気すぎる。

 結論から言うと、空木修右が、娘と会っていたこと、そして死体を遺棄したことを自白したそうだ。


『娘さんを愛しているのなら、きちんと荼毘に付すべきではないか』


 という心情を、白良さんが綱渡りのような会話術で柔らかく刺激することで。いつ相手が舌を噛むかわからない緊張感とは、どれほどのものだったろう。わたしには、想像もできない。

 自白の際、空木氏は『殺したのも自分だ』と、振り絞るような声で話したらしい。


「白良さんのおかげで、すぐ自殺ってことにはならなそうだが……まだ何とも言えねえな。目撃者は父親しかいねえわけだし、宗像の〈力〉を知らん連中は、とっとと父親の手に……っつーか首に縄を括りたいみてえだし。真相解明のためには、ちょっとばかり長丁場になりそうだ」


「そう、ですか」


 警察本部での雑談を思い出す。白良さんもまた、信念に沿って、自分の役割を懸命にこなしているようだ。


「考えてみりゃあ今回の事件は、大枠で言えば採用試験の繰り返しだったわけだ。勝手にこっちで容疑者を絞った結果、あのザマなんだから、ったく、ほんと学習能力がねえよな。白良さんも、宗像も……あたしも」


 自虐的にそう言う常陸さんは……どう思っているのだろう。人を殺した小学五年生と、それを庇おうとする父親について。


「常陸さんは、真相が明かされるべきだと思いますか? この事件」


 わたしの口から、懲りずに滑り出た疑問に対して、常陸さんは不思議そうな顔をした。


「そりゃそうだ。当然そう思ってる。警察官としても、常陸未練一個人としても、な。

 人間はやった罪は償うべきだ。何歳であれ、誰であれ、何であれ。ただ、勝手に償ったり償わせたりしないように、あたしたちがいるんだよ」


 言い終わって、ニッと笑う常陸さん。思わず、自分の頬も弛んだ。わたしの事件が解かれる時は、この人にもいてほしい。我が儘を承知で、そう思った。


「お、真名ちゃんの笑うとこ初めてみた気がすんな。なんか得した気分だ。可愛いぜ。って、これじゃ宗像の思考と変わんねーじゃんあたし。

 ……んじゃ、そんなところで報告も済んだし、本部に戻るわ」


 氷の浮かぶお茶を喉を鳴らして飲み干すと、常陸さんはサッと立ち上がった。似つかわしくない慌ただしい退室に、九郎さんが声を掛ける。


「もう少しゆっくりしていけばいいのに。急ぎの仕事でもあるのかい?」


「あー、心の借金返済中。二週間前にやらかし過ぎてるからな。挽回できるうちにしとかねーと、後でサボりづらいだろ? 『けもポン』はまた今度だな。ちゃんとレベル上げしとけよ。そうじゃねーと、あたしの最強チームが蹂躙しちまうぜ。そんじゃな」


「あの、常陸さん、帰りがけに申し訳ないのですが、もう一つ、お聞きしたいことがあります」


 背を向け、退場しようとする常陸さんを舞台上で呼び止める。

 こちらは譲歩したというのに、いつまでも青春の日を謳歌する、影法師へのあてつけのため。


「ん? 何だ真名ちゃん。とうとう真名ちゃんまであたしを弄り始めるんじゃねーだろうな。そんなことになったら大声で泣くぞ。あたしは人前で泣ける人間なんだ」


「試用期間は終わったというのに、九郎さんが、『元相棒』『元相棒』と言うばかりで、わたしのことをいつまでも『相棒』と呼んでくれないんです。どうすればいいと思いますか?」


 常陸さんは、キョトンとした顔をして、わたしと九郎さんを交互に眺め……爆発した。


「――――っく、あっは、はハははははっははハハははっはははは! ひーひひ、何だ、それ! どうしたんだ真名ちゃん! つーか宗像! ちょっと来ない間に、何でそんな面白そうなことになってんだよ。丁度いい、宗像、本部まで連行だ。昔のよしみで、カツ丼の注文くらいは受け付けてやるぜ」


 常陸さんはそう言って、九郎さんの肩をバンバンと叩いた。九郎さんは、苦笑いを浮かべ、降参、というように両手を挙げていた。わたしはわたしで、また後悔の種を蒔いたことに、早くも頭を抱えているのだった。

 わたしは、こんな風にしか生きられないらしい。

 自分の事件が解かれる日。すべてが終わったその時も、わたしは後悔するのだろうか。

 殺人者が、こんな願いをするのはおこがましいだろうが……せめてその後悔の時を、この人たちと迎えられますように。わたしは密やかに、そう願った。


 最後の最後の別れの時は、「ありえません」という否定ではなく、「その通りです」という肯定から始まるだろう。

 いつか必ず訪れるその時まで――「ありえません」と、わたしは、唄う。




(三、お終いへの最終確認  了)





「ありえません」と、わたしは唄う 了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「ありえません」と、わたしは唄う 弐ザワ透 @nizawa-toru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ