第150話 対悪魔戦 8


「さっきまでの威勢はどうした?かかって来ないのか?」



 ララが再度挑発を使用する。魔力が波紋のように拡がった。しかし、動き出す者は居ない。このスキルはあくまで対象の敵意を増幅させるもの。敵意を失い、臆した相手には効果が無かった。


 スキルの失敗でララが溜息を吐く。多少の戦意をも持たない相手。



「はぁ。お前らが来なくても、俺は殺るけどね」



 ララは周囲を見渡しながら呆れの混じった声で呟いた。視線が合った悪魔達はその赤い瞳を目の当たりにする。その目は敵対者に向けるものじゃなかった。圧倒的強者が弱者に向ける目。捕食者が被捕食者を見つめる目だ。


 自身らがララの敵ではなく獲物に降格したのだと理解した。


 悪魔達は唾を飲み込み、逃避経路を探す。目の前に立つ化け物から生き延びる道を模索した。


 しかし、逃げられない。この空間には結界が張られている。巨大な結界は檻となり、悪魔達を捕らえていた。


 オリビアをはじめとした人間達に危害が及ばないよう、ララが結界を施していたのだ。これがある限り悪魔達は逃れる事が出来ない。


 暫くの間静寂が続く。そしてララがぽんっ、と手を叩いた。その音で悪魔達は過剰に反応を示す。



「スライムらしい戦い方を今思い付いた」 



 そう呟いてからララは両手を広げ、その手にそれぞれ2つの小さな分体を作り出した。合計で4つの小さなスライムがララの手に収まる。これらの分体を手から離して落下させた。


 分体は空中で一回転しその形を変化させていく。落下に伴い徐々に大きくなった。小さなスライムから掛け離れた存在となった分体が一斉に立ち上がる。


 分体には手足があった。長い銀髪もあった。健康的な肌にそこそこの膨らみを持った双丘。一様にララと同じ特徴を持つ。



「《分裂》と《擬態》」



 分体は形を定めた。ララの横に並んだのは目を赤く爛々と輝かせた4人の少女。オリビアの姿を象った人型だ。


 悪魔達は驚愕と絶望が詰まった表情となった。たった1人でも勝てない相手が5人に増えた。それがどれだけ理不尽な事か。勝てる希望を尽く潰された感覚に陥った。



「それぞれが俺のステータス半分を保持している。是非とも遊んでやってくれ」 



 分体、そしてララ本体の5人の手に同じ金属棒が握られた。薄く金色に輝く棒を軽く振り回し、その感覚を確かめる。4人の並行操作を行い動かせる事を確認すると、ララは口角を吊り上げた。



「さぁ、ぶちかますぜ?」



 その言葉を合図に4人の分体が一斉に飛び出した。それぞれが近くに居る悪魔へと接近し、各々の金属棒を振りかぶる。


 悪魔達は必死の抵抗を見せ、武器を構えて迎撃する。しかし、腰の入っていない攻撃は一切通用しなかった。


 1柱、2柱と消されていく。逃げ惑う悪魔にも、命乞いをする悪魔にも、ララは容赦なくトドメを刺した。



「雑魚はこれで片付くだろ。後はお前ら上位だけだぜ」



 ララが見上げた先には3柱の悪魔がいる。上級に位置する悪魔達だ。


 中央に立つのが長身な男性のような外見。初めにララと会話を交わした悪魔だ。得物は大きな黒い鎌。


 その右に立つのが低身長の少女のような外見。前髪が長く目を覆い隠し、暗い雰囲気を漂わせる。得物が伺えない事から、魔法特化だと予想出来る。


 左に立つのが大柄な男のような外見。大きな棍棒を握り、頑丈な鎧を身に纏う。防御に特化した個体だろう。


 3柱共が強大な魔力を宿している。中級の悪魔とは比べ物にならない程、その戦闘力はずば抜けていた。そんな悪魔達でさえ迂闊に動く事が出来ない。相手がたった1人と言え、その戦力は3柱を足しても足りない程。この戦いに勝ち目無し。それを理解していた。



「どうした?お前らもかかって来ないのか?」



 動く素振りを見せない悪魔達に、ララは首を傾げる。ララは待ちの姿勢を貫いており、反撃という形で攻撃をしたかった。それ故の発言だろう。さり気なく《挑発》のスキルを乗せていた。



『間が悪かったとでも言おうか、不運だったとでも言おうか。何故貴様のようや強者が邪魔をする。我等の悲願が成されようというこのタイミングに、何故貴様のような強者が現れる?』

「あぁ、俺としても不運だよ。なんで俺が居る時にお前ら来るかね?俺ってば戦いたくない平和主義なのにさ」

『はッ!どの口がほざく。この戦闘狂がッ!』



 その言葉にララはからからと笑った。突き付けられた戦闘狂という単語。それには自覚があった。なんやかんや言い訳しているが、闘う事は好きなのだ。



「じゃ、建前は要らないか。闘ろうぜ」



 そう言ってララが動き出した。金属棒を下に構え、空を蹴って飛び上がる。跳躍を続けて3柱の悪魔に接近した。



『お前は召喚の準備をしろ!作戦は崩れたが、遂行しなくてはならん!』

『はいッ!』

『命を懸けてあの方を喚べ!我等が時間を作る!』

『了解した』



 長身の赤い悪魔が迎撃するべく飛び出した。後方で止まったままでいる少女の悪魔は何やら魔法陣を描き出し始める。その悪魔を守るように、巨大の悪魔が棍棒を構えた。



(あの方......?)



 悪魔の会話を聞いたララは眉をひそめた。上級の悪魔が"あの方"と呼ぶ存在。つまり更に格上の存在という事だ。



「って、まさか......!」



 何かに気付く。それと同時に赤い悪魔との距離が無くなった。


 咄嗟に振り上げたララの金属棒と悪魔の鎌が衝突する。互いの武器は接触で火花を散らし、高い音を立てて弾きあった。


 空中で体勢を立て直し、再度振りかぶりぶつけ合う。今度は弾くこと無く鍔迫り合いに持ち込まれた。



『貴様、動揺したな?』

「なんの事かなっ!」



 ララが棒を振り上げて鎌を弾いた。そして隙を突くように蹴りを撃ち込む。


 しかしその蹴りは空を切った。悪魔は僅かに飛び下がっていたのだ。小さな動きだけで攻撃を躱す。その事にララが嫌な顔をした。


 次に攻撃を仕掛けたのは悪魔。鎌を上から振り下ろした。


 風を切って高速で放たれた一撃。それを横に飛んで躱したララ。続けて悪魔が振るった鎌を躱す為に後ろへと飛んだ。


 武器の技量では悪魔が勝っていた。ララの力技な一撃もいなされてしまう。攻撃手段を絞ったララが劣勢に立たされていた。


 そして金属の擦れ合う音を響かせる事数回。気付けば召喚の儀式を始めた悪魔からかなり離れてしまっていた。



『余裕が消えたように見える。貴様でもあの方には勝てないらしいな?』

「あぁん?誰が誰に勝てないだと?」

『クックックッ』



 確かにララの顔からは余裕が若干消えていた。悪魔は未知なる魔物だ。何をしてくれるか分かったものじゃない。


 そして、ララは自分より格上が居ることを理解していた。この世に数えられる程だが格上は存在する。その1つが悪魔の最上位格だと思われる。唯一己の力だけで現世に移動する手段を持つヤベェ奴。


 この場に来ていない、彼等が召喚しようとしている、と言うことから最上位格では無い可能性もある。しかし、自らの力だけでやって来ることにデメリットがあるとしたら、制約があるとしたら。この場に来ていない事も頷ける。


 早めに倒さないと不味い。その思考がララの中に芽生えた。


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俺は、王道ファンタジーを望む めぇりぃう @meiry

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