第149話 対悪魔戦 7


 空中で立ち止まったララは、金属棒を肩で担いで辺りを見渡した。宙を漂う悪魔達の表情に気付き口角を吊り上げる。


 周囲に浮かぶ悪魔達。目の前で同族が殺されたからなのか、ララが発した《挑発》の効果なのか、顔を憤怒に歪めていた。理性を欠いたような、闘争心剥き出しの表情だ。


 悪魔達は確実に殺さん、と射抜くような眼差しをララに当てている。ララは四方八方から殺気を当てられていたのだ。それを肌で感じ、ララの魔物としての本能が強く刺激された。端的に言えば興奮しているのである。



『囲んで殺せッ!』

『うぉぉぉッ!』

『死ねぇぇぇッ!』



 1柱が叫んだ。その号令に合わせて悪魔達は雄叫びを上げ、息を揃えてララへと飛び掛かる。


 初めに迫ってきた悪魔が突き出した槍、続く悪魔の剣を棒で弾き、後方から振り下ろされた斧を横に飛んで避けた。


 避けた先にも悪魔は居る。今度は刀のような、湾曲した刃がララの目前に迫った。咄嗟に金属棒を滑り込ませ、顔面への接触を防ぐ。金属の擦れ合う音を響かせ火花を散らした。


 そんな刃を受け流し終えるより早く、巨大な槌を担いだ悪魔が迫っていた。ララの体より大きな槌。唯ならぬ威力を誇っているだろう。



『ウォラァァッ!!』

「よっと」



 ララは空を蹴っての緊急回避を選択。大槌は ララが居た空間を抉り抜き、周囲に突風を作り出した。


 飛んだララへと他の悪魔が追撃する。それを凌いでもまた次の、また次の悪魔がララを囲んだ。



「流石に、数が多いかな」



 休む間もなく、息を整える間もなく、ララへと殺意の籠った攻撃が向けられた。絶え間なく降り注がれる攻撃を避けて弾いて躱す。右へ左へ上へ下へと飛び回りながら、一撃たりとも受けること無く、完全に捌ききっていた。


 嵐のような攻撃の僅かな間を付いてララは反撃する。殴ったり蹴ったりと叩き込んでいた。しかしその猛攻は止まる様子を見せなかった。


 中級悪魔ともなれば、力の入ってないララの拳一撃では仕留められない。踏み込み、狙いを定めた一撃を入れる必要があった。


 突き出された剣を金属棒で弾き返しながら、さてどうしようか、とララは考える。その表情に焦りはなく、むしろ嬉々としたものだ。舌なめずりをして打開策を模索する様は、この状況を明らかに楽しんでいた。


 悪魔達の連携は目を見張るものだ。ララという強敵を前にして結束したのか、各々の弱所を補い合っている。嘗てララが体験した連携よりも見事であった。



「ん?」

『これで終わりだぁぁッ!』



 ララが違和感を覚えて空を見上げる。そこには混戦に参加していない悪魔が居り、両手を掲げて闇の塊を作りだしていた。戦闘が開始してから今まで溜め続けたと思われる闇魔法。


 ララが気付いた、と同時にその悪魔が叫ぶ。そして両手を振り下ろし、作っていた闇の塊をララへと投げ付けた。


 意識が闇魔法に集中してしまった隙を突くように、鋭い槍がララに向けられる。その槍の対処を行えば、闇を避けたり防いだりする余裕がなくなってしまった。


 どうやらこの闇からララを逃がすつもりは無いらしい。悪魔達のしてやったり、という顔がララの視界に映った。



 闇の塊はララに直撃する。そして、ゴウッという音を立て、黒い闇がララを包み込んだ。



『よしっ!』

『やったか......!?』

『無傷では済むまいっ!』



 悪魔達が歓声を上げた。魔力をありったけ詰め込んだ、渾身の闇魔法。飲まれれば瞬く間に全身の魔力を奪われ、朽ちて無くなるだろう。


 これで死んだと言わなくとも、深手を負わせられた。そう確信していた。闇魔法は悪魔の専売特許であり、最強に近い魔法である。その威力は絶大であり、彼等の誇りそのものでもあった。



 その闇の中から何かが放たれる。



『なッ、んッ......!?』



 飛来したのは太陽の光を受けて輝きを放つ棒。それはララの得物である金属棒だ。真っ直ぐと放たれた棒は、魔法を行使した悪魔の胸部を正確に貫いた。



「攻撃を当てた事は褒めてやるが、その程度の魔法じゃ俺は倒せないぞ?」

『なにッ!?』

『無傷、だとッ......!?馬鹿なッ!!』



 その高い声が響いたと思えば闇が晴れた。ララがその姿を現す。衣服が破れているものの、身体に傷は付いていない。無傷という評価は適していた。


 スライムには属性に対する耐性がある。『ファイアスライム』や『エレキスライム』といったスライムには、それぞれ炎と雷の耐性が宿る。そしてララは『ダークスライム』というスライムにも進化しており、闇魔法に対しての耐性を獲得していた。それにより無傷という結果に終わったのだ。



『何故だ......何故だぁぁッ!!』



 胸を貫かれた悪魔が叫び、ララへと突撃する。金属棒の投擲は致命傷となっていたものの、死んでなるものかと踏ん張っていた。



『ガァァァァッ!!』



 雄叫びを上げて爪を闇雲に振り回す。我武者羅に振り回された攻撃はララに掠らない。虚しく空を切るのみである。


 ララが悪魔の腹部に右拳を撃ち込んだ。衝撃が前から後ろへと突き抜ける。絶命に至らせるのに十分な一撃だ。



『ガハッ......共に、死ね......ッ!』 



 しかし、悪魔は潰えない。風前の灯火である筈の悪魔がララの右手を両手で掴んだ。そしてその身に残る魔力を一点に掻き集め始めたのである。


ララは驚いた顔をする。悪魔の実力を見誤ったのもそうだが、まさかこんな行動を取るなんて、という驚きが強い。


 悪魔が成そうとしていること。それは自爆だ。魔物の心臓たる魔石に魔力を一定量溜め込むと、その負荷に耐えきれず爆発するのだ。それは魔物が持つ最後の手段と言って良い、普通は取らない行動である。


 それを悪魔が取ろうとしていることに驚き、感心した。



「断るよ」



 ララの右手から作り出されたのは銀色の液体。それが自爆寸前の悪魔を瞬時に包み込んだ。そして跡形もなく消える。


 手加減の無い《溶解液》で殺す事こそがララの礼儀。敬意の表し方だった。



「自爆すらも躊躇わないなんて、まったく、恐ろしいな」



 そうボヤいているが、自爆はララも使っていた攻撃方法。ララの場合分体を爆発させていたが、やっていた事は同じである。


 そんなララへとまた1柱の悪魔が接近する。その悪魔も今まで乱戦に参加していなかった、力を温存していた個体だ。



「サキュバス──」



 ララがその正体を看破した。


 その悪魔はサキュバスと呼ばれる種族。露出の多い装いをしており、他者を惹き付け誘惑し、魅了する。その対象は老若男女を問わず、サキュバスを意識した相手全て。基本的な戦闘能力は下級レベルだが、それ以外の能力に特化している。


 ララの脳裏にはノワが過ぎった。あの子が成長したらこうなるのか。あまり破廉恥な格好はさせないようにしよう。そう呑気に考える。己の裸趣味を差し置いて。



『貴女、強いわねぇ』

「そりゃどーも」

『私のモノにしたいわぁ』

「いやだね」



 サキュバスの言葉にララはぶっきらぼうな返事をする。ララは反撃という形でしか攻撃をしない。故に、早く何かやってくれ、という受け身の姿勢であった。


 語り掛けるサキュバス。攻撃意思は感じられず、その調子で接近した。既に攻撃圏内に侵入しているが、お互いに行動を見せない。


 ララの瞳とサキュバスの瞳が交錯する。赤い瞳と青い瞳が交わった。その瞬間、サキュバスがとあるスキルを発動させた。ララはスキルの発動を察して身構える。漸くなにか来た、と。


 それはサキュバスが一生に一度しか発動出来ない特殊なスキル。発動条件は至近距離で視線を合わせることのみ。だが、その効果は絶大だ。


 《魅了一到》


 このスキルが発動すれば、相手は永続的な魅了状態になる。魅了する、という事は対象が術者の下僕となるという事だ。命令には逆らえず、その術者の為だけに動く人形に成り果てる。


 通常の魅了は解除する方法があるものの、このスキルに依る魅了は解除出来ない。そしてそこに性別も種族も関係無い。どんな相手であろうが魅了する事が出来るのだ。


 たった一度しか発動出来ない、というデメリットを帳消しにするリターン。サキュバスの奥の手である。


 スキルが発動した事を確認し、サキュバスは勝利を確信した。



『ふふっ。さぁ、私の命令に──』



 サキュバスの言葉は続かなかった。ララの右手がその顔面を鷲掴みにしたのだ。理解が追い付かないサキュバス。己の下僕となった筈のララが、己に牙を剥いている。この現状を理解出来なかった。


 そして意識は途絶えた。



「何をしたかのか分かんないけど、効果は無かったみたいだな」 



 容赦なくサキュバスの頭部を粉砕したララが、手を叩きながら呟いた。ララからしてみれば、サキュバスは呑気に近付き殺されに来た愚か者だ。まるで意図が掴めなかった。


 サキュバスの《魅了一到》にも弱点がある。唯一、と言って良い弱点が。


 それは1人につき1柱というもの。対象に掛けられる魅了は1柱限定。席は1つしか無く、上掛けは出来ない。つまり早い者勝ちという訳だ。


 弱点を端的に言えば、魅了に掛かっている者はそれ以外の魅了に掛からないのである。


 ララはそれを理解していない。

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