第148話 対悪魔戦 6

「残るは下級が数体、中級が10数体、その上が3体か。これくらいなら肉弾戦やってもいいかな」



 残る悪魔の数を把握し、戦闘方法を思案する。手っ取り早いのは先程見せた殲滅技だが、ララとしては身を動かして戦いたいと思っていた。この数ならば直ぐに片付けられるだろう、と考えたのだ。



『貴様、何者だ?人間ではなないな』

「ん?......へぇ、分かるんだ」



 区分としては上級に位置する悪魔が声を出した。この場にいる悪魔の中では最も強い魔力を有し、その言葉にも威厳がある。彼こそが群れの長とも呼べる立場なのだろう。漆黒の翼に赤い角、悪魔らしい凶悪な面構え。漂う気配から強者と理解出来る。



『貴様のような輩が、何故人間の味方をする?』

「何故って?それが主の願いだから。それ以上の理由なんて他に無いよ」

『主、だと?』



 赤い悪魔が視線を動かした。その先にはオリビアが居る。特徴の似ているオリビアがララの主だと気付いたようだ。悪魔の瞳に映るのは成人にも満たない少女。魔力も気力も何もかもが足りない脆弱な人間だった。



『人間を主と仰ぐのか?貴様は人間なんぞに従うのか?』



 赤い悪魔が声を震わせる。声に怒りを隠せていなかった。あからさまに憤り、そしてララを侮辱していた。



「なーんか、言い方が気に入らないな。人間って凄いんだぞ?器用だし、発想力も素晴らしい。俺達魔物が持たないものの殆どを手にしている。そして何より美味いもんを食えるんだ。最高じゃないか」

『くだらぬッ!人間とは我等の餌に過ぎぬ下等生物ッ!強者だと思っていたが、見損なったぞッ!!』



 ララが不服そうな顔をした。悪魔は更に声を張る。



「勝手に評価して勝手に見損なうなし。ま、価値観は人それぞれ。否定するつもりは無いさ......けど、お前は俺の敵対者だと確定した」

『ほざけ。同族を散々殺してくれた貴様を、我々が生きて逃すと思うなッ!』



 お互いに睨み合う。緊迫した空気に包まれる。


 ララが溜息を吐いた。それだけで張り詰めた緊張感が緩む。ただ、動く者は居なかった。迂闊に飛び込めば反撃を喰らうと理解していたのだ。



「俺さ。人型での戦闘にまだ慣れてないんだよね。昔の感覚も大分薄れちゃったし、と言うかそもそも体が違うし」



 ララはボヤきながら体を動かす。両腕を揺らしたり、足を曲げたり伸ばしたり。準備運動のように動かしていく。その動作には自然体で動いているように見えて、多少のぎこちなさが存在していた。


 遠い記憶にあるものより今の肉体は一回り以上体躯が小さい。ララの薄れた記憶では成人男性だったのが、今は少女の体である。その差は歴然と言えよう。それだけでなく、異常に発達したステータスもララの動作を妨げてしまっていた。



「だからさ、お前ら。俺の練習に付き合えよ」



 馴染み始めていたが、完璧ではなかった。日常生活を送る分には問題無いが、いざ戦闘となると隙となり目立ってしまう。日々の生活では気付けない感覚のズレ、誤差をこの場で修正しようと考えていたのだ。悪魔達をその相手とすることで。


 ララが笑顔でそういえば、周りに浮かぶ悪魔達の額に筋が走った。



『ふざけるなぁぁぁッ!』

『俺達を練習相手にするだと......!』

『思い知らせてやるぅぅッ!!』



 悪魔達が吠え、睨み、唸り、震える。悪魔達が怒りを露わにした。内より溢れ出した殺気がそれを物語っていた。


 彼等は皆、ララの言葉に乗せられた《挑発》に引っかかっていた。吊られなかったのは格上のものだけ。中級以下は一様に憤り、ララを殺さんと無鉄砲に飛び出した。


 更に笑顔をうかべたララは《アイテムボックス》から特製金属棒を取り出した。重心を落とし、頭の横に得物を構える。


 そんなララへと悪魔達は接近する。同時と言うよりはバラバラ。四方八方を囲むように、翼を伸ばし、滑空するように飛来した。


 ララは一息吸い込み、戦闘を飛んで来る悪魔目掛けて金属棒を突き出した。


 風を切って鋭く放たれた一撃。速度もタイミングも良しと言えるその突きを、先頭に立つ悪魔は身を翻す事で回避した。



「お?」

『死ねェェッ!!』



 悪魔が反撃として腕を伸ばす。迫り来る爪をララは首を曲げて躱した。悪魔の爪が掠め、ララの銀髪が切り落とされる。宙を舞い落ちる銀髪を視界に捉えながらに思考を巡らし考えた。



(今のを躱せるのか。相手が上手、と言うより俺が下手だったのかな)



 己の技術不足には疑いようがなかった。剣より扱いが簡単な棒とはいえ、その経験は非常に浅いため動きは到底良しと言えるものでは無い。ゴブリンやオークに化けて使ってはいたが、人型になるとその感覚も変わってくる。


 やはり特訓が必要だな、と思いながら口角を上げた。


 次いで金属棒を引き戻し、同時に右足を振り上げる。繰り出した足は悪魔の顔面を捉えた。抉り抜くように、一切の手加減を無くして蹴り抜くと、音を立てて頭部を破裂する。血飛沫は上がらず魔力となって悪魔は消えた。



 直後、キィィンという金属同士が擦れ合う音が響いた。



「隙は無いんだぜ?」

『チッ......!』



 1柱目が絶命して間を置かず、次の相手が攻撃を仕掛けていた。右方から接近していた悪魔の得物は槍。その槍とララの金属棒がかち合った。不意打ちに気付いていたララが防いだのである。


 ニヤリと笑ったララに対し、奇襲を防がれた悪魔は悔しそうに顔を歪めた。



「ん?おっと」



 ララが咄嗟に後ろへ飛ぶ。ララが元場所に2つの黒い影が飛び掛り、2本の剣が打ち付けられた。続けて奇襲を狙っていたのだ。



『しゃぁッ!』

『くたばれぇぇッ!』



 新しい2柱、そして槍持ちの悪魔という計3柱が各々の武器を持ってララを追撃する。連続で剣、槍、剣と攻撃を仕掛けた。


 それらをララは金属棒1つで捌いていく。高い身体能力にものを言わせた技術の欠けらも無い力技。しかし、それでも。悪魔3柱の連撃を全て弾いている。その事実に変わりない。



「良いねぇ。出来ればもっと速くしてほしんだけど、無理そうだな」

『舐めやがって......!』



 涼しい顔で言ってのけるララ。その言葉で悪魔達の怒りが煽られる。


 その怒りも直ぐに冷めてしまう。



「先ず、1つ」

『まずいッ......!』



 連撃の隙間を縫ってララが刺突を喰らわせた。真ん中に立つ悪魔の頭部を静かに貫き、一撃で生命活動を終わらせる。


 粒子となって消えゆく仲間を見て、危険を察した両側に立つ悪魔は咄嗟に後ろへ飛んで距離を作った。素早く翼を動かし空へと逃げる。彼らの戦場である空へと。


 そんな悪魔達をララは逃がさない。



「空がお前らのフィールドだと思うなよ?」

『なにッ!?』



 今度はララが追撃する。地面を蹴って飛び上がり、悪魔達に接近した。射程距離に入ると金属棒を横凪に振るう。狙いは先程の悪魔達、その頭部である。


 1柱の首を飛ばした。しかし、2柱目は紙一重で回避に成功。追撃を恐れて更にララから距離を作った。



「ちっ、逃げられた」



 離れていく悪魔を目で追いながら、小さく舌打ちをした。棒を振り切り、宙を舞うララ。そのまま落ちるかと思えば宙で止まった。浮いている、と言うよりも立っている。


 《操作:空間》により足場を作り出したのだ。飛ぶスキルを有しているが、こと戦闘に於いてはこの方が闘いやすい。それ故に此方を選択したようだ。


 ララが周囲を見渡す。空に登った事で悪魔達の闘いやすい場になってしまった。幾分か余裕が戻った顔をする悪魔達に囲まれたララは、やはり笑っていた。

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