第二章 第六話


 静まった呉に海を鳴らす轟音が響く。

 日本最強の艦隊……横須賀第一艦隊

 所属艦艇は、呉とほぼほぼかわらないが船員の練度が桁違いである。海軍の最後の砦にして、日本の要。この艦隊が落ちた時日本は負ける。ともいわれるほどの精鋭部隊。その言い名はかつての大和のように、ただお飾りの名前ではなく、他国も認めるほどの最強さを誇る。まさに浮沈艦隊。

 呉の闇に映る誘導灯に導かれ、タグボートと共に、次々と船が入港してくる。

「接岸した船から作業はじめぇえい!!」

 俺の号令で作業員が次々と動き出す。


 そして最初の船が接岸してから10分ほど立った。

「しなの 接岸完了しました!」

 新兵から報告が来る。

「ご苦労。それではこれより、作業にはいってくれ」

 敬礼をして、駆け足で去っていった。その去っていく方向にはほかの船とも比べ物にならないほどの大きな船が止まっていた。

 しなの——横須賀第一艦隊旗艦 そして、同型艦一隻の特殊護衛艦。そう、さほど所属艦艇は変わらないといったが、この船だけは例外である。“Lucky devil”海外ではそう呼ばれる。そう意味は、英語のまま“幸運な悪魔”。幾多の戦場を無損傷で切り抜けた……

 この船は、第二次世界大戦中にマル4計画で計画された大和型戦艦から、日本最大級の空母へと計画転換されたあの信濃の意思を受け継いだ船。戦後に作られた唯一の特殊護衛艦。特殊護衛艦、それは昔の名前では“戦艦”と呼ぶ。

 そして、大和型戦艦三番艦信濃がベースとなり、設計図に修正を加え作られた船。戦後の日本の抑止力ともなった しなの型特殊護衛艦 まさに悪魔である。

 艦長は——赤城隆家あかぎ たかいえ海将 そう、俺の父である。


 そのしなのから降りてくる、勲章を沢山つけひときわ重そうな軍服をした男性が下りてきた。

「翔太、久しぶりだな」

「久しぶりですお父さん」

 何年ぶりの再会だろうか。久しぶりにあった、父の姿はなんともクールで強く美しかった。もう60代になろうとしているとは到底思えない、そんな体つきと顔だった。

「陸奥幕僚長から色々話は聞いている。さすが自慢の息子だ」

「お父さんの方こそ。まだまだ武勲は途絶えませんな」

「俺の武勲が途切れるのは俺が死んだ時だよ」

 父が軽く微笑む。本当に昔から変わらない。そんな雰囲気が懐かしくて、同時にその冷たいクールな顔の中にぬくもりを感じて、なんともいえない感情になった。

「今日は少しのんびりさせてもらうよ……と、いっても日の出には出港だから5,6時間といった所であるがな」

「どうぞ、ゆっくりしていって下さい。補給物資に感謝します」

「そんな、親子なのに変な敬語使わなくていいぞ。どうせ、将校クラスの親子関係なんてもう兵の皆はどうせ知っているのだから」

「それでも、軍紀を保つためです」

「さすがは俺の息子だな。すっかり軍人になってやがる」

 その瞬間父は軍人の顔つきに戻る。父親モードの時から十分に恐ろしい顔つきではあるのだが、一層威圧感が増す。

「じゃあ、あとは頼むよ、赤城一佐」

「分かりました」

 赤城海将は、鎮守府の方へと歩き始めた。

 その背中は誰よりも広く、勇ましかった。自分の追っていた背中はまだまだ遠かったと感じさせられた瞬間でもあった。


 そのまま赤城海将が戻ってくることは無く、もうすぐ陽の出という時刻になった。

「赤城一佐!ただいま、補給物資の荷下ろし終わりました」

「ご苦労」

「それと、もう一つご報告が。まもなく みねぐも・しぐれ両艦入港致します」

「そうか、分かった。こちらも準備を始めるよ」

 もうまもなく、新鋭艦とのご対面というわけか。

 砲撃特化艦——果たして、その暴れ馬をどう調教しようか、今から考えただけで内に秘めていた軍人魂が騒ぎ出した。

「これが、横須賀第一艦隊ですか……圧巻ですな」

 副長こと、山道三佐が背後にひっそりと立っていた。

「山道三佐……おはやいですね」

「年をとれば早起きになるものですよ。今日からは新しい艦ですな。また一佐の下で働けること。誇りに思いますよ」

「そんな、私みたいな未熟者は、山道さんのような支えが無ければまともに艦隊統制できませんよ。それに、次の船はブリッジとCICが一緒に作られていますし、なおさら頼ることが大きくなる」

 そう。今回配備された新型艦二隻はブリッジこと艦橋とCICこと戦闘指揮所が一体になっている。これは、海軍の人手不足と効率化実験の一部によるものである。その原因となったのも、むらさめ運用時から、CICの機能を全て艦橋に移し、目視による戦闘を第一に考えた俺と副長の申し出によるものだ。

 現状、諸々の条約で電子装置に関する規制は厳しい。その影響でCICを設置しても、結局のところ旧帝国海軍の指揮系統と変わらない。なれば、CICをブリッジと一緒にすればいい。効率的でしょ?

「そうですな。ならば、この山道三佐、存分に役目を果たそうではありませんか!」

「どうぞ、よろしくお願いします!」

 二人で敬礼し合う。互いに命を預けた男の誓いであった。

「さてと、それでは私は寝坊しそうな隊員を起こしに行きますよ。と、おや?あそこにいるのは……対馬三佐と赤城海将ではありませんか?」

「え?」

 山道三佐の目線の方角へ目を向けると、しなのの横に対馬三佐と赤城海将の姿があった。

 流石に距離があるので、何を話しているのかはよくわからないが、何やら親しそうな雰囲気を感じる。

「山道三佐……対馬三佐は横須賀勤務経験がおありでしたかな?」

「いえ、呉に配属の前は、大学校卒業後舞鶴で勤めそのままここへ、と、聞いております」

「ですよね……」

 赤城海将は、大学校卒業時から横須賀をもう何十年も動いていない。となると、接点はないはずなのだが……対馬三佐がなにやら飛び跳ねている。頭にまいた白ベースのはちまきを揺らしながら。


 まだ肌寒ささえ感じさせる呉に朝がやってきた。いつもよりかなりはやく起床ラッパが鳴る。そして、宿舎から出てきた隊員たちが一斉に自分の船へと駆け寄る。

 ゆうぎり・しぐれの船員も同じように……

 対馬三佐と父の関係考えていたうちに二隻は到着した。何事もなく引き渡しはすんだ。そして、俺の相棒が最期の轟音を立てて、この呉の地を去っていった。

 俺も、自分の船へと足を進める。


「やぁ、艦長!頼みますよ~」

「陸奥幕僚長……顔がお赤いようですが、さては昨日あの後も飲んでいましたね?」

 図星だったのであろう。ただでさえ茹で蛸のように赤い顔に加え、耳まで赤く染まった。

「幕僚長……不運でしたな……艦長は今日ご機嫌ナナメなんですよ」

「砲術長いらない事を言うな」

「ッッ!」

 獲物を狩る虎のように鋭い目つきで睨む。

「出港だ。出港用意!機関始動!」

 ゆうぎりが大きな音を立てる。そして繋がれていたタグボートによって曳かれていく。今日の海は穏やかだ。そして、俺の心は……晴れ時々落雷とでもしておこう。

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戦場に散った花は綺麗でした 氷堂 凛 @HyodoLin

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