第二章 第五話
突然の発表に驚いている者もいたが、ミーティングも無事終わり、騒がしかった呉も静けさに包まれていた。
まだ、椅子に座って一人お酒を嗜んでいる男性に声をかける。
「陸奥海将、少しよろしいでしょうか?」
「幕僚長だ」
「すみません、慣れないもので」
思わず今まで通りの呼び方をしてしまう。人間とは変化への対応が苦手な生き物である。
「と、話は戻しまして、陸奥幕僚長。外務大臣は、いつ呉に来られるのですか?」
今日ここに外務大臣の姿はなかった。
「彼は、呉には来ないよ」
「となると、航空機かなにかで?」
「いや、横須賀の艦隊で来る」
「はい?」
横須賀の艦隊……と、な、る、と……
「君のお父さんが指揮する、横須賀第一艦隊だよ。あそこよりも強くて安心できる艦隊は他にないだろう?」
ですよねぇ……父と作戦行動をするのは初めてだ。そんなこと以前に、もう会うのは何年ぶりになるのだろう。一気に任務の重みが変わってきた。
「それでは、何故、横須賀艦隊だけで出撃なさらないのですか?」
「いやぁ~それは、赤城から『横須賀の守りを薄くすることはできない。我が第一艦隊のみで、あとはよそから出してくれ。それに、俺はお前を乗せたくない』と言われてしまってね……アハハハ」
海上幕僚長ともある人をこんなぞんざいに扱えるのは、さすが父……と言ったところであろう。しかし、言っていることは正しい。いくら帝国側が攻撃してこないにしても、今の日本国には中国という新たな刺客が潜んでいる。いつ攻撃を仕掛けられるか分からない。それが今の世界情勢だ。一点をみていてはならない。より広く視界を持ち、リスク管理を怠ってはいけない。そんな状況下なのである。
「わかりました……それで、横須賀艦隊とはいつ合流する予定なのでしょうか?」
「あぁ、もうまもなく呉へ来る。機能だけは復旧したといえ、呉は空襲で損失した資源量はまだかなり深刻だから、横須賀から分けてもらおうと思ってね、要請したら承認してくれたよ。そうそう、指定していた所は空けておいてくれてるよね?」
先の海戦からの帰投中に連絡があって、港を二枠空けておくように、と指示があった。まさか、横須賀の艦隊が寄港するための場所だったとは……予想もしていなかった。
「それは、指示通り空けておりますが、皆すでに明日へ備えており、すっかり呉は静まり返っておりますが、どうするおつもりですか?」
「大丈夫、大丈夫!整備班と新兵共にはすでに伝えてあるから。赤城一佐のお声がかかり次第横須賀艦隊と協力して荷下ろしを手伝えって」
「さすが、お仕事がお早いですね」
苦笑いしか浮かべられないが、いかんせんうちの物資量は厳しい状況であった。そこまでしっかりと目を回してくれているとは、腐っても元司令官なだけある。
それと同時に、果たして自分はそこまで目を回すことが出来るのだろうか。司令官として務まるのだろうか、そんな不安と焦りが襲ってきた。
「ということで、あとは君に任せるよ。私はこれで失礼するよ。あくびが止まらなくなってきたよ……」
先ほどから気になってはいたが、この連発されるあくび。やはり、連日の勤務でお疲れなのだろう。幕僚長クラスになると、睡眠時間が一般将校の半分以下に減ると、風のうわさで聞いたことがある。
「わかりました、今日くらいは、ゆっくり休んでください。体壊されても、困りますし」
「おっ!今日はやけに、やさしいな~さては、出雲二佐と何かあったな?このこのぉ~」
「と、特にありません。さぁ、私の気が変わる前にはやく出て行ってください」
なんですか、そのニヤけた顔は。一国の海軍のトップが果たして、そんなことでよろしいのでしょうか。疑問でしかありません……
少しだけ強めに睨んでおく。
「わかりましたよ。では、陸奥幕僚長これより睡眠の任に就きます~おやすみなさいでありますぅ!」
そういって陸奥幕僚長がミーティング会場から出ていった。
外は真っ暗。ところどころで漏れる軍港の倉庫の明かりがなんともいえない感情を呼び起こす。神戸が10万ドルの夜景なら、これは10ドルくらいしか価値のない夜景だろう。一般市民の平和の明かりではない。これは戦への準備をしている、そんな寂しい明かりなのである。果たしてそれに、価値はあるのか。いいや、ないだろう。この明かりにいつか価値がつき、笑いながらこの景色を楽しめる。何年か後の日本はそんな世の中になるのであろうか。
海は静かに騒ぐ。誰も聞かないセレナーデを奏でて。
陸奥幕僚長の後に第一ホールを出てから、自室に戻り30分ほどが経過した。幸い、緊張感からか、眠気は襲ってこない。
廊下を勢いよく走ってくる足音が聞こえる。
「失礼します」
またまた知らない顔の新兵さんだ。
「ご報告申し上げます。横須賀第一艦隊より入電です。定刻通り。日付変更前には呉に入る。とのことであります」
現在時刻は22時40分。あと一時間と少しで入港するというわけか。
「わかりました。では、整備班と新兵は、それぞれの役割を全うしてください。こんな時間に申し訳ありませんが、これから準備を。私も、艦隊の入港前には港へ行きますので」
「は!」
新兵は、敬礼をして出て行った。
新兵の前では優しく上品な司令官を装っておく。いや、装う……というより、もしかするとこれが俺の……僕の本性なのかもしれません。
そして時間は経ち、現在23時30分。
「さてと、おりますか……」
いくら夏だ、とはいえ海沿いの夜は冷える。横にかけてあった軍服を身に纏い鏡で身なりをチェックする。久しぶりに父に会えるという期待と共に、何を言われるのかわからない不安。と、親子が久しぶりに会うだけで、なにを緊張しているのだろう。
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