塗りつぶした画用紙のような乱雑な夜だ。

私はぼんやりと点る街灯の下で足を止めた。息だけが弾んでいて、静寂の中にうるさかった。風の冷たさが心地よい。

街灯の明かりは私の足元にうっすらとした影を作った。この影というものは明かりの下でしか生きられない。一歩夜に溶け込めば消滅する。私という生命に寄生し、私の姿形を真似ている。

ポケットに手をいれると、イヤホンがあることに気づいた。最近のお気に入りを聴こうかとスマートフォンを探す。

歩きだし、夜に飛び込んだ。

「歌、好き?」

イントロを聴いていたらふいにそんな声を思い出していた。彼の柔らかい声は、まさしく歌うために存在していた。

「好きだよ。聴くだけ」

音痴だから、と私は返した。彼は「それで十分」と言った。

イヤホンを外す。

彼はいない。

私はまだ囚われていたのか。唖然としてしまった。

突然私の前から消えた彼を、私はもう忘れたと思っていたのに。彼との思い出の曲ではない。それでも思い出したのはヴォーカルの声質が似ていたからだろうか。

彼はもういない。紛れもないその事実がこんなにも私を苦しめている。

音楽はもう聞こえない。

私は全ての音をかき消すように叫んでいた。夜は答えず、静かすぎた。私は影だった。

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520 藤枝伊織 @fujieda106

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