第2部最終話 あなたを好きになる
しばらく気まずい沈黙が続いたのち、ギアが言いにくそうに口を開いた。
「そういえば、その、クーナ」
「は、はい? なんでしょう?」
首を傾げると、ギアは思わぬことを言った。
「今日、その……かわいいな」
「はひっ!?」
「服が、いつもと違うと思って……」
顔が真っ赤になってしまった。知らないうちに、しっぽがブンブン揺れてしまう。
せっかく買ったのだからと、わたしは以前買った可愛いワンピースを着ていたのだ。
ギアにそう言われると、ひどく恥ずかしい。けれどどうしようもなく嬉しくなって、思わずぴょんぴょん飛び跳ねそうになってしまった。危ない、危ない。
「あ、ありがとうございます……」
暗くてよかった。わたし、今、顔が真っ赤になっているような気がするから。
心臓のドキドキが、止まらなくなってきた。ギアは少し照れたように笑う。
「……何かあったら、また声をかけてくれ。なんでも協力するから」
「か、感謝してもしきれないです、ね……」
このドキドキは、もしかして……。
ぼうっとギアを見つめていると、彼は笑って言った。
「花火、ここで一緒に見てもいいか?」
「……もちろんです」
わたしはコクコクと頷いた。
二人で並んで、空を見上げる。顔を見ていない今なら言えそうだと、わたしはありったけの勇気を振り絞って聞いてみた。
「あの……アニエスから守ってくれた時、ギアは『クーナは俺の大事な人だからだ』って言いましたよね? あれって……あれって、その、どういう意味なんでしょう、か」
顔が熱い。ギアはチラッとわたしを見た。目元が若干赤くなっているような気がして、どきりとする。心臓の音がうるさい……。
「……そのままの意味だ」
「そのまま?」
ギアは珍しく、言葉を選びながら言った。
「君は俺にとって大事な人だと、そう言う意味だ。自分でもこの感情が、よくわからない。君だけが特別重要に思える。周りからも言われるんだ。俺はクーナにだけは甘いって」
そう告げる横顔があまりにも美しくて、わたしはギアに見惚れてしまった。
「でも一つだけ確実なのは」
ギアは空を見つめながら、柔らかく微笑んだ。
「クーナには、いつも幸せでいてほしいと思うんだ。君を助けたあの日から」
その答えに息を呑んだ瞬間。
しゅるる、と細く高い音が耳に触れた。
パァアアン!
弾けるような音が空に響き渡り、一瞬、夜空が明るくなる。
大輪の打ち上げ花火が空に咲いた。キラキラと火花が零れ落ちる。
何発も何発も花火は打ち上がり、空にたくさんの光を放った。
それはどれほど美しい光景だっただろう。
けれどわたしが初めて見た打ち上げ花火は、ギアの瞳に映った煌めきだった。
空を見上げるギアを、わたしはぽうっと眺めていた。
──そっか。わたしも、人を好きになっていいんだ。
わたしは不意に理解した。
今までわたしはその感情を知らなかった。ううん、わたしなんかがそんなこと思っちゃいけないって、心のどこかでは思っていたのかもしれない。
だってわたしは、誰にも愛されて来なかったから。何の価値もないわたしが人を好きなっちゃいけないって、そんなわけないのに、無意識のうちにそう考えてた。そしてそんな自分が大っ嫌いだった。でも、今は違う。
わたしは、わたしが好きだ。
お父様に立ち向かって、自分の居場所を守った。自分の頭で考えて行動した。人に助けを求めることも、もうできる。何よりも、わたしはたくさんの宝物──みんなとの縁を持っているから。成長がとてもゆっくりで、内気なところもあるけれど、そういう部分も含めて、わたしは自分が好きだ。お母様に心から愛された自分が、とても大切だ。
だからこそ思える。わたしだって一人の人だ。自分を愛するように、他者を愛していい。
人の魂に優劣などないのだから。
今、また一つ、わたしの宝物が増えようとしていた。
空を見上げていたギアが、わたしに視線を移す。少し恥ずかしそうな顔で、幸せそうに笑った。
その笑顔を見ると、わたしの胸も幸福でいっぱいになった。
自分を好きになれたなら、相手のことも心から愛せる。
わたしは、ギアのことが、きっと──。
第二部 END.
★後書き
二ヶ月間お疲れ様でした&ここまで読んでいただきありがとございました!
もうそろそろ完結も見えてきてる感じかなと思います。クーナも笑顔が増えてきてよかったですね(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
次は公爵家に行く話を書きたいなーと思っていますので、また書き溜めしたらお会いしましょう!
最後になりますが、本日書籍2巻が発売されました。しんどくても最後まで作業できたのは、カクヨムで読んでくださったみなさまのおかけです。ありがとございました!
(電子書籍にはルル視点の話ついてますので、ぜひ!私のお気に入りの話です)
冒険者ギルドの喫茶店〜聖女様に冤罪で追放されたので、モフモフたちと第二の人生を謳歌します〜 美雨音ハル @andCHOCOLAT
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