07_一人目
野尻湖に礼と小町が着く頃には、日はとうに落ち、雪は視界を白く染め上げていた。音もなく降る牡丹雪は、車から降りた礼の肩に薄く積もる。雪を踏む、ふたりぶんの足音だけが響く空間は、日常から切り離されたようだった。
ゆるい斜面(おそらく凹凸から察するに元は階段だったのだろう)を登れば、そこにようやく雪以外のものが見えてくる。
樹木に覆われ、野尻湖の縁に沿うように立つ、おおよそ日常で見ることはない、奇抜なつくりの建物。蛇のようにたわんだ棟を持つその屋敷が、円城寺重信の別荘――芙蓉館だった。
(ここに、小町の家族が居る)
建物のもっとも湖に突き出した方を蛇の頭とすれば、尾となる方に向かって、礼と小町は歩く。二人の間に、会話はなかった。ただ、言葉を交わさずともお互いに感じ取れる。この芙蓉館で何かが得られるのではないか、そんな期待が静かに膨らんでいくのが。
「小町」
足早に先を進む小町が振り返る。彼女の髪が雪交じりの寒風になびいた。
「もしここで、家族が見つかったらどうするの」
付き合いの短い礼にもわかるほど小町のまなざしに慈悲のかけらがきらめく。雪にかき消されそうなほど小さな声で、小町は呟いた。
「一緒に暮らすの。食事を一緒にとって、その日あったことを話すの」
「それが家族なんでしょう?」と礼に問いかける小町に、重信とはそうではなかったのかなどとは礼にはとても聞けなかった。
先にそれに気づいたのは礼だった。
芙蓉館の駐車場に、何台か車が駐車されていた。礼の父が送迎で使うような高級車が一台、それと古びたバンが一台停められていた。
「家の人の車?」
「……違うと思う」
家計を同じくする人間の車にしては、その高級車と廃車寸前のようなバンの対比は違和感がある。だが、その車のおかげで礼には少なくとも館に誰か居るという確信が持てた。
個人の家というより、ホテルのエントランスに近い玄関の戸を叩く。戸にはインターフォンがなく、ドアノッカーが一つきりあった。
中から返事はない。
それをその時、礼は玄関口近くに人が居ないからだと考えた。
より激しくなった雪にまみれながら、二人は玄関口の裏側に回り込む。
斜面沿いに建てられた建物の裏側に回り込む。裏側がガラス張で、中が宵の暗がりのなかでもよく見渡せた。
人は居た。
すでにもう、事切れていた。
形見の女(殺伐百合短編) 晴海ゆう @taketake111
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