芙蓉館
06_幕間 絵画の中の女
06_幕間 絵画の中の女
男は応接間に続く廊下に佇んでいた。時刻はすでに九時をまわり、応接間に居る年寄りたちも解散しつつあるのだろう。響いてくる喧噪もなくなり、静かなものだった。
そうだ。それでいい。
男はそう心中で呟いた。
この絵にはよくよく静寂が似合った。美しい女の絵。どこか見覚えがあるような、理由のない郷愁を覚える絵。「……財産ではなく、この絵だけを頂くのでも十分かもしれんな」という男の声が、廊下に反響した。
男と、応接間に居る年寄りたち、そして子供が一人、この館に呼ばれていた。目的は遺産相続だった。今まで遺産については問われてもうんともすんとも言わなかった婆が、一週間前突然生前分与をすると言い出したのだ。親戚連中は他にもいたが、あるかわからない遺産にすがるほど金のない連中がここには集まっていた。
遺産は誰に相続されるのだろうか。
男は婆がいやに子供に目を付けていたことを思い出した。
まさか。いや。あんな分別もない年齢の子供に財産を分与するはずがない。
そう思うものの、昼間見た子供を猫かわいがりする婆の顔が頭から離れてくれなかった。
(明日までだ。明日まで待てば、はっきりする)
婆は酔った勢いで、明日生前分与の分配を教えると言っていた。この緊張も明日になれば終わるのだ。今は大人しく眠るべきだ。
寝室に向かうため、「小町」と署名らしきものが書かれた絵画の飾られた廊下を男は後にした。
眠りに落ちてすぐ、男はドアを殴る音に叩き起こされた。時計を見れば11時を少し過ぎている。ドアを開ければ、老人の一人がさらにげっそり老けたような顔でそこに立っていた。
「おい、玄関口の方へ来い」
「なんだこんな時間に。寝ていたんだぞ。非常識な」
「いいから来い!」
老人にせき立てられるように、男は玄関口に引っ張られていった。玄関口には、一人を除いて全員と、知らない人間が二人居た。屋敷に遺産目的で来た三人、子供が一人、知らない女が一人。
残りの一人に男は目を奪われた。
絵から抜け出してきたかのような、白くまろい頬。長いまつげがそこに影を落としていた。精巧に作られた人形のような体躯。すべてがすべて、あの廊下の絵とそっくりな女がそこに居た。
「ところで、婆はどこに行ったんだ?誰も呼んできていないのか?」
その質問の愚かさを、絵の女に目を奪われた柳龍次郎は理解していなかった。
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