第4話
雷神は、
「おまえの矢は全部返してやったのだからな。大事にしなくてはならないぞ」
といって、地面に手を当て、何か知らない国の言葉をつぶやいたかと思うと、
「では、さらばである。弓の鍛錬はかまわぬが、雲を的にするのはやめてくれ」
といいながら、大地もふるえるほどの大きな声で笑いました。
そのとき、まばゆい稲光があたりを包み、雷神の姿はなくなっていました。
私 はあまりの不思議さに、しばらくその場に立ちつくしていました。
ふと天を見上げると雨がやみ、気持ちのよい雨上がりの空が広がっています。
大きな木の下から出てみると、草原が命を吹き返したようにみずみずしい緑に見えました。草の香りのする風が、体のなかを吹き抜けていくようです。
ふと、私はのどがからからになっているのに気がつきました。水を飲んで一息つこうと思って、川のほうに歩きかけると、足元で何か動くものがあります。
もぐらか何かと思ってそのま ま行き過ぎようとすると、今度は地面の下から
「待て」
と声がしました。
誰かいるのかと振り返りますが、誰もおりません。すると、また地面の中からもう一度 声がします。
声は、
「これはお前の放った矢であろう。この矢は竹も矢羽も矢尻も、みなこの地が生んだものである。決しておろそかにしてはならぬ」
といいました。
そして、その声が消えると足元の地面に丸いくぼみができて、これまでに自分が放った矢がすべてきれいに並べられているのでした。
私は、その矢を大切におし抱くと、大地と天に深く一礼しました。
胸の中には何かあたたかなものがじわじわと感じられるようでした。そうして「そうだ、水を飲みにいなかなくては」と思い出し、川へと向かいました。
歩きながらも心は天のように晴れやかでした。
川に口をつけると、その水は清らかで、いくら飲んでも飲み足りないほど。
しばらく夢中で飲んでいると、川のさらさらとした流れの中に、何か音楽のようなものが聞こえてくる気がします。耳をすましてよくよく聞いてみると、それは歌でした。そして、その歌はこんな風でありました。
雲をつらぬく兵士の矢
雷神様はおどろいた
これはたいへん日照りでは
農民たちも苦しかろう
そして降らせた大雨で
稲もわしらもおおよろこび
だけどその矢は ほんとうは
雨乞いの矢ではなかったと
知った雷神ほっと一息
人騒がせもいい加減にせい
怒ってみたが 久しぶり
地上に降り立つよい気分
わしらも会うのは久しぶり
立派な雷神様を見て
地上のものはおおよろこび
おもしろきかな 人の子よ
川は流れるろうろうと
澄んだ音をさせながら
雷神様に見守られ
水は枯れることがない
おもしろきかな 人の子よ
大地の力をうけとって
天も味方につけるとは
果報者とはお前のこと
さあてわしらも流れにのって
次の村までいくとしよう
そこでお前の話をしたら
きっとみなもおおよろこび
達者でくらせ 人の子よ
気がつけば、私は美しい夕暮れの空の下、河原のここちよい草のうえに寝転んでいるのでした。
(終わり)
兵士の弓矢 常森さつき @LUCAsatsuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。兵士の弓矢の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます