懺悔

紅野 小桜

懺悔をしに参りました。



 ある日天使様は私にお尋ねになりました。

「あなたは何故生きているのですか?」


「わかりません」

 と私が正直に答えると、天使様は少しだけ微笑まれたように見えました。

「以前、生きていることが罪の種だ、と記した者がおりました」

 その天使様のお言葉に、私は「存じております」と頷きます。

 文豪とも呼ばれるかの太宰治氏は、確かに著書の中でそのような文言を書き連ねてらっしゃいました。私は不勉強ながらも太宰治氏の著書はいくつか拝読させて頂いておりましたので、勿論その一節についても存じ上げていたのです。

「ならばあなたは、何故生きているのですか?」

 天使様は再びお尋ねになりました。

「罪を重ねることを是としているのですか?」と。

 私は呆然と頭を振りながら同じように「わかりません」と答え、そして失礼を承知の上で再度口を開きました。

「私は確かに罪を重ねてまいりました。生まれ落ちたその瞬間から、いえ、母の胎内に宿り寄生虫のようにして母から養分を取り上げ人の子の形をとり始めたその瞬間から、私は罪を重ね続けているのです。そのことを重々承知しているのです。私にはこの多大な罪を贖罪するその方法がわかりません。わからない故に、私は、私は……」

 天使様はほんの少し眉を顰めたような、笑ったような、そんなお顔をなさいました。

「そこまでわかっているのに、何故生きているのですか?」

「…私は、私の犯した罪を償わなければなりません」

「けれども償う方法がわからないのでしょう」

「はい。私にはどうしたら償えるのかとんと見当がつかぬのです。天使様は償う方法をご存知でしょうか?もしもご存知ならば、私めに」

「そんな方法はありません」「あなたが犯した罪は消えないのですから」

 あなたが犯したその罪は今まで犯してきた多大な罪はそして今もなお犯し続けているその罪は決して消えることはありません、償うことなどできません、何故ならそれは既に過去の出来事だからです、あなたは過去を変えられますか?いいえ人間に過去を変えることはできません、私にも神様にも仏様にもその他信仰対象となる者ならない者全ての存在も概念も既に起こったことは変えようがないのです、過去は過去として存在し続けるのです、償おうとすることになんの意味もないのです、あなたがそうしようとしたところで償うことなど決してできないのですからただただ罪を重ね続けるだけなのです、恥を上塗りし罪を重ね苦悩を増大させるだけなのです、できもしないことにそうして悩んでいることさえも罪なのです、周りに仄暗い影を見せることも、周りの優しさを真っ当に受け止めることができないことも、誰かを呪ってしまうことも、誰かを妬んでしまうことも、誰かを苦しめてしまうことも、自分の犯してきた罪を顧みず幸福を甘受することも、自分の幸福を蔑ろにすることも、その全てが赦されざる罪なのです、逃れられない罪なのです。

「ならば天使様、私はどうしたら良いのでしょうか?罪を償うことができないのなら、罪を重ねることしかできないのなら、私はどうしたら良いのでしょうか?」

「其処から飛んでしまえばいいのです」

「けれど天使様、私には羽が有りません。卑しい私は飛ぶことができません」

「そうですね。あなたは其処から飛べばきっと死んでしまうでしょう」

「お言葉ですが天使様、自ら死ぬことは罪なのではないのですか?とても大きな罪であると、私は記憶しております」

「その通り、死ぬことは罪です。そのことを知っているあなたはきっと勤勉なのですね。だからこそ自らの罪に気がついたのかもしれませんね。ならばあなたならわかるのではありませんか。あなたがそこから飛ぶことにどういった意味があるのか」

 ああそうか、と私は納得致しました。

「今ここで死ぬことで、私はその死に対する罪を最後にそれ以上の罪を重ねることがなくなるのですね。だから天使様は私に飛びなさいと仰るのですね?」

「そうです。あなたはとても賢いのですね。あなたが其処から飛んだなら、私はあなたに翼を与えましょう。罪を重ねることなく飛び立てるよう」

 その言葉を聞いて、私はサッと飛び降りました。そうして天使様が下賜して下さった翼で飛び立ちました。私はもう罪を重ねることはありません。それは私にとって何よりも救いでした。けれどもこれ以上何かを考えることは罪に繋がるかもしれません。けれど思考の放棄も罪なのです。



 私が自由落下する自分の肉体を感じながら、そっと目を閉じると、天使様はにっこりと微笑まれました。

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