第41話 終戦
――もうほとんど勝敗は決したな。
俺は目の前の光景を眺めながらそう思った。
魔物たちはほとんど壊滅状態。残った僅かな魔物もすでに勝機を見いだせず、ナハトの命令に背いて敗走してしまった。
戦場に残っているのは、将であるナハトだけだ。
「ジークゥゥゥ……!」
奴は血走った眼で俺を真っ直ぐに睨んでいた。怨嗟の念が溢れ出している。完全に激情に取り憑かれてしまっていた。
どれだけの憎しみを抱けば、こんな表情が出来るのか。
……今のナハトはもう、大勢のことなど考えていないだろう。奴の頭にあるのは、俺を殺したいという一念のみ。
「あいつ、ヤバすぎるでしょ……。完全に正気を失ってる」
ハルナが怯えた表情で呟いた。
「……お前たちは下がっておいてくれ」
俺は手を伸ばして他の者たちを制した。
「ナハトのお目当ては俺だ。だから、手出しは無用だ」
仲間たちが不安そうに見守る中、ナハトの前へと踏み出した。
数メートルの距離を取って相対する。
「ジーク……!」
「ナハト。お前は俺を殺したいんだろう。なら、一騎討ちといこうじゃないか。それなら余計な邪魔も入らない」
「……望むところだ」
奴は口元を裂けそうなほどに歪めた。
ナハトの目は殺意に爛々と輝いていた。
すでに勝敗は決している。
たとえ俺に勝とうが戦いの結末が揺らぐことはない。
今の奴にとっては、光のオーブを破壊するという魔族にとっての悲願であったり、この戦闘の大局はもはやどうでもいいのだろう。
ただ、俺を殺したい。その想いのみに突き動かされている。
「グガアアアアッ!!」
ナハトは雄叫びと共に襲いかかってきた。
人間だった頃とは比べものにならないスピード。
地を蹴り、次の瞬間には俺の間合いへと無遠慮に飛び込んでくる。
丸太のように太い筋肉質な腕を振るってきた。
俺は身を屈めて躱した。先ほど、頭のあった空間が唸りと共に払われる。並みの人間が喰らえば首が跳ね飛ばされていただろう。
――身体能力が尋常じゃないほど強化されているようだな。まともに受ければ、身体が吹き飛ばされてしまうかもしれない。
ナハトは次々に一撃が致命傷となるような攻撃を繰り出してくる。
俺はそれらを盾を用いていなしていった。
「ジーク! 突っ立ってるだけじゃ、俺には勝てないぜ!? ははっ! やっぱりお前は単なるカカシってわけか!」
ナハトは威勢良く叫びながら猛撃を繰り出してくる。
思えば俺たちは長い付き合いだが、直接対峙したことは一度もない。今こうして、互いの生死を懸けた戦いが初だった。
――俺は防戦一方に徹していたわけじゃない。タイミングを計っていたんだ。もうお前の攻撃は完全に見切った!
ナハトが繰り出した右腕――そこに合わせるように盾を払う。
完璧なパリィ。
「ぐっ……!?」
重心を崩したナハトは仰け反るような形になった。
俺はその胴体を剣で切り裂いた。
「がはぁっ……!?」
本来なら、それで決着がつくはずの一撃。
けれど、ナハトは地に伏せることなく持ちこたえた。
「さすがに魔族になっただけのことはあるな。随分と頑丈な身体だ。一撃で仕留めることができなかった」
ただ、かなりの深手を負わせることは出来たはずだ。
ナハトの傷口からは紫色の血がしたたり落ちていた。
……そうか。奴はもう完全に魔族に墜ちてしまったんだな。
「確かにお前は人間だった頃より格段に身体能力は上がった。だがその分、動きが力任せで単調になってしまったな」
剣士だった頃のナハトには技術があった。研鑽の後があった。しかし、それをなくした奴の動きを読むのは容易かった。
「だったら、読まれても防げねえ威力だったらいいんだろうが……!!」
ナハトはそう言うと、両手の平に魔力を集中させた。物凄い量の魔力を凝縮させた魔弾を生み出すと、怒声と共に放ってきた。
「消し炭にしてやるよ!」
唸りを上げながら飛来する魔弾。
たった一撃でも致命傷になりうるそれを、ナハトは次々と矢継ぎ早に放つ。これで全てを出し尽くすかのような勢いだ。
躱す暇もなく、魔弾を身体に浴びる。
衝撃で爆発が起こった。
辺り一帯が吹き飛ぶような威力。
「ハハハハハッ! 見たか! これが俺の力だ! 誰にも止められない! 俺はお前よりも遙かに強いんだよ!」
勝利を確信したナハトは天を仰ぎながら高らかに笑った。だが、その笑みは煙が晴れると共に引っ込むことになった。
「なっ……!?」
硝煙が晴れた時、俺の姿が再び奴の視界に現れた。それが無傷であるのを見て、ナハトはこぼれそうなほど目を見開いた。
「――誰が誰より強いって?」
「む、無傷だと……!? バカな! あり得ねえ! ジーク! お前、いったいどんな手を使ったって言うんだ!」
「別に俺は何もしていない。ただ受け止めただけだ」
「く、くそっ……! ハッタリだ! ハッタリに決まってる!」
自分に言い聞かせるように叫ぶと、ナハトは再び魔弾を撃ち放ってきた。飛来したそれを俺は開いた右手の平で受け止める。
シュゥ……という音と共に魔弾は掻き消えた。
「ナハト。お前の攻撃は俺には通らない」
「うああああああああっ!」
半狂乱になったように叫び声を上げると、俺の方へと駆け出した。奴は全ての魔力を右腕に集中させる。大きく振りかぶった。
俺は受けて立つことにした。剣を構え、迎え撃つ。
互いの身体が交差する。
叫び声は止み、戦場には静寂が降りた。
俺が剣についた血を払うのと同時、ナハトの体躯がぐらりと揺らいだ。くぐもった呻き声と共に地面へと崩れ落ちるのが分かった。
俺はナハトの前に立つと、奴に剣先を突きつけながら呟いた。
「俺の勝ちだな」
「うぐ……!」
ナハトは恨めしそうに俺を見上げていた。
「まだだ……! まだ終わってねえ……! ここで負けを認めたら、街の連中に言われたことを認めることになる……!」
「街の連中に言われたこと?」
「俺たちが上手くいってたのは全部、ジークのおかげだと……! 【紅蓮の牙】は奴一人で持っていたんだと……!」
もうとっくに息絶えていてもおかしくないのに。
それでもナハトは、ボロボロになった体躯を引きずって起き上がろうとしていた。地面を這うようにしながらも。恐ろしいまでの執着だ。
ナハトはよほど、街の連中に言われたその言葉を根に持っているのだろう。だが、彼は勘違いをしている。
「ナハト。それは違う」
俺は言った。
「【紅蓮の牙】が上手くいっていたのは、俺一人の力なんかじゃない。お前たちがいてくれたからこそだ。ハルナやイレーネ。それに……ナハト。お前たちがパーティの剣として懸命に戦ったからこそ付いてきた成果だ」
それに、と続けた。
「お前たちが懸命だったからこそ、俺はそんなお前たちを守りたいと――そう思ったからこそ鍛錬に励むことが出来たんだ」
俺一人では成長することが出来なかった。
ハルナやイレーネ。そしてナハト。
命を懸けて戦う仲間たちを守りたい、失いたくないと思ったからこそ、血の滲むような鍛錬にも耐え抜くことができた。
「ふざけんな……。ふざけんじゃねえ……!」
ナハトは地面を叩くと、呻くように叫んだ。
「お前は俺を見下してればいいんだ! 俺がお前にそうしてたように! なのに……俺と対等な目線で喋ろうとするんじゃねえ!」
「対等だよ。俺たちは」
俺はナハトに告げる。
「どれだけ墜ちたとしても、お前は俺の仲間だったんだ」
「止めろ……! そんな目で俺を見るんじゃねえ! 俺はなあ! お前のそういうところが昔からずっと嫌いだったんだ!」
その時だった。
魔力が尽きたからだろう。ナハトの体躯が灰になり始めた。その間もずっと、奴は俺に対する怨嗟の声を吐き続けた。
「俺がどれだけお前を罵倒しても、まるで言い返してこないところも! ことさらに自分の手柄を主張したりしないところも! 何もかも受け入れるところも! その全部が、殺してやりたいくらいに嫌いだった!」
俺は散り際のナハトの言葉を、ただ黙って受け止めていた。
散々、俺のことを力の限りに罵っていたナハトだったが、その間も消滅は進み、肩から上の部分以外は消えてしまっていた。
「……ジーク!!」
もう後、一言か二言しか吐く猶予は残されていない。そんな状況になった時、ナハトはふいに言葉を止めた。
俺の顔を見つめる。うつむきながら絞り出すように言った。
「……今まで、すまなかった」
「ああ」
と俺は呟いた。
「許すよ」
それを受けたナハトは、小さく口元を緩めた。
「……お前のそういうところが一番嫌いだ」
「ああ」
散り際のその瞬間だけは、魔族ではなく、人間としての表情をしていた。最初、俺と出会った頃のナハトの面影を感じられた。
奴が完全に消滅すると、後には何も残らなかった。
ゆっくりと背後を振り返る。
そこには第五分隊の仲間や衛兵たちが俺を迎え入れようと待ち構えていた。
セイラにスピノザ、ファムに衛兵たち。ハルナやイレーネ。街を囲む石壁の上には騎士団やエレノアの姿も見えた。
俺は昔の仲間の記憶を胸に刻み込むと、今の仲間の元へ踏み出した。
その門番、最強につき~追放された防御力9999の戦士、王都の門番として無双する~ 友橋かめつ @asakurayuugi
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