第二話 水着

 さすがは片岡紗々と言わざるを得ない。昼休みを迎えるころには片岡紗々が転校してきたという噂は学園中に知れ渡ることとなり、俺の教室に大勢の生徒が詰めかけることとなった。が、片岡紗々はこんなことにも慣れているのか、動じる様子はない。詰めかけた生徒に一〇分以上サインと写真撮影に応じていた。が、さすがにこのまま対応を続けていると昼飯が食えないと危機感を抱いたのか「ごめんね、続きはまた明日するね」と謝ると教室を出て行った。

 そんな彼女を呆然と眺めていた俺だったが、不意に食堂で優菜が待っていることを思い出して食堂へと向かった。


「おい……」


 なんとなくそんな気はしていたが、食堂にたどり着いた俺は優菜の隣に座る片岡紗々の姿を見つけた。彼女は優菜に向かって口を大きく開けており、優菜はニコニコしながら片岡紗々の口元へと卵焼きを掴んだ箸を運んでいるところだった。彼女は卵焼きを頬張りながら満足げに笑みを浮かべる。


「わぁ~優菜ちゃんのお弁当美味しいなぁ。ねえねえ優菜ちゃん、お金払うから明日から私の分も作ってきてよ」

「お金なんていらないよ。じゃあ明日からは紗々ちゃんの分も作ってくるね」


 どうやら彼女たちは二人の世界に入り込んでいるようで、俺が向かいの席に座ったことにも気がついていないようだ。弁当箱を開くと、二人を放置して食事を始める。


「あれ? お兄ちゃんのお弁当も優菜ちゃんが作ってるの?」


 いつの間にか俺の存在に気がついた片岡紗々が、弁当に箸を伸ばす俺を眺めていた。


「ありがたいことに毎日お世話になってるよ……」


 そう答えると片岡紗々は食い入るように弁当箱を見つめて、不意に笑みを浮かべて顔を上げる。


「お兄ちゃんのウィンナーも美味しそうだね」

「ゲホッ!! ゲホッ!!」


 なんでそうなったかは決して説明したくはないが、片岡紗々の語弊を生む発言に思わずせき込んでしまった。


「もう、先輩、汚いです……」


 そんな俺を嗜めるように優菜が睨む。


「わ、悪い、多分、俺が悪いんだけどついつい想像力がな……」

「想像力?」


 片岡紗々は不思議そうに首を傾げていたが、これ以上掘り下げられても困るので俺は話題を変えることにした。午前中の四時間抱き続けていた根本的な疑問を彼女に投げかけることにした。


「なんでお前がここにいるんだよ……」

「なんでって、転校してきたからに決まってんじゃん」

「悪い、聞き方が悪かった。どうしてこんな郊外の高校に、大人気タレント片岡紗々様が転校してくる必要がある」


 色々と理由を考えてみたが俺には思いつかなかった。普通に考えてありえない。


「え? そんなの決まってんじゃん」


 とそこで片岡紗々は隣に座わる優菜にハグをした。


「そんなの優菜ちゃんをいっぱい愛でるために決まってるのだっ」


 そう言うと彼女は自分の頬を優菜の頬にすりすりし始める。そんな片岡紗々に優菜は恥ずかしそうに頬を赤らめる。


「ちょ、ちょっと紗々ちゃん……」

「相変わらず可愛いですなぁ……よしよし、お姉ちゃんにもっと甘えてもいいんだよ?」

「は、恥ずかしいってば……」


 と、俺にイチャイチャを見せつけてくる片岡紗々。そんな彼女たちに食堂の男子たちも「おぉ……」と、お釈迦様が目の前に降臨したような、ありがたい目で眺めている。


 なんだ? これは彼女たちなりのファンサービスか何かなのか?


「そういえば、もうすぐ修学旅行らしいね。旅行ってどこに行くの?」


 と、そこで優菜の頭を撫でながら片岡紗々が俺を見やった。


「は? お前も行くつもりなのか?」

「当たり前じゃん。だって、私もうこの高校の生徒なんだし」

「ほう、さてはお前、修学旅行目当てで転校したな……」

「そんなわけないじゃん。旅行だったら仕事でいくらでも行けるし」


 悪気はないのだろうけど、何故かぶん殴りたくなった。まあ確かに彼女にとって旅行など、日常茶飯事なのだろう。羨ましいかと言われればそうでもないが。


「某県の離島らしいぞ」


 そう答えると片岡紗々は「確かその島は去年、撮影で言ったような気がする……」と感慨深げに顎を摩る。


「なるほどねぇ……じゃあ色々と準備しないとね」


 そう呟くと片岡紗々はニヤリと口角を上げた。


「なんだよ。その意味深な笑みは……」


 彼女の笑みに一抹の不安を抱きつつ俺は弁当に箸を伸ばした。



※ ※ ※


 放課後、俺と優菜と、それから何故か片岡紗々の三人は駅前のショッピングセンターにいた。どうやら彼女はオフらしく、彼女の買い物に付き合わされることになったのだ。ショッピングセンターに到着するなり、彼女は一件の洋服屋へと入った。彼女が向かったのは……。


「そっか、修学旅行は南の島だもんね……」


 優菜はなるほどと頷く。

 やってきたのは水着コーナーだった。もちろん女性モノの。店内の一角にはカラフルな水着が所狭しと並べられている。


 いや、ちょっと待て……。


「水着ならわざわざ買わなくてもいっぱい持ってるんじゃないのか?」

「うん、持ってるよ。だけど、せっかくの修学旅行なんだし、新しいの買いたいじゃん」

「何言ってるかわかんない」


 が、俺の言葉を無視して片岡紗々は、掛けられた水着をいくつか手に取ると、試着室へと入っていく。


 そして……。


「わぁ……やっぱり紗々ちゃん可愛いなぁ……」


 試着室のカーテンが開かれると、そこにはピンクのビキニを身に纏った片岡紗々の姿があった。いつの間にか彼女の髪が後ろで纏められている。それだけでも並みの男なら卒倒ししまいそうな美しさだが、彼女はあざとくも膝に手を付くと悩ましげに小首を傾げてみる。


 どうやらこれは職業病らしい……。


 隣の優菜はそんな片岡紗々の姿に目を輝かせる。そういえばこいつ、元々片岡紗々の熱心なファンだったんだっけ?


 片岡紗々は俺が俺を見つめる。


「どう?」

「なんだよ、その漠然とした質問は……」

「似合ってる?」


 と、そんなことを聞いてくるので俺は回答に困る。俺はこういう質問に答えるのが苦手なんだよ……。急に恥ずかしくなってきた。俺は頬を火照るのを感じながら彼女から顔を背ける。


「ま、まあ、悪くないんじゃないか……」


 そんな俺を見て片岡紗々はクスッと笑う。そして、俺のもとへと歩み寄ると、背けた俺の顔を覗き込む。


「お兄ちゃんはホント素直じゃないなぁ~」

「うるせえっ」


 彼女は俺の頬をぷにぷにとつついて、俺の反応をしばらく楽しんでから、近くの水着を手に取った。


「だけど、せっかくだから他のもつけてみようかな? お兄ちゃんはどれがいいと思う?」


 その俺の反応を楽しむためだけの質問に、イラッとした俺はあたりを見渡すと、あえて近くにあった幼児用の水着を手に取る。


「これとかいいんじゃねえか?」


 水着を彼女に差し出すと片岡紗々は少し驚いたように目を見開いたが、すぐにニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「なるほど、お兄ちゃんにはそういう趣味があるのか……」


 完全に逆手に取られた。


「先輩、それは引きます……」


 と、優菜まで片岡紗々に加勢する。


 ムッと口をつぐむと優菜と片岡紗々は顔を見合わせてクスリと笑う。そして、二人して呆れたように俺の顔を見やる。


「もう、冗談だってば、そんなにいじけないで……」

「そうですよ。先輩は反応が可愛いからついつい意地悪したくなっちゃうんです……」

「うるせえっ。寄ってたかって、みんなで俺のことをからかいやがって……」


 なんで俺の周りの女はこういう奴らしかいねえんだ……。俺が一人天を仰いでいると、優菜と片岡紗々はそんな俺を置いて水着の品定めを始める。


「そう言えば優菜ちゃんは水着買わないの?」

「え? だって、私は修学旅行行かないし……」

「なら今度一緒にナイトプールに行こうよ。楽しいよ?」

「そう? じゃ、じゃあ買おうかな……」


 と、俺を置いて女子トークに花を咲かせている。片岡紗々はいくつか水着を手に取ると、優菜の身体に合わせて、ああでもないこうでもないと頭を悩ませる。と、そこで優菜が不意に俺を見やって頬を赤らめる。


「せ、先輩はどれがいいと思いますか?」

「どれって言われても、俺にはよくわからないしな……」


 どう考えても俺なんかに聞くよりも、片岡紗々に聞いた方がいいに決まってる。ってかこいつは優菜のため、というよりも自分が愛でるために水着を選んでそうだ……。


 が、優菜は俺の言葉に不満があったようで「むぅ……」と頬を膨らませる。


「なんで怒るんだよ……」

「先輩は女心がわかってないです……」

「悪かったな。どうせ俺には女心なんてわからねえよ……」


 俺みたいな地味な高校生に女心の理解を求める方がおかしい……。


「その割には先輩の小説には水着の描写がよく出てきますよ……」

「おいやめろっ!!」

「小説? って何の話?」


 と、片岡紗々まで食いついてきやがる……。


「こっちの話だよ。そ、そうだな……。お前は年齢より少し幼く見えるから、たまにはこういう大人っぽいのもいいんじゃないか?」


 泣きそうになりながら優菜にアドバイスを送ると彼女は「さすがですね」と意味深な返事をして試着室へと入っていった。


 結果的に、俺と片岡紗々の二人が取り残される。俺は妙に気まずさを感じながらも、水着を眺める彼女を眺める。


「人気者ってのも大変だな」


 そう尋ねると片岡紗々は「え?」と首を傾げる。


「昼休みのことだよ」

「あ、あぁ……あんなのもう慣れたよ」

「まあそうだよな。むしろ、タレントとしてはありがたいことだもんな……」

「…………」


 彼女は何も答えずに俺から視線を逸らした。


 ん?


 そんな彼女の挙動がわずかに気になったが、彼女はすぐに笑みを浮かべると「そうだね。誰かに憧れてもらえるのは嬉しいことだよ」と答えた。


 そこでカーテンが開く。


「ぬおっ!?」


 彼女を見た瞬間、思わず変な声が漏れた。そんな俺を優菜が冷めた目で見つめる。


「先輩、鼻の下……」

「わ、悪い……」


 慌てて鼻の下を手で隠す。


 それにしても刺激が強すぎる。確かに俺は大人っぽい方がいいとアドバイスした。が、いざ身に着けてみると、なんというか……予想以上にエロい。


 彼女が身に着けていたのは真紅のビキニで胸とパンツにはそれぞれフリフリが付いている。が、もっとも刺激的なのは左右のカップを繋ぐ蝶々結びの紐だ……。


この紐をひっぱれば……。


なあっ!! いかんいかん。邪念を振り払うように頭を振った。


優菜は手を後ろに回すと、恥ずかしそうに太ももをもじもじさせる。その仕草がまた俺の何かをそそる。


「せ、先輩、どうですか?」


 優菜は頬を真っ赤にしたまま俺にそんなことを尋ねてくる。


「凄くエロくて、それでいてあどけなさも残っていて可愛い……というのが一般論だと思うぞ」


 俺が回りくどく彼女を褒めると優菜は「な、ならこれ買います……」と小さく答えた。

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先輩殺しの小悪魔美少女は、義兄の俺にだけはデレデレみたいです あきらあかつき@10/1『悪役貴族の最強 @moonlightakatsuki

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