住めば都(匿名短文元神童企画 参加作品)

 このむらには神童が産まれます。その神童はまた神童を産み、神童は邑を繁栄させて来ました。

 齢十九になるミコ様もその一人でした。真っ黒で長い髪、真っ白な肌、真っ赤な瞳。目尻と口に紅を引いたそのお姿は、おおよそ邑の人間とは似ても似つかぬ様相でした。なんと言えば良いのでしょう、小柄な身体なのに、冷たいその美貌はまるで大蛇のごとき禍々しさを人々に与えるのです。

 ですが、ミコ様はもう神童ではありません。ミコ様は十五の時に次の神童たるヒメ様を産みました。それにより、神童としての力は目に見えて衰退しました。本日はヒメ様四歳のご誕生日。神童の力は一切合切ミコ様からは消え失せたに違いありません。これまでも、そうでしたから。

 ミコ様の寝所に大勢が詰めかけます。皆、この日を待ち望んでいました。

「まあ、大勢ではしたないこと」

 大勢の老若男女を見渡し、畳に座したミコ様はくすりと笑われました。その様子に、血気盛んな男衆が怒号を上げます。

「ヒメが隣の部屋でお眠りされています。静かに」

 ヒメ様はきっと事が終わるまで目覚められることはないでしょう。四歳のご誕生日はずっと眠り続けられるのです。これまでの神童も皆そうでした。そして目覚めると新たな邑の神童が誕生するのです。

「どうせ目覚めない。事が終わるまではな」

「神童でなくなったわたくしをどうされるおつもりです?」

 その質問は、わかっていてしているものでした。なぜなら、その口元がにやりといやらしい笑みを浮かべたからです。

「何人喰らったと思っている。ただでは楽にしてやらないからな」

にえを出すのが嫌ならば出さなければ良いではないですか」

「——ッ、出さねば何十人と贄を出すまで祟り続けるくせに!」

 そうなのです、神童は年に一人贄を求めるのです。贄を差し出せばその者は絶命します。その様子はここでお話出来るものではありません。そしてその命の代償として、ありとあらゆる富を授けて下さるのです。それは金銀財宝の時もありますし、豊作という事もあります。

 そして贄を出さなければ、邑にわざわいをもたらすのです。

「あれは偶然だったと言ったでしょう」

「あんなものが偶然なものか。あんなに、一斉に皆が熱を出しバタバタ死んだんだぞ!」

「ああ、哀れな光景でしたね」

 浅く卑しい笑みを貼り付けたまま、ミコ様は昔を懐かしむような眼差しをされます。それがまた人々の逆鱗を逆撫でしたようでした。

 昔は下痢嘔吐しながら大勢が亡くなったり、酷い発疹と熱で邑が壊滅しかかったりと色々あったようです。苦渋の決断ではありますが、贄一人で一年生かしてもらえるのは邑の存続のためには必要でした。

「この疫病神め」

「酷い言いよう。代わりに有り余る富を授けましたのにね」

「贄と引き換えに得た富などなんの価値もない!」

「そう。皆ずいぶん立派なお屋敷を建て贅沢三昧しているようなのに」

「黙れ!」

 贄なしで普通に暮らせるならばその方がどれだけ良いでしょう。明日は我が身かもしれないのです。その苦痛を思えば、富を得ることのなんとちっぽけなことか、ミコ様にはわからないのです。富もなく贄だけ取られるのであれば、とっくの昔に神童などくびり殺すところでしょう。

「言い残したことはあるか」

「誰かがわたしくしの父であり、誰かがヒメの父である男衆たち。次の治世もヒメと愉しむが良い」

 おぞましい響きです。男衆たちは全員、ヒメ様が初潮を迎えられたと同時に昼夜関係なくヒメ様のもとへ通わなくてはなりません。ヒメ様に早く次の神童を産んでいただき、神童としての力を衰退させるために。子を産んでから四年だけ、贄を取られず穏やかに過ごせるのです。富も与えられませんが蓄えは充分にありますから問題はありません。

「お前たちともずいぶん愉しみましたね。お前たちは一人残らず、わたくしに執心していたのに」

「だが俺の娘を贄にした」

「ずいぶん美味しそうな魂だったから」

 ペロリと真っ赤な舌が唇をなぞります。すでに神童ではなくなったとはいえ、背筋の凍るような冷たさでした。

「さあ、お時間です。参りましょうか」

 ミコ様が優雅に立ち上がります。これからミコ様がどうなるのかは——やめておきましょう。気分の良いものではありません。

 こうして、元神童であったミコ様の治世は幕を閉じたのでございます。


 * * *


 人々が神童の屋敷へ戻ると、奥の襖が開きました。そこからふらりと出て来たのは、まだ小さいお身体の新たな神童です。

「ヒメ様」

 皆がその場に平伏します。

「まあ、大勢ではしたないこと」

 大勢の老若男女を見渡し、ヒメ様はくすりと笑われました。それはもう四歳の幼子ではなく、邑に君臨する神童のもの。口調も、表情も、立ち振る舞いも。

 その真っ赤な瞳が童女には似つかわしくない、いやらしい笑みを浮かべます。ああ、ついにヒメ様の治世が始まってしまったのです。

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