小話:ネロとホワイトデーのお返しは甘いもの
「っべー、まじべーわ…」
手持ちの花束と室内にまで飾られた大輪の薔薇を前にして、冷や汗が止まらない。
いや待て。焦るな。
まだ確定ではない。
ここは異世界!作者の都合の良いように、魔法を除けば限りなく現代に近い世界観だが、ヒロインが私tueeee!!をするために完全に一致はさせていない。
バレンタインもホワイトデーもあるし、何なら太陽暦だし、この世界は現代の世界線から大分逸れているパラレルワールドという設定でもいいが、それでもチートするために欠けている要素があるはずだ。
そこに賭ける!!
ちらりと視線だけを動かし、薔薇越しにネロを見つめる。
薔薇の色が移ったのかな?
ネロの頬も真っ赤に見える。
このままじゃっ!駄目だっ!!!
「ネネネネネネネロっち!」
「ネロっち?」
「薔薇ありがとね!すっごくうれしー!」
「…そうか」
しかめっ面や怒り顔ばっかり見てたから気付かなかったけど、イケメンがはにかむと破壊力抜群である。
つり目な上に顔が整っていると相乗効果でキツい印象を与えがちだが、はにかむと一転幼げな表情になるのだな。
私はこれでもれっきとした異性愛者であるから、この攻撃はかなり心臓にくるものがあった。
なんて危ない奴だ。
薔薇越しでよかった、直視していたら救急搬送されていたぞ。
いやいや違う!
私は悪役令嬢!!
ほだされたりなどしない!!
「えっとね、うれしいんだけど、これって、つまり、その、何だろう?」
…弱気ちゃうねん。
「バレンタインのお返しだ」
「そだね!ホワイトデーだもんね!ありがとー!おはな、きれい!」
「花言葉を知っているか?」
「んーん、わかんない」
やめろ!それ以上ぐいぐい来るな!
語彙力が幼児退行する!!
「何度生まれ変わってもあなたを愛する」
くっそ重い。
「感動で言葉がでないね…」
何かを期待するような眼差しのネロから受け取った薔薇の花束に顔を埋める。
どうしろというのだ。
完全にネロルートではないか。
ここから、ヒロインがどうやって巻き返すというのだ。
それにしても花ってこんなに量があると重いのね。
ネロの花言葉のようにずっしり重量を感じる。
生まれ変わっても、って何か察しているのか?
「…オクタヴィアの気持ちが追いついていないのは理解している」
花に埋もれていた顔を上げる。
赤みが未だにひかない頬を人差し指で掻きながら、ネロは穏やかに言葉を紡ぐ。
「過去を乗り越えられたのはお前がいたからだ。
お前に支えられて、今の俺様がいる。
これは俺様の気持ちの表明だ。
今までお前に支えられてきた分、今度は俺様が支えたい。
お前が与えてくれた幸せを、俺様もお前に与えたい。
たとえ何度生まれ変わっても、お前の幸せを願っている」
びっくりした。
まさか、ネロは幸せだというのか?
国内外にゴタゴタを抱えて、寝る暇も惜しんで国のために働いても、貴族も国民も不満を漏らし、少しのミスでも鬼の首をとったかのように騒ぎ立てる。
友と信じたものは権力と金で簡単に裏切り、血の繋がった家族ですら王子という肩書越しにしかネロを見ていない。
そして…婚約者はネロのことを愛していない。
それなのに、ネロは何もかも満たされているように笑うのだ。
「お前と一緒に幸せになりたい」
どうにもならない願いだった。
私とネロの幸せは決して重なることがないのだから。
私の幸せはネロと婚約破棄をして、悪役令嬢としてふさわしい末路を迎えることなのだ。
だから、この状況は完全なるバッドエンドだ。
「はい」
花束から四本のバラを抜き出し、ネロに手渡す。
素直に受け取るネロに、私は「言っておくが」とビシッと指さした。
「譲歩するのは今回だけだぞ!」
「は?」
「だから、次もなどと望むなよ!
ランプの魔人と違って、人間の私が叶えられる願いは一つまでだからな!」
<番外編・小話>悪役令嬢は、悪役令嬢になりたい 五百夜こよみ @nois
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