【15-17】遺言 下

【第15章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330651819936625

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 アルベルト=ミーミル退役大将は室内にいたものの、来訪者たちの討議には加わっていない。


 椅子に腰かけたまま、窓外に広がる湖をぼんやりと眺めていた。


「アルベルト君よ。これは、この老人からの遺言だと思って聞いてくれ」


 元対外政策課長も、元副司令官も、元参謀長も、そして元特務兵も、フロージの言葉を一言も聴きらさぬように、姿勢を正す。


 元総司令官は振り向かなかったが、農務大臣は構うことなく続ける。ただし、言葉を選ぶようにして。

「お前さんは機会を逸した。この国には、お前さんが命を差し出すほどの値打ちが、なくなってしまったよ」


「……」

 ミーミルは、よどんだ視線を室内に戻した。


 そして、柔和な笑みすら浮かべている短髪まだら模様の小男に、黒くにごった両目を向ける。


 そこに光はないが、フロージは気にするそぶりを見せずに、言の葉を紡いでいく。

「真面目なお前さんのことだ。軍務省次官・クヴァシルとの約束を守ろうと、この国の戦争責任の一翼を担おうとしているね。そのためだけに生きながらえておると」


 問いかけを肯定するかのように、ミーミルの瞳は幾分かだけ鳶色とびいろを取り戻した。


 初めてこの官舎を訪れた折、それ以上踏み込めなかったローズルやフルングニルたちは、項垂うなだれつつも、フロージの呼びかけに期待する。


【15-12】面会

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 いまや室内のすべての者たちが、短身年長の農務相の言説に、聴力のすべてを注いでいた。


「……国家とはな、為政者とはな、4つのことが出来ていればワシはよいと思っておる。公平な裁判、安い税の徴収およびその効率的な運用、そして、民衆の生命財産を守ることだ」


 農務省の太く短い4本の指を前にして、退役大将の瞳に戸惑いの色が浮かぶ。



 それを見透かしたように、フロージの双眸そうぼうは鋭い光を帯びる。

「それに引き換え、いまの審議会の体たらくはどうだ」


 裁判も開かずに当事者を始末し、民衆に新たな税をあてがおうとしておる。


 搾り取った苛税かぜいは、帝国からのいわれなき法外な賠償金に補填ほてんされるだけだ。


 帝国軍に薄給でこき使われ、命を落としている窮民には1ラウプニルも使われん。


「おまけに軍は、目の前で繰り返される強盗強姦・人身売買について、見て見ぬふりを決め込んでおる」



 いつの間にか、ミーミルまで頭を垂れて、フロージの言葉に傾聴していた。


「4つの役割を1つとして果たせなくなった国家に、存在する意味などありゃあせん。お前さんがいま帝国軍の前に出て行っても、死にかけの審議会――そのわずかばかりの延命に利用されておしまいだ」


 着座のまま瞑目してしまったミーミルに、フロージは立ちあがって言葉を浴びせる。


「お前さんが本当に守りたいのは、ヴァナヘイムという名の土壌であって、審議会という器ではないはずだ。守るべきは、我らをはぐくんでくれたこの大地と、そこに住まう民衆であろう」


 その言葉に、思わず元総司令官は瞳を大きく見開いた。


 元対外政策課長は渾身の笑みを浮かべ、瞳を閉じた。


 元副司令官と元参謀長たちがうなずき合う向こうで、元特務兵は充血させた両目から、それ以上こぼれぬように口をへの字に結ぶ。



「……かくいうわしも、そのような審議会の末席を任されておる身の上だ。実に情けないことではあるな」


 農務大臣は自虐的に笑って、自説を締めくくった。






【作者からのお願い】

「航跡」続編――ブレギア国編の執筆を始めました。

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


宜しくお願い致します。



この先も「航跡」は続いていきます。


フロージの言葉が心に響いた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


ミーミルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「親友と祖母 上」お楽しみに。


イエリン郊外の領主邸宅――そのサンルームでは、1人の少女が、老いた女主おんなあるじと対面していた。


「帝国軍か来てくれなければ、私も父もこの国の為政者たちに殺されていました」

カーリ=フォルニヨートは、収容所での過酷な生活の一端を口にして、悪寒を覚えたのだった。思わず左右の手を交差し、両の二の腕をさすってしまう。

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