【15-16】遺言 中

【第15章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330651819936625

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 シャルヴィ=グニョーストは、特務兵として前線に送られた当初こそ、かつての政敵・グリスニル鉄道相への意趣返しを胸に秘めていた。


 だが、帝国軍の捕虜になり、銃口の前で風変わりな紅髪の敵将校と言葉を交わしてからは、そのような個人的な事情はどうでも良くなっていた。


【8-9】捕虜 中

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 それよりも、同僚たちの身の上――自身も同じ境遇なのだが――を案じていた矢先に、酒場で仲間が射殺されたのだった。


【15-13】謝罪と賠償 上

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 事件当時、現場に居合わせた者たちは、軍の派遣した者たちによって、事情聴取の名の下に次々と捕縛・拘禁されていった。


 グニョーストは、銃弾こそ当たらずに済んだものの、割れた酒瓶の破片によって、したたかに額を切ってしまった。


 だが、病院に送られ手当てを受けていたおかげで、捕縛を免れることが出来たのである。



 拘禁された仲間を解放するため――何より、路傍ろぼうに窮した同僚たちを救済するため、彼は10年ぶりに農務大臣のもとを訪れたのだった。


 農務相フロージは容貌こそ老けたが、その内面は当時と変わっていなかった。


 同じ収容所で過ごしたかつての上司は、彼を郊外湖畔の官舎に誘ったのである――このまま王都に居ては、卿の命が危うい、と。




 驚いたことに、その官舎には、グニョーストら特務兵を指揮し、帝国軍を散々苦しめた英雄が囚われていた。


 そこへ集いたる顔ぶれは、農務大臣のみならず、ヴァナヘイム軍の元幕僚たちに加え、一時期、新聞紙面を賑わわせていた外務省の元対外政策課長までという、多士済済たしせいせいぶりであった。



「今回の事件について、審議会は賠償金の支払いに応じるらしい」

 発言主である元対外政策課長は、元総司令官を除く全員の視線を集めた。


「我が国のどこに、そのような財政的余力が……」


「税率を上げるだけでは足りんから、新たな税もつくり、徴収するつもりらしい。何という名前だったかな……おおそうだ、『救国税』とかいうセンスのかけらも感じられないものだったわ」


 ない袖は振れぬ――元副司令官・ローズルが口にした単純な疑問に、農務相・フロージは気だるげに書面に目を落としながら応えた。しかしその舌鋒はいつもながら鋭い。


 それらのやり取りを聴いていたグニョーストの胸中に、たちまち政軍両面における理想の形――元対外政策課長・フォルニヨートが目指す体制――が、しくも芽生えたのであった。


 すなわち、1日も早く審議会を農務大臣の手で切り盛りしてもらうと同時に、軍を元総司令官閣下とその元幕僚たちに、再び率いてもらうのだ。この部屋に役者は揃っている。



「金だけなら、まだいい」


 鼻先に老眼鏡をのせた農務大臣は、上目づかいのまま続ける。


「審議会は、この事件で現場に居合わせたヴァナヘイム兵のみならず、酒場の客・主人それに従業員まですべて始末したらしい」


「し、しまつ……」

 グニョーストは、フロージの言葉をすぐに受け止めることができなかった。


 夢想に膨らみかけた心へ、突然黒いインクをかけられたような心境となった。


 収容所から派遣された使役現場、特務兵として放り込まれた戦場、そして帝国軍の雑役――苦楽を共にした仲間たちの顔が浮かんだまま消えない。


 官舎に押し掛けた者たちは、一様に表情を硬くして、当事者唯一の生き残りとなった自分に注目する。音を立てて固唾を吞みこんだ者もいた。



「……この国の為政者は狂ったか」


「死人に口なし。これ以上の帝国からの要求を封じるためだろう」


 審議会は、いよいよ取り返しのつかない領域に足を踏み入れたのである。


 とうに見限ったはずの組織であったが、自分たちの覚悟も引き返しの利かない領域に踏み込まねばならないことが判明した。


 一同は緊張を鎮めるのに苦心するのであった。



 室内の重苦しい雰囲気を破るようにして、フロージは椅子ごと身体を向けた。


 それまで、一言も発していなかったヴァナヘイム軍・退役大将に向けて。





【作者からのお願い】

「航跡」続編――ブレギア国編の執筆を始めました。

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宜しくお願い致します。



この先も「航跡」は続いていきます。


口封じのために人を殺めるとは……ヴァナヘイム国審議会はいよいよ終わりだな、と思われた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

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グニョーストたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「遺言 下」お楽しみに。


アルベルト=ミーミル退役大将は室内にいたものの、来訪者たちの討議には加わっていない。


椅子に腰かけたまま、窓外に広がる湖をぼんやりと眺めていた。


「アルベルト君よ。これは、この老人からの遺言だと思って聞いてくれ」


元対外政策課長も、元副司令官も、元参謀長も、そして元特務兵も、フロージの言葉を一言も聴きらさぬように、姿勢を正す。

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