【13-47】火には火を

【第13章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429616993855

【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330651819936625

【絵地図】ドリス城塞都市(宿所・脱出路 追記)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330652830447735

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 さかのぼること数日――帝国暦383年11月13日――ヴァナヘイム軍がドリス城塞を放棄する直前のことである。


 ヴァ軍首脳たちの軍議が、同城塞本廓ほんぐるわの大部屋で行われていた。ちなみに、この部屋では後日、モアナ准将たちが酒盛りを催している。


【13-43】火計 5

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16817330652551148646



 オーズ中将ほか主力を失ったヴァナヘイム軍は、ケルムト渓谷に再び籠り、帝国軍に徹底抗戦を試みるしかなかった。


 そのためには、イエロヴェリル平原に散らばった味方を再結集する時間を稼がねばならない。軍議では、帝国軍の追撃をどのようにして鈍らせるかの、最終確認がなされていた。


「間もなく、雨晴れてのち、西の風が強くなるだろう」

 ミーミルは、さも必然だといった様子で断言した。その様子はまるで、簡易な四則計算でも解説するかのようであったという。


「閣下は、天候まで予知できるのですか!?」

 ヒューキ=シームル少佐はうなった。それは驚きと感嘆を尊崇そんすうで包んだような声であった。


 ミーミルは静かにうなずく。


 彼は幼少期、ドリスの祖父の下に身を寄せていたことがあったそうだ。


 農作業に従事する祖父と共に、毎日天候を観察していたという。そのため、この黒鳶色くろとびいろの髪を持つ総司令官は、晩秋のこの時期、少雨の後に必ず強い西風が吹くことを知っていた。


「雨上がりに、強風が吹くのですか……」

 ビル=セーグ少佐は、まだ腑に落ちないような表情を浮かべている。


 柔和な笑みを浮かべつつ、たちの様子をしばらく見つめていたミーミルは、再び全将校に向けて声を発する。


「帝国軍によって、我等は村や街ごとぎ払われてきた」

 今度は、こちらからがそれをやってやろうではないか、と。



 しかし、ヴァナヘイム軍はそれほどの砲門を有していない。しかも旧式ばかりだ。帝国軍と同じような戦法は採れるはずがない。


 では、どうやって演じるのか。将校たちは一言も漏らさじと、若き総司令官に注目する。


 ミーミルは、可燃物――火薬や魚油に浸した藁束わらたば――を、これでもかと仕掛け終えたという。城門やぐらのほか、火の回りにて要所となる商家・民家の屋根裏という屋根裏、軒下という軒下に。



 参謀長・シャツィ=フルングニル少将は、苦笑する。


 帝国軍相手に連戦連勝を収めている間に、上官は自軍の負けを見越して、飼料用・屋根き用の小麦の藁やら、食用・灯火用の魚のあぶらやらを買い込んでいたからだ。



 ミーミルは続ける。


 間もなく、帝国軍の緊張感も薄らいでくるだろう。


 特に、ドリスを押さえている敵・第7旅団は、オーズ中将麾下とやり合った。そろそろ、心身ともに耗弱こうじゃくは、限界を迎えるはずだ。あの猛将と正面から殴り合って、無事でいられるはずがない。


【13-25】悪夢

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 緩んだ敵状をつき、後備え――シームル隊とセーグ隊の者たちが、帝国軍兵卒に身を扮して、西の城壁付近に集中した火点という火点に着火していく。


 城下の家々は藁葺き屋根が多い。あとは、吹き荒れる西風が、火炎を東へ東へと運んでくれるだろう。



「なるほど、城塞ごと帝国軍を根こそぎ焼き払ってしまうのですね」

 スカルド=ローズル中将が感嘆の声を上げる。


 だが、その声に、ミーミルは、かぶりを振った。

「副司令、いくら城下の街すべてを焼こうとしても、それは出来ないよ」


 そもそも城下街は可燃性の建物だけが密集しているわけではない。石造りの建物のほか、広場、緑地、それに往還や水路などによって、街並みは緩急がつけられている。


 つまり、城塞内部を全て炎で埋め尽くすことはできず、火計では帝国将兵の多くを殺傷できたとしても、根絶やしにすることはできないのだ。


 用水路などに身を伏せられてしまえば、建物を燃やし尽くした炎も、いずれ鎮静化していくことだろう。



 ではどうやって敵将兵を叩くのか。ヴァ軍将校は全身で、総司令官の解説に聴き入っている。


「あえて城下街の北方に、火が及ばないようにしておいた」


 城下町が焼け落ちていくなかを逃げまどってきた者たちの恐怖心は、尋常なものではないはずだ。広場や緑地帯で炎をやり過ごそうという、冷静な判断を下すことなどできないだろう。


 そんなところに、1つだけ延焼が及んでいない城門・区域を用意したら、どうなるか。


 彼らは、焼け死にたくないとの一心で、その城門から外へ逃げ出すべく、そこへ殺到するに違いない。



 ミーミルは、階段将校の2人に念を押す。


 小銃から機関砲まで持てる火力の照準を、北の城門の出口や水堀に架かる橋に集中させよ、と。


 ただし、門を壊すな、橋を落とすな――城内から逃げ出してきた帝国将兵だけを薙ぎ払え、と。


 攻め手側を遮る虎口こぐちほり――本来、城兵を守ってくれるはずの仕組みが、帝国軍にとってあだになることだろう。



 ミーミルは解説を締めくくった。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。

雨上がりに西からの強風……ドリスの気候は秋山の故郷をモデルにしたりしています。


レイスの読み通り、北門はミーミルの罠が仕掛けられていたことに驚かれた方、

そこへ向かってしまったモアナ准将たちが心配な方、

🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


ミーミルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「消し炭 《第13章終》」お楽しみに。

48話も続いた13章もようやく終了を迎えます。

最後までお付き合いのほど、宜しくお願い致します。


ソルが発見したトンネルは狭かった。西門と北門の間の城壁をくり抜いたそれは、通路というよりも土管であり、大人は四つん這いになって進むほかない。


「え、中佐、何ですかぁ?」

だが、間にトラフを挟んでいるうえに、後ろを多くの帝国兵が続いているため、レクレナはどうにも聞こえにくいようだ。

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