【13-43】火計 5

【第13章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429616993855

【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330651819936625

【絵地図】ドリス城塞都市

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330652163432607

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「どちらに行かれるのでしょうか」

 宿所の部屋から出たキイルタ=トラフは、扉の鍵を開けた衛兵たちに事情を尋ねられていた。


 西風の吹き付けるなか、衛兵の1人はサーベル、もう1人は拳銃に手を当てて、ただ事ならぬ雰囲気をかもし出している。


 もっとも、この女中尉は、人を殺めんばかりの剣幕で、先刻飛び込んできたばかりである。警戒するなという方が無理であろう。


【13-42】火計 4

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16817330652511412191



「だから、トイレですが、何か」

 何度も同じ回答をさせるな、いちいちついて来るな等々をトラフは言外ににおわせたが、衛兵たちはひるみながらも、退く気配を見せない。

 

 それらをかいくぐり、階段を降りようと足を伸ばす。せめて表に置き忘れた背嚢はいのうだけでも回収せねば。


 すると、衛兵は視線を一層鋭くして尋ねてくる。

「中尉殿、お手洗いは反対側ですが」

 

 トラフは内心舌打ちした。



 中尉トラフと入れ替わり、少尉レクレナが表に出る。


「みなさん、ご精がでますねぇ」

 レクレナは、衛兵たちにお茶の差し入れをした。


 西風にさらされ冷え切った体に、温かい紅茶はてきめんであった。


 衛兵たちは蜂蜜色のボブヘアを持つ乙女にほだされた。彼等にとって男所帯というバイアスを差し引いても、この女少尉は可愛らしい部類に入るだろう。


 すかさず、レクレナはお願いする。西風に震えながら。

「茶葉が切れてしまったので、ちょっとだけお出かけしたいですぅ」


 ポットに注ぐよりも、床にこぼした量が多かったことや、初めの数杯は分量が多すぎ、渋くて飲めたものではなかった――茶葉不足に陥った事情はナイショにして。

 

 衛兵たちは、どうしようかと顔を見合わせる。少しくらいならいいんじゃないか、との言葉も交わされている。



 しめしめ、上手くいったとばかりに、扉越しにレイスは拳を握る。トラフは少し離れた位置で呆れていた。もっとも、彼女は失策続きということもあり、異論は唱えずにいる。


「どうしてもというのでれば、我々が護衛につきましょう!」

「え、あれれ……」

 衛兵たちは胸を叩き、レクレナは戸惑う。


 室内でも、レイスとトラフが顔を見合わせる。なにか、趣旨が変わってしまったのではなかろうか。


「少尉殿の身に危害が及ぶのを防ぐためであります!」

 このドリスの街には、ヴァナヘイム軍の残兵がうろついているとの報告も入っておりますゆえ――衛兵の1人は、白手袋ごとレクレナの両手を握って訴える。


 レイスは鼻を鳴らした。さすがの第7旅団のボンクラどもも、そうした情報は掴んでいるのかと言いたげに。だが、残兵の目的までは、把握できていないのである。


 参謀部のアレン=カムハル少尉も、この城下街に敵兵が紛れている可能性を指摘している。敵総司令官・アルベルト=ミーミル大将より、着火という密命を帯びた者たちである可能性が極めて高い、として。


 

 陽は落ち、あたりはすっかり暗くなっている。参謀部の3人は、一室に閉じ込められたままであった。


 日没とともに第7旅団麾下の各隊では、酒宴が始まったようだ。乾杯の声やその後の談笑が、西風に乗って城下の街を満たしていく。


 そこかしこに宴の輪が広がっていく様子は、宿所という名の監獄に入れられた参謀部主従の耳にも、嫌というほど届いた。


「こんな時に酒盛りを始めるとは」

 トラフは苦々し気に窓外を見つめるほかなかった。



***



「かじだーーー」

 遥か遠くの声を鼓膜がわずかに知覚する――モアナ准将は気だるげにまぶたを開けた。


 ――夢だろうか。

 室内は酒宴たけなわなままとなっていた。


 カトラリーは散乱し、摘まみかけのさかなは干からびている。


 空になった酒瓶がテーブルの端に寄せられていた。それらのほとんどは倒れ、何本かは空皿とともに床に転がっている。


 その床では、うつ伏せや仰向けになる者、壁に体を預ける者、それぞれが気持ちよさそうに大いびきをかいていた。



「火事だぁーーーーーッ!!」


 ただ事ならぬ叫び声は、夢ではない。部下たちも眠りから覚めはじめるが、誰もがうつつと夢の合間を行き来している。


 そうこうするうちに、白煙により視界を奪われ、彼等はむせはじめる。


 この本廓ほんぐるわから出火したというのか。いや違う、煙は窓外から入り込んできている。



 一大事だと、モアナたちは頭痛を押さえ、重たい体を引きずり、バルコニーへとい出る。



 火照った体に、目の覚めるような冷風が吹き付けてきた。



 だが、眼下に広がる光景を前に、彼等は一様に己の両眼を疑った――まだ酔いから覚めていないのではないか、と。









 城下は火の海になろうとしていた。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


帝国軍は、レイス一行を宿舎へ閉じ込めている間に、ドリス城下に火の手が上がってしまいました🔥


炎の行方が気になる方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「火計 6」お楽しみに。


火は風を、風は火を呼び合い、両者は炎となって燃え広がる。


家屋の密集地帯に飛び火がさしかかった。すると、待っていたかのように中央の建物からほむらの花が咲く。


「こ、これは火事ではない。火計だ」

モアナたちは、一様に酔いから覚めていた。

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