【13-15】臆病者 中

【第13章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429616993855

【地図】ヴァナヘイム国

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927859849819644

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 街道に陽の光が届かなくなっている。

 

 これまで続いていた晴天は影をひそめ、空は厚い雲に覆われはじめていた。ヴァナヘイム軍総司令部として設けられた天幕内も、昼前だというのに薄暗い。


「――作戦は以上です」

 参謀長・シャツィ=フルングニル少将が説明する作成概要を、その脇で総司令官は両腕を組み、黙然と聞いていた。


 アルベルト=ミーミルという男が面白いのは、彼は司令官であって参謀でもあったところだ。説明が行われたストレンド城塞救出作戦についても、彼がすべて立案したものである。


 ストレンドが陥落すれば、ドリスで帝国軍を食い止めるという作戦そのものが成り立たなくなる。ミーミルはドリスへの撤退を継続しつつも、急ぎ策を講じたのであった。


 それは、第1・第2師団を同城塞の救援に差し向ける――兵力の逐次投入を避け、主力をもって一挙に制しようというものだった。


 アルヴァ=オーズおよびエーミル=ベルマン両中将――ヴァナヘイム軍の精鋭を帝国軍の別動隊にぶつけることについて、天幕に集った将校たちから、やや戦力過剰ではないか、との声が漏れる。


 だが、総司令官からは、迷うような様子はうかがえない。


 別動隊とはいえ、ミュルクヴィズ城塞ごとアッペルマン少将麾下を壊滅させたような相手なのだから。



 総司令官閣下にしては、珍しく積極果敢な決断は、将校たちに受け容れられた。


 だが――。


 ミーミルは腕をほどくと、次のように付け加える。

「皆、くれぐれも深追いをせぬように。各将は功にはやることのないように」


 んで含めるかのような総司令官の物言いに、アルヴァ=オーズ中将をはじめ将軍たちは一斉に鼻で笑った。


 ――この若い総司令官はいつもこうだ……作戦開始前に必ず慎重論を口にする。



 ここまでヴァナヘイム軍は、帝国相手に連勝を重ねていた。確かに総司令官閣下の手腕は、諸将も認めざるをえない。


 とりわけ、エレン郊外における夜襲同士討ちへの誘導や、ケニング峠における中央突破のち背面強襲運動――これら用兵の妙は、もはや芸術的な域にすら達していた。


【11-4】夜襲 ①

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【12-9】ケニング峠の戦い 1

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 ――だが、さらなる多くの戦場で、帝国軍を撃退してきたのは最前線の俺たちだ。



 砲煙に血しぶきが織り交じるなか、帝国軍の将兵を銃剣によって圧殺し、勝利をもぎ取る――それらは、ヴァナヘイム軍諸将を発奮させ、平原に置き忘れてきた自信を取り戻すには十分だった。


 一方で、ミーミルは消極的なことしか口にせず、度が過ぎるほどの慎重な判断しか下せない。そんな総司令官は、将軍たちはもちろん、下士官・兵たち――特務兵を除く――からも支持を失いつつある。


 先のフレヤ・イエリン攻略の折は、新聞各紙によって都市奪還ばかりがフォーカスされている。しかし戦闘そのものは、総司令官の過度な警戒心のために、帝国軍に痛打を与える機会を逸していた。


 城塞都市・ドリスをめぐる攻防戦においても、攻城戦のさなか総司令官は四方八方に斥候を飛ばしている。その様子は、「周囲を警戒し、なかなか食べ物にかじりつこうとしないねずみのようだった」と、まことしやかにささやかれた。


 ヨータでの会戦では、総司令部からの命令を忠実に守った副司令官・ローズルのために、帝国軍に肉薄していたムール=オリアン麾下へ追撃の許可が下りなかった。オリアン旅団は指をくわえたまま、むざむざ帝国軍を逃がしている。



 勝利に慣れたヴァナヘイム将兵にとって、もはやアルベルト=ミーミルではなっていた。


 総司令官閣下は臆病者――そうした陰口の声は、戦闘を重ねるごとに、そこかしこで漏れるようになっていった。



 戦場で積み重ねてきた命をめぐる生々しい体感や、その末に手に入れた勝利の高揚感は、諸将から兵卒まで2つの事実を忘れさせしめていた。


 それら戦場において、ヴァナヘイム軍が「必勝の形勢」で臨むことができていたのは――総司令官閣下の入念な下準備の賜物であったという事実に。


 彼らが一敗地にまみれるような事態に陥った場合は――王都まで帝国軍を抑止する存在がなくなるという事実に。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


なかなか総司令官の思いが、将軍たちに伝わらないなぁと思われた方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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ミーミルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「臆病者 下」お楽しみに。


ヴァナヘイム国内におけるアルベルト=ミーミルは、「生ける軍神」として、民衆の崇拝の対象になりはじめていた。


一部の代議士が、王都・ノーアトゥーンの正門に、彼の銅像を建てようと予算調整に動いているらしい。


本人にとって迷惑以外の何物でもなかったが、「軍神ミーミル」という名の虚像が1人歩きしはじめた。

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