【16-12】異動命令 上

【第16章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816927859538759970

【地図】ヴァナヘイム国 (16章修正)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16817330655586386797

【世界地図】航跡の舞台※第12章 修正

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330648632991690

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「失礼します」


 ノーアトゥーンに帰還して数日後、セラ=レイスは、再び総司令官の宿所――旧ブリリオート少将邸宅――に呼び出されていた。


 建物の造りの豪華さと、室内の調度品の地味さが相変わらず不釣り合いなままである。


 前者が建物の前所有者の嗜好しこうであり、後者が現所有者のそれであることによる乖離かいり現象であることは、先述のとおりである。


【15-9】父娘

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 総司令官は、簡素なデスクに着席し、瞑目めいもくしたままであった。紅毛の先任参謀は、その前に進む。


 しかし、アトロンは微動だにしない。


 ――怒られるようなことは、もうしていないはずだけどな。


 レイスが己の日頃の行いを振り返っていると、突然、白く豊かなひげが動いた。



「貴官は、来月から本土勤務になった」

 

 老将から発せられた言葉に、不遜が服を着て歩いているような青年も、さすがに面食らった。

「……これは、唐突な異動命令ですな」


 部下の様子に関心を示すこともなく、総司令官のぼそぼそとした声は続く。

「帝都では、オーラム宰相閣下の御子を中心として、新たな軍が編成されることになった。君はその新設軍に籍を置くことになる」



「宰相閣下の御子……アルイル大将閣下でございますか」



 紅毛の部下の質問に、白髭の上官は内示書をもって応じた。






「コナリイ様……ですか」

 再び、レイスはきょかれた。


 「宰相の子」とは、東征軍のオーナーであり、肥え太った嫡男・アルイル=オーラムではなく、御年10歳になるかならぬかの末娘・コナリイ=オーラムであった。



 新設部隊の目的までは、内示書に記されてはいない。


 しかし、受け取った書類を読み進めていくほど、レイスのあおい瞳に野心の炎がともっていった。


 後任のモアナ大佐へ引継ぎを終え次第、荷物をまとめ、直下の者たちとともに大海・アロードを渡るように――老将からの指示に対しても、レイスはしばらくの間、曖昧あいまいにうなずくことしかできなかった。



「……いままで、本当にご苦労であった。東征軍をここまで立て直してくれたこと、礼を言いたい」

 言葉とは裏腹に、アトロンの声は精気に欠け、その視線はやや強張っている。


 この朴訥ぼくとつとした老将らしい謝意の表し方だと、レイスは思う。こうした表現も含めて、総司令官のことが彼は好きなのだった。



「いえ、こちらこそ、いままでご指導いただきまして、ありがとうございました」

 レイスは、いつも以上に快活に応じた。


「……体に気をつけてな」


「はい、閣下も。本当にお世話になりました」


 これもまた、いかにもこの老将らしいねぎらいの物言いだ。レイスは愛嬌ある笑みを浮かべて敬礼をすると、きびすを返した。


 この笑みを見た者には、それが作り物のような印象をどうしても与えてしまう。


 だが、アトロンの草食動物のような瞳に、それがどのように映ろうと、彼はもう関心がなくなっていた。


 回れ右をした瞬間、レイスの愛嬌ある笑みには、自信の色が加わっていた。彼の紅色の頭のなかでは、背後に座る老人は過去の存在となった。



「……娘のあだを打てたこと、感謝する」

 老将の白い口髭の合間から、最後の一言が投げかけられたが、青年将校の耳がそれを拾うことはなかった。


 扉が閉まり、若者の靴音が部屋を遠ざかるなか、アトロンは1人深いため息をついていた。





【作者からのお願い】


「航跡」続編――ブレギア国編の執筆を始めました。

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宜しくお願い致します。



「航跡」第1部は、あと少しだけ続いていきます。


え、レイス異動!?帝都って栄転じゃん!

作者と同じくビックリされた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

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紳士・ベルマンや鉤鼻・オリアンたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「異動命令 下」お楽しみに。


戦場経験のない女児に上官としての資質を求めることなど馬鹿げている。そもそもレイスは、年齢や性別に関係なく、貴族子弟というものに期待などしない。


それにしても、田舎の農夫然とした老人から帝都の箱入り娘とは、上官が変わるにも程がある。


彼は己の境遇に失笑を禁じえなかった。

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