【14-20】崩落 上

【第14章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330651819936625

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「まだ塔が1つ崩されただけだ。こちらからの回答は、夜明けを待ち、敵の兵力の多寡たかを確認してからでも遅くはあるまい」


 ヴァナヘイム国農務相・ユングヴィ=フロージは、深く椅子に腰かけたまま提案した。


 しかし、彼の冷静な声をもってしても、右往左往する者たちを制することはかなわなかった。


「そんな悠長なことをおっしゃっている場合ですか」


「帝国軍は本気ですよ」


「そうですよ。次はここに敵の砲弾が飛んできますよ」


 ヒステリックな声、声、声……それらをかき分けるようにして、農務相は周囲を見回した。



 審議会は、ずいぶんとまた人数が減ったものだ。年齢層も大きく若返った。


 ここに残った者たちは、各省においてかろうじて監督職と呼べる者たちではあったが、四十をいくつか過ぎたばかりの中間世代だけだった。


 農務省を除いて、大臣もしくは次官クラスはみな、北方の自領や縁故の土地へ逃げ散っている。


 7カ月前、帝国軍に追い詰められた時と同じ光景が、フロージの目の前に再現されていた。


 7カ月前と1点だけ異なるのは、窓の有無だけだろう――帝国軍からの砲撃を恐れ、審議の間が宮殿の上層階から、地下の酒造蔵に移されたのだった。



 審議会をつかさどるのは内務省であったが、大臣・ヴァーリ=エクレフは、北の所領・リンドに逃げ、長期欠席を決め込んでいる。


 代わりに内務省次官であり、49歳というこの場では年長の部類に入るヘズ=ブラントが発言した。

「ミーミルの引き渡しや特務兵解散はともかくとして、帝国軍の駐留や弁務官事務所の開府など、とてもめたものではない」


 彼は、北方の領土に伝手がなく、逃げそびれていた。


 やむなく、ギャラールの別荘へ向かおうと馬車に乗りかけた時には、王都の北東門で数多の民衆が折り重なって倒れる事故が起きたのであった。


【14-16】安逸 1

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「おいおい、彼は『救国の英雄』じゃなかったのかね」


 農務大臣の問いかけは、若い官僚たちの冷笑をもって報われた。


「英雄?配下の将軍たちからの積極策をことごとく退けた男のことですか?」


「たった1度敗れただけで、帝国から取り戻した街をすべて放棄し、谷底に逃げ隠れている能無しが、どうかしましたか?」


「あの臆病者が、谷底で自分の命を守っていたために、王都が帝国軍の脅威にさらされることになったのですよ」


「さよう、英雄が聞いて呆れますな」



 まったく「勝利慣れ」とは、恐ろしいものである。


 3倍もの兵力差と、歴然とした兵器の性能差をものともせず、ミーミルは創意工夫と用兵如神で、帝国と互角以上に戦ってきた。


 そうした驚嘆すべき事実を、彼らは失念している。




 英雄に対する悪口雑言がひととおり済むと、議論は帝国側から突きつけられた7カ条の条件検討に戻った。


【14-17】安逸 2

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「この程度の要求など、ノーアトゥーンを占拠してからとて、いかようにでもできるだろう。思うに、城壁の先まで迫っている帝国軍とやらは、王都を一挙に併呑へいどんするほどの力はないと見えるが」


 フロージ農務相の推察は正鵠せいこくを射るものだったが、彼の発言はまたしても否定された。


 ヴァナヘイム国では、軍務・外務・内務・文務・総務といった各省にくらべ、農務は下位のものとされていた。


 そのため、フロージは年齢、地位ともに、この部屋では最上に位置したものの、その発言は最上位とならなかった。



 イエロヴェリル平原に広がる、敵の大兵団をご存知ないのですか。


 知っているさ、君らの言う「臆病者」が、20万以上の帝国軍を食い止めてくれていた。


 その大兵力がノーアトゥーンに殺到する前に、「ヴァナヘイム人による自治」を条件に、これら帝国軍からの要求をむべきではないでしょうか。


 我らによるこの国の統治が、この先も認められると思っているのかね。


 ですから、「弁務官事務所の開府」と「帝国法の適用」以外、残りの5カ条のみ受け入れるのです。


 それこそ、敵の大軍が乗り込んできたら、すぐに7カ条、いやそれ以上の条件を突きつけてくるだろうて――。



 8カ条や9カ条になることもあるが、帝国が占領した国々に押し付けてきた条件は、軍の駐屯に統帥権、行政権、司法権の収奪が必ずセットになっていることを、この胡麻塩ごましお頭の大臣は知っている。


 結局、地下酒蔵の国政の間に集った者たちでは、結論を出すことができず、国王の聖断を仰ぐことで一致した。


 要は、結論を先送りし、責任を王に押し付けることを選んだのである。



 帝国の示した刻限――20時までは、あと30分を切っていた。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


農務大臣に切り盛りをすべて任せたいと思われた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

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フロージ爺様たちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「崩落 下」お楽しみに。


いつも以上に顔色を青黒くさせた国王アス=ヴァナヘイム=ヘーニルは、痩身に不釣り合いなほどの分厚い甲冑かっちゅうを着こんでいた。


脇に抱えたかぶとともども、金細工や宝石がそこかしこに施されており、実戦仕様というよりも、儀式仕様という印象が強い。


「ク、ク、クヴァシルは、ど、どうした」

夕刻、突然襲ってきた砲弾に、国王は心底動転しているのだろう。この場にいない軍務省次官の姿を探している。

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