【14-21】崩落 下

【第14章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816927859156113930

【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330651819936625

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 ノーアトゥーンに残った為政者たちは、宮殿の中心・国王の執政の間に集っていた。


 いつも以上に顔色を青黒くさせた国王・アス=ヴァナヘイム=ヘーニルは、痩身に不釣り合いなほどの分厚い甲冑かっちゅうを着こんでいた。


 脇に抱えたかぶとともども、金細工や宝石がそこかしこに施されており、実戦仕様というよりも、儀式仕様という印象が強い。


「ク、ク、クヴァシルは、ど、どうした」

 夕刻、突然襲ってきた砲弾に、国王は心底動転しているのだろう。この場にいない軍務省次官の姿を探している。


「軍務次官殿は、往来で襲われて以来、行方をくらませたままです」

 余程の深手を負われたのでしょう、との結びの言葉に同情の響きはない。


「そ、そういえば撃たれたのであったな。で、では、あの若者は、ミ、ミーミルはどうした?帝国軍を国外に、お、追い散らす勢いだったはずだが」


「恐れ多くも、ケルムト渓谷に籠ったままでございます」


宸襟しんきんを悩まし奉りますが……その間にも、多数の帝国兵が、この王都まで迫ってきております」


 帝国の大軍城下に迫ると聞き、国王はいよいよ震えおののき、思わず手にしていた金兜かなかぶとを取り落とした。


 装飾過剰な鉄帽が、重い音を立てて床に転がる。


 王と同じく儀礼的武装に身を固めたレスクヴァ=フリデールが、それを拾い絹布で拭き清めた。


 この中年の女侍従長も、甲冑こそ艶やかだが、頬はこけ、眼は落ちくぼんでいる。



 西の塔の崩壊で、帝国軍の接近を知り得たではないか。だからこそ、そのような大仰な鎧を身にまとっているのではないのか――。


 いまさら国王に期待することなどなかろうが、官僚臣下たちは心底呆れているようだった。


「よ、余はどうすればよい」

 臣下たちの冷めた視線など意に介する様子もなく、国王・ヘーニルは周囲の者たちにすがろうとする。


「帝国からいくつかの要望が参っております。それらも含め、御国みくにのこれからにつきまして、御聖断を賜りたく、こちらにまかり越しました」



 国王の御下問と官僚臣下の上申が噛み合っていないことに、農務相・ユングヴィ=フロージは気が付いた。


 国王陛下は、この国の行く末ではなく、御自らの身の振り方をお尋ねになられたはずだ。


 逃げ腰の国王に、臣下たちは亡国の行く末を決めよ、と迫っている。



「ヴィーザル翁やエ、エクレフはどうした」

 平時ですら1人で決断などしたことのない王である。この非常時に決められようはずもない。たちまち他の重臣を求め出したのも無理からぬことであろう。


「軍務尚書は、過日暴漢に襲われた折の傷の具合が悪く、自領にて治療に専念されております」


「内務大臣は、御わずらい静養のため、自領に戻られております」


「こ、こんな時に、怪我に病気とな。な、ならばグリトニルは」


「御尊父の容体が芳しからず、その看病のため、法務相も自領に戻られております」


「そ、そ、そうか……。ち、父親の看病であれば、やむをえんな」


 目の前の臣下たちは、冷厳な事実を口にするだけであった。いよいよヘーニルは、視線が定まらず、声の抑揚もおかしい。


 この王は、7カ月前と今回――2度も臣下に見放されたのかと思うと、不敬にも農務相・フロージは、不憫さの情を禁じえない。



「……して、帝国は、な、何を要求してきたのだ」


「それが、とても応じられぬ条件でございますれば……」


 外務省次官・ヘズ=ブラントがひざまずき、帝国からの通告書を侍従に手渡そうとした時であった。



 轟音がノーアトゥーンの街に響き渡り、宮殿は大きく揺さぶられた。



 窓ガラスが割れて散乱し、侍女たちの悲鳴が室内に響き渡る。



 農務相を除き、全員がバランスを崩し転倒していた。


 国王は腰を抜かして尻もちをついていた。


 官僚臣下たちは、口を半開きにして固まっている。


 侍従長は、悲鳴ともつぶやきともつかぬことを口走っていた。



 帝国軍の砲撃は、西の塔に続いて、今度はこの宮殿に照準を定めてきたようだ。フロージが舌打ちしながら懐中の時計を確認すると、夜8時を10分ほど経過していた。


 彼は、王のもとに駆け寄った。御怪我の有無について確認し、玉体を起こされる手助けを試みる。しかし、御御足おみあしに力が込められないご様子であった。


 立ち上がれないのは、砲撃の恐ろしさと鎧の重さ、どちらが原因なのだろうかと、フロージが考えている間に、再び爆発音のあと、バリバリという激しい衝撃が彼らに襲いかかる。


「こ、ここここ、降伏だ。降伏する。よ、よ、余は降伏する」

 尻もちをついたまま、国王は叫んでいた。



 足元には、装飾過多な兜が転がっていた。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


国王の決断を撤回させたい方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


フロージ爺様たちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「武装放棄 1」お楽しみに。


後始末を終え、渓谷のなかに設けられた総司令部に、ミーミル一行――総司令官を除き――は、意気揚々として戻った。そこへ通信兵が慌ただしく駆け寄って来る。


「お、王都からこのような通信が……」

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