第3話

 漸く身体の拘束が解かれ、点滴も必要なくなると、アリスは少しずつ病棟を散歩するようになった。

 ただ、当然話し相手は居らず、いつも独りだった。

 歩き疲れたアリスは、廊下のソファーに座っていた。


「こんにちは」


 ふいに見知らぬ男性から挨拶をされ、戸惑ったアリスは焦って挨拶を返した。


「…こ、こんにちは」


 その男性は、アリスの座る向かいのソファに座り、アリスに優しく話しかけた。


「初めまして、よろしくお願いします」


「…よろしくお願いします」


「お名前、なんて言うんですか?」


「…え、あ、アリス、です」


「アリスちゃんか、可愛い名前だね。僕も最近入院したんです。よろしくね」


「…よろしく、お願いします」


 アリスは人と話すことが久々過ぎて、上手く喋れなかった。

 それは、そんなにも長い期間意識を失っていたのではなく、家庭環境が原因だったのだ。


 アリスには流産により亡くなった姉が二人居た。

 ただ、アリスには既にもう一人、12歳差の兄が居た。


 その兄とアリスは大の仲良しで、兄はいつでもアリスと遊んでくれた。

 アリスが学校から帰宅し、兄も後から帰ってくると、すぐさま「お兄ちゃん!遊ぼ!」などと言うアリス。

 対する兄は、例え宿題があろうとも「飛行機やってやろうか!」などと、アリスを温かく迎え入れ、まだ幼いアリスを高く抱き上げて遊んでいたのだ。


 しかしある日、いつものように玄関で兄に「お兄ちゃん!」と呼んでみたものの、兄はアリスを見て見ぬふりするかのように足早に自室へ行く日が多くなった。

 アリスには意味がわからず、淋しさが募っていった。


 何日も「お兄ちゃんおかえり!」と声をかけても、もう兄からはなにも反応を貰えなくなり、アリスは兄の部屋をノックしようとしたのだった。

 すると、見知らぬ女性と兄が仲良く話している声が聞こえてきた。

 仲の良さそうな二人の笑い声、そして懐かしい兄の話し声…


 ドアの隙間から見えてしまった、兄とその女性は、裸で抱き合っていたのだった。


 アリスはなにがなんだかわからず、ただただ恥ずかしい気持ちと、ずっと一緒に暮らしてきたのに見たことのない兄の姿を見たことに、なぜかショックを覚えた。


「あの女の人がお兄ちゃんを奪ったんだ…」


 その日を境に、アリスは兄と口を利かなくなり、アリスは両親に訊ねた。


「パパ、ママ、あの女の人、だれ?」


 両親は不思議そうに顔を見合わせ、母親はこう言った。


「女の子が居たのね。その子はきっとお兄ちゃんのお友だちよ。アリスにも男の子のお友だちも居るでしょう?」


「でもわたし、男の子の前で裸になったことないよ」


 両親は驚きの表情をしていた。


 その日の晩、話し声で目が覚めたアリスはリビングを覗いた。

 するとまたあの女の人が居て、兄とともに両親から正座させられていた。

 どうやら叱られている様子らしい。

 そんなことよりも、起こされて少し不機嫌なアリスは父に話しかけた。


「…パパ、もう一回ご本読んで。わたし目が覚めちゃった」


 アリスに気づいた父親は振り返り、悲しそうにアリスを見つめ、また背を向けてしまった。

 母親は怒鳴ってはいなかったが、アリスには気づかないくらい真剣な顔つきだった。

 仕方無くアリスが独りで自室へ帰ろうとしてもなお、母親は正座する二人を叱っていたのだった。

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歪んだ鍵の鳥籠姫 佐藤 舞 @maisatooo_

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