C-LOVERS SAM's next

佑佳

can make everything with smoke and balloon

 六月二日。何の日かわかる?

 ジャジャーンっ、ボクとエニーの誕生日だよ!

 はぁい拍手喝采! ほらほら、Clap拍手 Clap拍手

 イエーイ! オメデトー!


 ……んんっ、まぁ、置いといて。


 晴れて二〇才ハタチってことで、ボクは新たなパフォーマンスをひとつできることになった。胸が弾むね!

 だからボクは、この日のためにあらかじめセルフプレゼントを用意してたんだ。

 もちろん、エニーへのプレゼントは別に用意してある。『OliccoDEoliccO®️』の九センチヒールの新作ブーツ。この前の冬に欲しがってたから、来冬新作コレクションからエニーの好みに沿うような一足を前もって予約しておいたわけ。


 おっとヤバい。もうこんな時間。


 ボクは小道具を小さなアタッシュケースにまとめて自宅を出た。



       ♧



 駅前の商工会議所付近の広場。そこの一角にボクは陣取った。

 今日の天気は晴れ、少しだけ雲があるから快晴じゃない。風向きは東からくるーっと回るように吹いているけ……ど、うんっ。風が少ない今がパフォーマンスチャンスだ。

 ボクはアタッシュケースを地面のアスファルトへと直接置く。ガパリ、と蓋を開けて、それを外へ向ける。つまりお客さん側へね。



   streetストリート performanceパフォーマンス

   SAMサム the smokerスモーカー

   ONLY今日 TODAYだけ



 アタッシュケースの蓋の内側部分にそんな張り紙を貼り付けて、入れてきた中身は取り出して空にする。中身はボクの足元と掌の中にそれぞれあるよ。

 携帯端末のミュージックプレイリストからひとつ選択セレクト


 LET'S PLAY!


 道行く人々が、突然鳴り出した軽快な音楽につられて、なんとなくボクをチラチラし始める。

 いい。これでまだいいんだ。ボクは最初から拍手を貰いたいわけじゃないんだから。

 掌に握ったものを一瞥。それじゃあこっちも、スイッチオン!

 プラスマークを三度押す。これでこのmachine機械の温度が上がるんだって。

「よォし。やるか」

 七ミリ経口の吸い口を咥えて、深く吸い込む。肺には今回は入れない。……実は肺を『汚す』のがちょっとまだ怖いってのが本音。

 口内にモワァッと広がるのは、グリーンアップル風味の生暖かい空気。案外甘くてうっかり飲み込みそう。

 でも飲まない。ダメダメ。

 これは、『吐き出すために口に含んだ』んだから。

 七ミリ経口を口から外して、ポカと口を開ける。前歯はなるべく唇に隠すのと、下顎は少しだけしゃくるのがポイント。ちょっと不細工になるけど、パフォーマンスのためなら惜しまないよ、ボクは。

 真っ白の煙がボクの口からボヤーッと流れ出る。まるで舞台上でCO2ドライアイスをモヤモヤさせてるときみたいな感じ。

 フッ、と軽く吹いてやる。喉仏をグッと引き下げるように、空気だけをやや短く押し出すように。

 うーんちょっと失敗したな。上手く『ドーナツ』にならなかった。

 once againもう一回

 同じ手順で、始めから。


 ポン、ポン、ポン、ポン。


 お、上手くできたかも。

 コツは、ひとつ『ドーナツ』を作ったら少しずつ顔の向きをずらしていって、空気の軌道を変えつつ連続で作ること。

 うんうん、一〇個出来たぞ。

 上出来じゃない? さすがはボク、世界のSAMだな。


 ん? ボクが何をやってるのか気になってきた?

 これはスモーク・パフォーマンス。

 ボクは今日、VAPEベイプという電子タバコの一種を使って、白く濃い煙を吐き出して、様々を形作っていくパフォーマンスをしてるんだ。

 ベイプは、ニコチンやタールを含まないものだとはいえ一応はタバコ。成人しないと出来ないパフォーマンスだったのもあって、ボクは今日のこの日を輪をかけて待ってたんだよ!


 ポワ、とひとつ。大きめの『ドーナツ』を作ってやる。

 掌で空気を後押ししてやれば、数メートル先で目を真ん丸にしてボクのパフォーマンスを見つめてるLittle Guys小学生たちに、プレゼントみたいに贈れた。

 彼らの目の前でシュワリ霧散するもんだから、表情はジワアっと黄色く明るく変わるよね。

「うおぉ、すげぇー」

「わー、触れなかったァ!」

 フフッ、いいぞいいぞ、リトルガイズ。今、もっとスゲェのやってやるからな。

 ボクはニヤ、と口角を上げて、被ってきたお気に入りのハットを一度だけ触る。調子付くとすぐ頭を触ってしまうのは、ボクの子どもの頃からの癖だ。


 さて、足元に置いておいた『コレ』。

 何かわかる?

 まず蓋を開けて、専用ストローの先端をボトルの中身である液体に浸ける。で、フーッとストローから吹き出せば、なんの変哲もないシャボン玉の出来上がり。

 持ってきたもうひとつのものは、シャボン液でした。

 大きく作ったシャボン玉。そこへベイプで吸ったグリーンアップル風味のスモークを、フッとひとつ、ふたつと吹き込んでいく。

「うおーっ!」

「なにそれなにそれ!」

「兄ちゃんスゲエ! 触らしてぇ!」

 大きく作ったシャボン玉の中に、小さな白いシャボン玉がポンポン入り込んでいく。

 白い理由はベイプのスモークだからで、シャボン玉を通すとスモークはシャボン玉を纏って白いシャボン玉になるんだ。

 一〇個くらい白いシャボン玉を作ったかな。

 そろそろいいでしょう、リトルガイズもなかなか目をキラッキラさせてくれてるしね。

 一番外の、大きなシャボン玉をぱちんと割ってやる。ぼたぼた、と白いシャボン玉がその中から『落ちる』。まるで海ガメの卵みたいなそれへ、リトルガイズはわっと飛び付き、瞬く間に触って割っていく。

「えーっ、消えるの早いよ」

「もっとやって、もっとやって!」

「次も割りたい!」

 小さな指の間を抜け、ベイプスモークはシュワリと空気中に霧散した。

「フフ、OK GUYS、ちょっと下がってな」

 本当はパフォーマンス中は喋らないってのがマイポリシーボク個人の決まりだけど、リトルガイズの興味を削ぐようなことだけはしたくない。それはボクの──いや、YOSSY the CLOWNから継いだパフォーマンスの価値や品位を下げることになってしまう。

「兄ちゃん、これタバコじゃねぇの? 副流煙ガキに吹きかけんのはどうなんだ?」

 リトルガイズとは関係なさそうな、四〇代くらいの『Signoreお兄さん』が怪訝そうに話しかけてきた。

 キタな。くると思ってたよ、この質問。

SUNXお気使 forいあ theりが tipとう , Signoreお兄さん

 そう言ってニカ、と『世界のSAM』の笑顔をひとつ。ぐっ、と眉を寄せるSignoreお兄さんへ、ボクはあらかじめ何度も練習した説明を、間髪入れずにつらつらと述べていく。

「有害成分入ってないんですよ。タバコの括りではあるんですけど、フレーバースモークなんです」

「ふ、フレーバー、スモーク?」

「ええ。フレーバーリキッドを、吸い口の中のコットンに染み込ませて、電気で蒸気に換えて吸うんです。まぁ簡単に言えば、アロマ吸い込んでるみたいなもんですかね。だからこれは副流煙じゃあないし、こうやって堂々とパフォーマンスに使用できるんですよ」

 吸い口を咥えて、深く口の中までで吸い込む。そうしてると、Signoreお兄さんは「へ、へえ」と目を白黒させていた。

 いいよその反応。ボクはそういう「初めて見た」って顔が大好物なんだ。

 作っておいた新たなシャボン玉へ、ベイプスモークの球体をいくつも吹き込む。ある程度まで溜めて、指をパチンと鳴らすと同時に、外側のシャボン玉を割る。また白いシャボン玉がポコポコポコ、と落ちていきながらリトルガイズの掌の餌食になる。

 リトルガイズは、きゃっきゃと囃しながら白いシャボン玉と戯れる。

 いいねいいね、どんどん興味を持ってくれ、リトルガイズ。そして、この昂揚感を忘れないでほしいんだ。

「袖振り合うもなんとやら。折角のご縁ですし、是非これをお持ちください、Signoreお兄さん

 ボクはベイプを一旦左手に持ち変えて、右手をボク自身の懐へ突っ込む。

「ん?」

 サッと取り出したのは、一本の白いバラ。Signoreお兄さんがそれに釘付けになった、そのほんの一瞬の間に、左手のベイプを口へ咥えて深く吸う。


 THREETWOONE


 モワァ、と丸いスモークボールをバラへ吹き掛けて、彼が戸惑った一瞬うちにそれを一枚の紙へ替える。スモークが瞬く間に消え去れば、ボクはバラではなくて紙切れを持ってるってわけ。

 これ、実はリョーちんのお得意マジックのひとつなんだ。ボクが中学生になる前に、若菜よりも先にリョーちんから技術を『盗んじゃった』。

SAMサム the PERFORMERパフォーマー、と申します。世界中のストリートや舞台を中心にパフォーマンス活動しています。どうぞ、お見知りおきを」

「おぉ、ど、どうも」

 Signoreお兄さんは仰け反る背を戻しつつ、ボクから紙切れを受け取った。

 この紙切れは名刺。登録してあるSNSとボクの活動名、それからフリーメールアドレスまで載せてる。何かあればすぐ連絡が来るんだ。まぁGOODいい NEWSことBAD残念な NEWSこともだけどね、ハハ……。

「兄ちゃん、もっとやってよ」

「次のやつやって!」

「いっぱい作れる?!」

 リトルガイズが割ってきた。フフッ、いいねいいね、かなり興味を持ってくれたんだな。

 彼らの興味は一時かもしれないけど、構わない。ボクは、多くの人にきっかけと気付きを与えられたなら、ひとまずはいいんだ。第一段階ってやつだよ。

「OK GUYS! Next is……」

 簡単な英語だけど、おおよそ日本人のリトルガイズ小学生には伝わってないことくらいわかってる。わかった上で、敢えて使う。それが『キザ』くさくて、なんかいいじゃん。

 だって、ボクの憧れたあの背中だって、大層なキザを着込んでたんだから。


 ベイプで深く吸う。

 閉ざした唇の中心に、人差し指をあてる。

 その状態から、『ドーナツ』のやり方で息を吐き出していけば、両口端から小さな輪がポポポポポポンっとどんどん出てくるんだ。

「うおーっ! ちっせぇ輪っかだ!」

「めちゃめちゃ出てくる、スゲェー!」

 いいね、大成功!

 よく見たら、さっきのSignoreお兄さんもまじまじと観てくれている。観覧者ギャラリーもそれなりに集まってきたな、いいぞいいぞ。もっとやろう!


 輪を作って、そこにもうひとつ輪を通したり。

 輪をフヤフヤと縦に横にと揺らめかせた後、一瞬だけハートの形を作ってリトルレディに見せてあげたり。

 大きな輪をふたつに割って左右の見ず知らずの観覧者ギャラリーにプレゼントしたり。

 ベイプパフォーマンスは、なかなかに人を惹き付けられることがわかった。今日初めてやったけど、これもどんどん上手くなりたいな。


 そもそもね。

 煙芸は、リョーちんがほんとにごくたまにタバコでやってたから知っていたことだった。リョーちんは『ドーナツ』がとにかく上手くて、ボクもエニーも幼心に感動しきりだったんだ。

 タバコをネガティブに言うのは、ボク個人は悲しい。さっきのSignoreお兄さんも言ってたけど、身体に影響の出てしまう有害成分がネックなのはよくわかる。タバコ農家の肩身の狭さを語る人も見たことがある。

 でもそこじゃないんだ、ボクが世界へ見せたいのは。

 何度も言うけど、ボクは『大人ハタチ以上だけが愉しむもの』を使って『これから大人になる世代』へ感動を与えたいんだよ。だからせめて害のないものを使って、ボクがあの時リョーちんから貰った感動を、もっと世界と共有したいと思ったんだ。



 ベイプドーナツは、ポワリポワリ観覧者ギャラリーへ溶ける。

 感嘆の黄色い声と、まばらにだけど徐々に拍手が沸いて大きくなる。



 芸事の有形無形なんて関係なく、ボクはあらゆる人の心に『わあっ』ていう感嘆と感動から生まれる昂揚感を与えたい。

 リョーちんの技術を、ヨッシーの魅せ方に乗せたらスゴいことが起こるってボクはずっとずっと気が付いてた。ボクだけじゃないよ、エニーも気が付いてた。

 あの二人が『お互いに協力して公に出る』なぁんてことをしないんだったら、いいよ。ボクら無理矢理くっつけることなんかしないから。せいぜいつんけんからかい合って、ずっとずぅっと二人なりの幸せをやっててよ。

 その代わり、二人の技術は子世代のボクらが貰う。

 それを携えて、ボクらは二人以上に世界も身近もキラキラにするんだ。

 二人が教えてくれたことを、ボクらが世界に伝えて繋げていくんだ。


「あのっ、サムエニのSAMくん、ですよね?」

 かわいいSignorinaお姉さんの声かけ。極上の笑顔で「そうだよっ」と微笑み振り返る。

「……あ」

 間違い。

 かわいい『Signorinaお姉さん』は、どこにもいない。……いや『かわいい』には変わりないか。

 そこに居たのは、ボクのよく見知った女性だった。ボクと同じブロンドの髪色を長く伸ばして、美しい化粧と衣服で着飾って、スタイル抜群ボンキュッボンのこのヒトは。

「え、エニー……」

 うん、エニーがとんでもなく目を細めて腕組みをして顎を上げている。口角は上げてるけど、こりゃあめちゃめちゃ怒ってる。やぁ、なんとまぁ、マズいねぇ。

 ボクはぎこちない笑みを浮かべて、エニーへ臨む。

「よくここが、わかったね」

「SNS。ここにいるギャラリーのどなたかが上げてらしたから、ここのこと」

「Ah-hah、なるほど。文明と技術の進歩はめざましいようだ」

「すっとぼけないでっ」

 グウッと詰め寄ったエニーは、まなざし鋭くボクを睨む。この睨み方、年々リョーちんに似てきてるんだよなぁ。

「アタシ差し置いてゲリラパフォーマンスするなんていい度胸してるじゃない。混ぜてよ! どうして誘ってくれなかったの?!」

 でた、憤慨ヒステリック。でもすんごい小声。お客さまの前だからね。

 このヒステリックは実は産みの母親に似てるんだけど、エニーには言わない、傷付いちゃうから。兄貴的にはそういうところ、愛おしいんだけどね。

「ゴメン。エニーもしかしたらデートでも入れてるかと思って」

「は? デート『なんか』あってもなくても、パフォーマンスが最優先に決まってるでしょ。アタシは女である以前に、YOSSY the CLOWNの娘なんだよ」

 鼻息荒く、エニーは左目を瞑る。

 美しいウィンクだ。これひとつで、性別も国境も人種も関係なく何万人もが落ちてるんだから、エニーは本当にスゴいよ。

 ボクはくす、と微笑みを漏らして、きつく組まれたエニーの手を取ってほどいた。

「じゃあ、『手伝って』くれる? Signorina」

「誰に言ってるの、『そんなこと』。アタシは、サムのパフォーマンスパートナーだよ?」

 肩にかかった長い髪を、バサリと左腕で翻すエニー。ふわり蜜葉と同じ匂いが香る。さては、また内緒で蜜葉のアフタートリートメント使ったな?

HEYみん GUYSなー! ANYだよっ! スモークパフォーマンスとバルーンアート、始めちゃうよー!」

 エニーがとんでもなく大きな声で、その場の注目を独り占めにする。フフフ、こりゃ負けてられないよなぁ。



       ♧



 高く、もっと高く。

 煙のように、シャボンのように、風船と共に、高く上がれ。

 希望と昂揚感に充ちたボクらは、そうやって今日も小さくて大きな世界と向き合うんだ。










  happy birthday to ODEO's CEO.

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