第5話 『星を見に行こうよ』


マーシェの告白を受けてから、ルーシェは一人で動くようになった。


何をするにもどこへ行くのにも一緒だったのに、真実を知ってからは何も一緒に

したくないし行きたくもない。


だからといって、いつまでもこのままではいけないと冷静さを取り戻した頭では

わかっている。


わかっているのに――目が合うと反らして逃げてしまう。


マーシェの方もルーシェに気を遣ってか、必要以上に近づいたり何か弁明するように

話しかけたりはしなかった。


そんな生活が続いた数か月後…十年に一度の『祝福の夜』の訪れと同時にやって来る

ルーシェとマーシェの十歳の誕生日。


その日の朝に母親を通じてマーシェからルーシェの手に渡った一通の手紙。


何度も文章を考えては書き直したのか、少しくしゃくしゃになった紙面に最終的に

残った一文は、今夜一緒に星を見に行こうという誘いだった。


ルーシェにはそれだけでマーシェも自分と同じように複雑な気持ちを抱えたまま、

それでもこのままではいけないと思い悩んでいることがわかった。


これは、最後のチャンスなのかもしれない。



そうして日が暮れて、夜が近づくとルーシェの心は大きく揺らいだ。


村中はちょっとしたお祝いムードでそれぞれが星のよく見えそうな場所を確保する

べく、わいわいと準備をしている傍らでルーシェの気持ちと足は進まない。


うっすらと黒へと染まっていく空に、ちらちらと星が瞬き始める姿が見える頃。


ゆっくりとでもマーシェが待っているだろう場所へ歩いている道の途中で、ルーシェ

は一人の壮年の男性と崩れかけたゴーレムの姿を見つけた。



「あちゃー…こいつはもう、ダメだな。」



ぽりぽりと頭を掻いて労わるようにゴーレムを撫でる男性が不思議で、思わず側に

寄って声をかけてみる。



「こんばんは。そのゴーレム…どうしたの?」


「ん?ああ、こんばんは。寿命なんだよ。長いこと頑張ってくれてたからなー。」


「ゴーレムの…寿命…?」


「お嬢ちゃん知らないのか。ゴーレムはどんなに粘っても十年でこうしてただの土に

戻っちまうんだ。そんで崩れた後は――」



ルーシェは男性が言い終わる前に駆け出していた。


ゴーレムに寿命があるなんて知らなかった。ましてや、十年で終わりだなんて。


腹が立ってるだの裏切られただのとそんなことに拘って時間を浪費している場合じゃ

なかったのに、マーシェのことを傷つけるだけ傷つけておいて。


ルーシェは自分のことしか、見てなかった。大事にしなかった。


走って走って、何度かつまづいて転んでもすぐに立ち上がって、間に合ってほしいと

ルーシェは心の中で強く願うと同時に激しく後悔する。


そのうちぼろぼろと涙が溢れて視界は悪くなるし息は苦しいし胸も痛い。


だけど立ち止まっている時間は無い。


ルーシェには、マーシェに言わないといけないことがある。


いつかも来た月光花の咲き誇る美しい花畑。その真ん中にマーシェはいた。



「――…マーシェ!」



走った勢いのまま、ルーシェはマーシェに強く抱き着いた。


マーシェは少しよろけて驚いていたけれど、すぐに察して優しく微笑む。



「ごめんね…っ…マーシェと一緒にいた日が本物なのは、本当なのに…私、どう

しても…マーシェがゴーレムなんて、信じたく…なくて…っ」



嗚咽交じりでも必死に伝えなければとルーシェは懸命に言葉を紡ぐ。



「本当は、いいの…!マーシェが、ゴーレムでも…なん、でも…一緒に…生きて、

いて、くれたら…っ…」



もう手遅れだと、わかっていても。



「マーシェ…っ…いなく、ならない…で…!」



この願いが届くことがなかったとしても。


ルーシェは強く強く、望まずにはいられなかった。


マーシェもその想いを受けて瞳をうるませ頬に一筋の涙を流しながら、決して笑顔を

崩さずにルーシェの背中を優しく撫でる。



「…ありがとう。私ね、ルーシェと一緒にいられてすっごく幸せだった。本当に…

『人として』ずっといられたらって…思うの。」



別れ際の言葉のように聞こえてそれを否定したいのに、ルーシェの口から洩れる

のはとても言葉としては表現できないもので。



「だけどね。もう…難しいみたい。最期にもう一度、ルーシェに会えてよかった。」




―――『さようなら。生んでくれて…ありがとう。』




マーシェの最期の言葉は崩れて土へと還っていく音に呑まれて消えた。


それでも何を言っていたのか、ルーシェにはよくわかった。


今先程まで感じていた温もりは風に攫われて冷たくなり、しっかりとした重みも

この手を全てすり抜けて落ちていく。



「…ふ…っ…ぅ……うわああああああ…!」



夜空に煌めく満天の星々が次から次へと落ちていく中、ルーシェはただひたすらに

泣き続けた。


この声も涙も――枯れ果てるまで。

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たとえば、ひとつの物語が終わるときーⅠ 花陽炎 @seekbell

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