第4話 「ねぇ、嘘だよ、全部、嘘だったんだ」




――神様はどうして、二人お揃いにしてくれなかったのかな…?





寒い時期に備えての採集を終えてからひと月後のある日、ルーシェはとても受け止め

きれないような現実を目の当たりにしてしまった。


自分のせいで左手に怪我を負ってしまったマーシェがみんなには秘密にしてほしいと

言っていたから、ちゃんと治るまではしっかり傍で不便なことがあったら助けて

あげようと張り切って動いていた。


服を着替える時も、ご飯を食べる時も、他の子供たちと遊ぶ時も。


二人はずっと一緒。


それが当たり前だったから、誰も何も変だとは思わなかったし気づかなかった。



気づかない方が――よかった。




「マーシェ……左手…どうしたの…?」



ルーシェの視線の先にあるのは、存在しているはずのマーシェの左手だったもの。


二人で遊んでいて無意識にルーシェはマーシェの左手を掴んでしまい、遅れて気づ

いて『ごめん!』とすぐに離した直後だった。


あっと言う間もなくマーシェの左手がぼろりと落ちて土の塊へと変わったのだ。


これは何かの間違いで、きっと夢なんだ。


嫌な予感がして真っ白になりそうな頭でそう理解しようとするルーシェに対して

マーシェはとても落ち着いた様子で。



「――…やっぱり、ダメ…だったみたい。」



曖昧に笑って、マーシェは呆然とするルーシェの手を右手で引いて人目の無い場所

へと連れて行く。


村の端っこにある少し古びた小屋で二人は藁の上に座って互いに見つめ合う。


ルーシェは、どうしたらいいのかわからないまま。



「…あのね、ルーシェ。私の話を聞いてくれる?」



落ち着いた優しい声音で囁くように言うマーシェに、ルーシェは静かに頷いた。


それを見てから一呼吸置いて…マーシェは話し始める。



「本当のことから言うと……私…ゴーレムなの。」



嘘だよね?


ルーシェはそう、言いたかった。



「信じられないよね。でも、本当なの。私はね、ルーシェが生まれた時に一緒に

生まれたの。ルーシェが…私を生んでくれたのよ。」


「私…が…?」



生まれたばかりの赤ん坊だった自分がどうやってマーシェを作ったというのか。


そしてそれを何故、両親や周りの大人たちは恐らく知っていながら知らないふりを

通して二人を一緒に育てたのか。


ルーシェの中で生まれた疑問は次々と浮かんでは喉元まで上がってくる。


マーシェもまた、ルーシェの疑問を察して答えるように話を続けた。



「私も一番初めはわからなかったけど…成長するにつれてわかったの。私たち、本当

に双子だったの。双子で生まれるはずだったのに、私は途中で力尽きてしまって。」



ルーシェも少しだけ、話を聞いたことがある。


母親の初産はとても大変でとても苦労したのだと。



「その時はきっと、みんなとても悲しんだと思う。ルーシェはきっと、みんなのその

悲しいのが嫌で…私と離れてしまうのが嫌で作ったんじゃないかな。」


「でも…ゴーレムは成長なんてしないよ。マーシェは…マーシェはあんな、土の塊の

姿をしてないよ…?」


「うん。そうだね。」


「普通の人と同じように、一緒に食べたり寝たり…お話なんて、しないよ…?」


「うん。ゴーレムはみんな土人形だし無口だもんね。」


「命令しなかったら…勝手に、動かないし…」


「うん。自分の意志を持ってないからね。」



ルーシェは思いつく限りにマーシェは違うと否定できる言葉を並べては主張し、

マーシェはそんなルーシェの言葉を全て肯定する。


そして徐々にルーシェの中で腑に落ちないたった一つの大きな否定は『祝福の夜』に

自分たちが生まれたことへと帰結していく。


誰もがあり得ない、起こらないと思っていたことが実現できてしまうような、特別な

力を授かって生まれてきたならば。


今まで誰一人として作ることが出来なかった『限りなく人に近いゴーレム』を作る

ことだって、可能なのかもしれない。


気づいた途端に、ルーシェは嫌なくらい納得してしまった自分に腹が立った。


ずっと一緒にいて大好きなマーシェが実はゴーレムで、両親や村の何人かの大人は

知っていてそれを平気な顔をして隠し続けていて。



―――裏切られたような、気がした。



「……酷いよ。みんな、みんな知ってたのに…隠してたの…?」


「ごめんね。もっと早くルーシェにお話するべきだったのに。」


「嘘…ついてたんだ…?」


「嘘じゃないよ。隠していたのは本当だけど、ルーシェと一緒に過ごしてきた毎日は

本物だし、私にとっては大切な宝物だよ。」


「でもマーシェは人間じゃないんでしょ!ずっとずっと、私の妹だって嘘吐いて、

騙してたんだ!」


「ルーシェ…っ」


「マーシェなんて嫌い!嘘つき!大嫌い!」



ルーシェの中で暴走した感情は歯止めが利かず、自分への苛立ちと裏切られたような

悲しみとでぐちゃぐちゃだった。


鋭い刃のように口から勢いよく出た言葉はマーシェを傷つけて、泣きそうな表情が

確かに見えたのに――ルーシェはその場から逃げてしまった。


もっと他に、何か言うべきことがあったのかもしれないのに。

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