英雄の作り方

真花

英雄の作り方

 平和に人々が暮らすY国だったが、二つの問題を抱えていた。

 一つは王の求心力の低下。治世が上手く行っていることがかえって政治への無関心を呼び、民衆が王を尊ばなくなって来ている。国が一つにまとまってこそ発揮する力もあると言うのに、このままでは国ではなく烏合の衆と化してしまう。

 今一つは財政の悪化。「今のままでいいや」と言う現状への満足が国内の経済を停滞させ、徐々に沈没させていっている。人々が口で不満をいくら述べようとも、実際の行動からするに、飽いて次を求めるよりも、今のままを受け入れていると見る方が的確に彼等を捉えているだろう。

 二つの問題は時を経るごとに悪化していたにも関わらず、歴代の王は的確な手を打てないままでいた。


「二つの問題への対策を協議する。一週間後にそれぞれアイデアを持って会議に来るように」

 絶対にこれだけは自分の代で解決しなくてはならない。戴冠した備王は即座に行動に出る。しかし本当は会議などしなくても秘策があった。王になるずっと前から考えていたそれは、残酷だが効果的だと思える。会議の狙いは臣下からアイデアを募ることではなく、自らの考えを浸透させることだ。

 一週間後、会議室には財務から軍まで全ての部署のトップが並んだ。

 壮観。備王の気持ちも引き締まる。

 司会進行は財務長官で、一人ずつにアイデアの聴取が行われる。

「国内だけでは流通に限界があります。関税を下げて貿易を強化したらどうでしょうか」

「購買を振興するために商品券を配ったらどうでしょう」

「差し当たっての税収を上げるために刻む感じで少しずつ増税をしたらどうでしょう」

 どれもそれなりに効果はありそうなものだし、いずれは採用するかも知れないが、ズバッと解決、とは行かないものばかりだ。もし、臣下の提案で素晴らしいものがあれば当然採用しようと思っていたが、そのレベルのものはない。

 議事録に記録されていくアイデア達を見ながら、備王は頷く。一周して、それぞれの発言は終わり、さあ新王よどうする、と言う視線が集中する。

 備王はゆっくりともう一度頷き、立ち上がる。それは備王の覚悟の表現で、普段立つことのない王の行為の意味が届いたのか、おお、と声が上がる。

「皆、よく考えてくれた。これらはいずれは採用するものもあろう。だが、余はそれに勝る秘策を持っている」

 全員の集中がさらに強まる。

「それには皆の協力が不可欠だ。頼まれてくれるか」

 ははっ、と全員が畏る。

「我が国は軍の力によって平和が保たれているが、実は隣国のK国に不当に財産を奪われている、そう言うことにしたい」

 軍の長官が挙手する。しかしそれを指さない。

「軍長官の言いたいことは分かる。そのような事実はない。軍はよく働いてくれている。しかし、我が策を効果的に成功させるには、民衆がその噂を当然のように信じている状態にしなくてはならない。そのために噂を流すことをして欲しい」

 全体に困惑が流れている。当然だ。

「次の段階から最後まで策はある。しかし、それをここで明かしてしまうと策の効果が薄らいでしまう恐れがある。余を信じて欲しい。必ず二つの問題を解決しよう。そのために、ここでこれを指示されたと言うことは決して漏らさずに、噂を流してくれ」

 会議はそこまで。どうして戴冠してすぐにこれを行ったか。時間が経つ程に私との関係性が生まれ、それによって履行されないと言うことが予測されるからだ。逆に今の状態ではそれぞれの臣下との関係はフラットなので、むしろ臣下同士が牽制し合う形で私の意思を叶えると考えられる。もちろんこれは賭けだ。誰かが裏切れば瓦解する策だ。しかし我が国は王への裏切りは死と決まっているから、このような内容でわざわざ命を賭けないと思われる。軍のメンツだけが問題だが、軍こそ命の賭けどころは弁えているだろう。

 ほどなくして、噂は広まり始めた。口コミ、新聞への嘘記事が主なルートだが、報告の範囲内では噂の出元に関しては誰も分からない状態だ。為政者が意図すれば情報操作など容易い。

 噂は民衆の生活へのスパイスになった。しかしそれは楽しむには辛(から)く、いずれ不安の影をまとうようになる。累積してゆく不安は怒りに生まれ変わり始める。怒りは溜まる。グツグツと溜まる。矛先は最初から決まっている。

 頃合いだと判断し、御触れを出す。

『英雄求む。K国の略奪に対して、K国に攻め入り奪われた金銀財宝を取り返す猛者を求める。我こそはと思う者は城まで。王より名と権利を授ける。権利とは、取り返した財宝の四分の一を所有する権利である』

 家臣に説明するために会議を開くが、聡い者はその仕組みにもう気付いている様子だ。

「今、我が国の中にはK国に対する怒りが溜まっている。その怒りを解消する行動を、国と王の名の元にさせる。K国から財宝を我が国は手に入れ、本人も十分な量の金品を手にし、英雄として民衆から崇められる。やることは略奪だが、我が国のことだけを考えれば一石三鳥だ」

 手が挙がる。

「類似の行為を勝手にされた場合はどうしましょう」

「だからこそ、王より名を渡すのだ。名を授かってない者は賊だ」

 他の家臣から手が挙がる。

「皆が生きて帰っては来れぬと思いますが」

「英雄が生まれるとき、その裏には多くの『英雄になれなかった死者』が居る。本人にとっては正に死活問題であるが、送り出す側からすれば『数打ちゃ当たる』となる」

「名を貰って死んだ者の保証はどうしますか?」

「手厚く弔う。財政的問題でやっているのだ、遺族年金は出せない。むしろそのために志願兵にしている。傭兵が死んでも国が何も保証しないのと同じだ」

 もう手は挙がらなかった。備王はゆっくりと臣下を見回して、口を開く。

「英雄が全員、王の命の下で働き、王の庇護の下で英雄になる。これが政府の求心力の低下への打つ手となる。この秘策で二つの問題を両方、解決する」

 恐れ入った様子で、全員が礼をする。

 K国から何か言われても知らぬ存ぜぬで通せばいいし、そうもいかなかったら英雄は全員、賊として切ってしまえばいい。そこまでの思惑をこの中のどれだけが理解しているだろうか。


 次の日、最初の英雄候補が城にやって来た。いかにも力自慢と言った大男だ。

「お前は、山太郎と名乗るが良い」

「ははっ」

 その日は三人で、力太郎、巨太郎、と名付けた。

 次の日も、その次の日も数人ずつ来て、段々名前を付けるのが面倒臭くなって来た。

 一週間目、その日は大漁で、七人。こんなに攻めに行きたい若者がたくさん居ることに、ちょっと虚言流布したことに良心の呵責があったが策なのでしょうがない。名付けは次第に適当に、苺太郎、葡萄太郎、蜜柑太郎、西瓜太郎、林檎太郎、梨太郎。七人目の男は眼光鋭く、これまでの男の中では最も知性豊かな男に見えた。肉体派よりもむしろこう言う男が結果を出すのかも知れない。

「お前は、桃太郎と名乗るが良い」

「ははっ」

 だとしてもネーミングがフルーツゾーンに入っていることは変わらない。

 それからも英雄候補を毎日見送った。怒りと褒賞によってとは言え、好き好んで隣国に略奪に行く若者がこんなに自国に居ると思うとゾッとする。多分、クーデターを起こすのに十分な人材が国内には揃ってるだろう。

 送り出せば後は待ち。

 死んだ英雄候補のことは当然把握出来ない。申請があれば弔う。だが、そんな話は一切ない。


 数ヶ月後、一団が凱旋する。

 謁見の間に現れたのは桃太郎だった。

「うむ。よくやった。約束通り四分の一の財宝を持ってゆくが良い」

「ははっ」

「で、どのような戦いであったか?」

 桃太郎は真っ直ぐに私を見る。

「私は自身が力のある者ではございません。なので、お団子を使って仲間を作り、協力して勝ちました」

「お団子とは?」

「賄賂に代表されるお金の隠語です」

「なるほど。どんな仲間だ」

「スパイ集団『犬』をK国に潜入させ、寝返る確約のある軍団、通称『猿』をK国内に待機させました。その上で傭兵集団『雉』と共に急襲したのです」

「首尾は」

「上々です。殆ど損害なく、十分な宝を手に入れました」

「見事」

「上様、一つお願いがあります」

「申してみよ」

「もう一度、英雄になりに行きたいのですが、ご許可を頂けるでしょうか?」

「いいだろう。名前は桃太郎のままで良い」

「ははっ」

 その後も英雄になる者はちらほら出て来た。桃太郎は別格で、何度も何度も財宝を手に入れて来る。臣下の中でどの英雄候補が生還するかの賭けが横行していたが、これは見逃した。

 財政は私が許可した略奪行為によって潤い、政治への求心力は噂と英雄によって高まった。散って行った英雄候補の数も相当数と推計されているが、英雄が手に入れる名声の輝きは比較にならない。桃太郎が豪族として力を付けることに対策を考えなくてはならないが、それは急ぐ必要はない。K国からしたらいい迷惑であるが、それはK国が考えることだ。

 めでたしは、割りを食った誰かの上にある。


(了)

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