51 裏エピローグ

 六神教のとある教会。男は何かの異変に気づき顔を上げた。

 白髪の短髪、背丈は180程、聖職者が着用するであろう白を基調とした金の装飾が入った正服を纏っている彼は聖書を脇に置き、座っていた長椅子から立ち上がる。


 ステンドガラスから差し込む日差しが歪んでいるのに気づく。

 空気が、匂いが、音が、空間が、時間が、何もかもが歪んでいくのを感じる。

 屋外で異常な事が起きているのを生物の本能で分かった。


 そんな時、男が居る礼拝堂へ続く扉が勢い良く開いた。

 扉を開けて中に入ってくるのは若い宣教師。冷静に佇む男は対照的に困惑の表情を浮かべている。

 何が起きたのか理解出来ていない様子だった。


「なにが起きたのでしょうか」

「なに、簡単さ。世界が再構築されたのだ」


 若い宣教師の困惑の問い掛けに、男は澄ました顔でそう答えた。


「再構築?」


 男の発言に全く理解が追い付かない若い宣教師。世界が再構築されたとはどういうことなのか。


「邪神の事を覚えているか?」


 若い宣教師は男の問いに戸惑う。

 覚えているも何も六神の裏切り者であり、六神にとって最悪な存在である。

 そして、先程まで旧教会で顕現しているのを目の当たりにしていた。

 勇者の一人に持たせた魔道具を媒介に映像を見ていたのだから。更に言えば、ここからあの巨大な禍々しい姿を目撃出来たのだから。


「そうか。やはりここは聖域だから、記憶は失っていないようだな。何故、邪神が生まれたか、どのように生まれたか、いつ生まれたか知っているか?」


 若い宣教師は馬鹿にされているのかと思った。

 約五百年前に愛の女神であるヨランダによる全てを平等に愛するという所業に世界の秩序が崩れた。六神と対立する形となり、愛の女神は世界を支配しようと目論んだが六神によって追い出された。

 六神──元は七神の信仰を外れたヨランダは力を取り戻す為に新たな信仰を作り上げた。それこそが邪神教。

 危機感を抱いた六神は力を取り戻しつつある邪神を東の国に封印した。

 しかし、五百年の時を超えて、邪神ヨランダは東の国の皇女に転生したとなっている。


 若い宣教師はそれを男に伝えるが、男は首を横に振った。


「違うな。邪神が生まれたのは十年前、東の国の皇女がこの教会へやってきた時に生まれた」


 若い宣教師は男が言っている言葉の意味が理解出来なかった。


「十年前、東の国に皇女が生まれた。その皇女は優秀であり、異常な程の魔力を有していた。まるで何かに愛されたかのように」

「それが邪神だったのでしょう」


 いや、違うと首を横に男は振る。


「容姿に優れ両親からも深い愛情を受けて育った彼女はいずれ東の国を代表する帝へなることが大いに予想された。帝国にとって脅威的な存在であった」


 男は腕を後ろに組み、コツコツとステンドガラスの前、教壇の前に立つ。


「勿論、六神教にとっても」


 若い宣教師は男の話に聞き入る。


「そして、彼女は六神の洗礼を受けにこちらへやってきたのだ」


 そこで男は嗤う。


「だからこそ、生まれたのだ。彼女に神託を授ける際に私は告げた。彼女は邪神の生まれ変わりの可能性を秘めていると」

「え?」


 男の発言に唖然とする若い宣教師。


「では、まさか、あなたが彼女に邪神を宿したというわけですか?」


 引きつった顔で尋ねる若い宣教師に男は声を上げて笑った。


「そんなわけがないだろう。ただ私は彼女が邪神の可能性があると告げただけだ。たったそれだけだ」

「では、何故彼女は邪神になったのですか? やはり、あなたの言う通り、彼女が邪神の生まれ変わりだったのではないのですか?」

「言ったであろう。邪神は彼女がこちらへ来た時に、いや、正確には私が彼女に神託を授けた時に生まれたと」


 若い宣教師は一瞬理解出来なかったが、徐々に理解が追い付き、顔が強張る。


「つ、つまり、あなたは嘘の神託をしたというわけですか?」

「その通り。私はただ邪神の生まれ変わりの可能性があると告げただけ。ただそれだけ。そして、周りがそれを真に受けただけだ」

「そ、そんな……なんて事を」

「最初は彼女に異変は無かったはずだ。だが、六神信者から始まり、周りの目によって彼女は自分が邪神の生まれ変わりであると信じ始めた。噂は尾ひれを引いて、邪神は邪悪で獣のような紅い瞳をしている。爛れた黒い肌をしている。醜悪な容姿をしているという噂が広がった」

「……」

「そして、それが彼女の耳に入った。彼女はそれが真実であると思い込み、瞳が紅い色へ変わり、そして、肌すらも爛れ始めた。彼女の膨大な魔力によって」


 若い宣教師は鼓動が早くなるのを感じる。

 背筋が凍るような感覚を味わう。


「では、もし、それが本当なら邪神は、あの邪神は」


 息を呑んで若い宣教師は動揺しながら問いかける。


「そう、彼女によって、彼女の思い込みによって創り上げられた存在なのだよ」


 邪神はレイラ・神無月の魔力によって創り上げられた虚像に過ぎなかった。

 いや、正確には、多くの人間の妄想によって創り上げられたと言った方がいいかもしれない。


 愛の女神ヨランダも邪神も、あの当時、存在などしなかった。

 八百万教の台頭を恐れた上の老害共が男にどうにかしろと圧力をかけた結果、苦し紛れに発した虚言に他ならない。

 結果的に保身にかかった老害が愛の女神ヨランダを創作し、周囲の六神教信者は勝手に邪神の想像を膨らまれた。

 そして、それが彼女の耳に入り、彼女の膨大な魔力によって、それが実現した。


 だが、重要なのはそんな事ではない。

 邪神が消滅し、神子となったレイラ・神無月の存在は帝国、六神教にとって痛い存在であるが、それよりももっと重要な事がある。

 邪神が消滅した事で世界が再構築された。聖域の結界が張られた場所を除いて、全ては再構築、改変された。

 そんな事を出来る存在はただ一人しか存在しない。


 つまり、この世界に、いや、あの場に居たという事だ。


 この世界を創り上げた存在──創造主が。


 ────


 第一章完結です。

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俺の弟子たちが最強すぎる! 〜悪役貴族の転生奮闘記〜 ☔️雨地修🪨 @shured

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