50 エピローグ

 邪神が消滅して、レイラは秋月に身体を預けてくる。

 秋月もそれを無下に出来ずに軽く抱き留める。

 レイラは潤んだ瞳で秋月を見つめている。吐息がかかる距離だった。

 乱れた黒髪がどこか色気を感じさせる。

 そんなにレイラに若干ドキッとさせられた。


 勇者たち──クラスメイトたちは呆然と立ち尽くしている様子だった。

 虚ろだった瞳もいつの間にか普通に戻っており、正気を取り戻しているように見える。

 今は現在はいきなりの状況の変化に付いていけていない様子だが、このまま攻撃を仕掛けてくる可能性もある為、秋月は撤退を考えた時だった。


 レイラはこちらを瞳を潤ませて、腕を秋月の首元に持ってくる。

 そして、瞳を閉じて、顔をこちらへ近づけてきた。

 流石に秋月もこれが何を意図しているか位わかる。

 秋月も戸惑いつつも受け入れようとした時だった。


 どこからか「ピーンポーンパーンポーン」という音が響く。

 

『邪神が完全消滅しました。創造主の要請により過去を改変します』


 どこからかアナウンスが聞こえた。


 は? と思うと同時に思い出す。

 ネット小説にも出てくる創造主の使者。メタ的な事を言っては掻き回す存在。ネット小説では完全に作者のメタネタであり、賛否両論だった。ネット小説限定の存在でアニメは登場しない。

 何故そんな存在が今この瞬間に出てくるのか。


 光が周辺を覆った。視界が真っ白になった。





 視界がゆっくりと晴れる。

 そこは書斎の中だった。何故、書斎の中にいるのかわからない。

 秋月は旧教会に居たはずだ。過去を改変すると言っていたが、まさかまた時間が戻ったのか。

 立ち上がるが、それは秋月の転生前の年と同じ年齢である。少しほっとする。

 しかし、疑念は晴れず思い悩んでいると、扉が開いた。


「こんな所に居たんですね?」


 そう言ったのは黒いメイド服を纏ったミランダだった。

 ミランダの姿を見て、少し安堵した。一瞬、誰が入ってきたのか内心びびっていた。


「レイラはどうした?」


 少し冷静を取り戻して、そう尋ねた。

 秋月にとって気になるのはクラスメイトの勇者たちや弟子の事もあるが、もっとも気になるのはレイラの事だった。

 自身の目の前に居た彼女が居なくなったのだ。当然ながら気になる。


「レイラ?」


 だが、メイドの反応はかなり意外なものだった。秋月の婚約者であるレイラの話をすればいつもニヤケ顔を浮かべていた彼女がかなり怪訝そうな顔を浮かべていた。

 そんな彼女の姿を見て嫌な予感がした。


「えっと……神子・レイラ・神無月様の事ですか?」

「神子?」


 その言葉には聞き覚えがあった。レイラが帰省した際になるかもしれなかった役職。だが、結局、なれなかったものだ。こちらの六神教でいう聖女と同じくらい重要なポジションだったはずだ。


「はい、東の国、ヤマト大国の神子様ですよね?」


 メイドは確認するように尋ねてきた。

 秋月は彼女の問いに応えられず呆然と立ち尽くすしかなかった。




 秋月は屋敷へと戻った。

 屋敷へ戻る間、メイドに今現在の現状を聞いて、レイラがヤマト大国の神子になっている事を知った。それも幼少期から。

 更にはレイラとアーロンとの婚約は成立しておらず、一度顔を合わせた程度。そもそも婚約はこっちが一方的に持ち掛けて向こうがお断りした形になっていた。

 そして、レイラの邪神は存在すら消えていた。邪神──愛の女神ヨランダはそもそも六神に存在していない。邪神、愛の女神であるヨランダを含めれば七神となっていたが、その七神であった事自体が消滅していた。元々、六神は六神であり、六神教は元々六神教であったとされている。

 当然ながら邪神がいなければ邪神教という存在自体も存在するはずもなく、愛の女神を信仰する狂った集団はただの犯罪者集団とすげ替わっていた。


 レイラは幼い頃からずば抜けた魔力を擁しており、神子としては最強だと言われている。帝国としては彼女の台頭を脅威に感じており、特に六神教は八百万教の台頭を許す形となっている。

 そして、勇者たち──クラスメイトたちは召喚されていない。

 本来、原作通りならば召喚されている彼らが邪神、邪神教の消滅により召喚儀式自体が無くなっていた。


 それ以外は主だっての変化は無い。

 秋月は子供たちを書斎に集めて教育をしており、関係は変わっていないようだ。


 少し変化があるとすれば、子供たち──弟子たちがそれぞれの道に進んでラングフォード領から離れてしまっている点くらいか。それも数ヶ月程前は皆が自身の向上の為に旅立っていたので、そんなに違和感は無い。

 弟子たちがラングフォード領に集結していたのも秋月が原作開始時期に徴集を掛けたからだろう。

 今も彼らは秋月が徴集を掛ければ集まるだろうし、一応、無知であった彼らに教育を施し、それを彼らが恩義に感じているのは変わりないようだ。


 だが、しかし、そもそも教育し始めた理由が消えてしまったのに何故教育を始めているのかは疑問ではあるが。

 そして、何故秋月だけ記憶があり、メイドには無いのか。

 弟子たちも同様だ。ラングフォード領に残っている弟子に訊いた限りでもレイラ関連とあの日の騒動の記憶を誰もが忘れてしまっている。


 こうなった原因は一つ。

 メタネタとして現れた創造主の使者。


 まぁ、考えた所で答えは出ないだろう。結局、やる事は同じだ。

 元の世界に戻る。その目的を達成する為に行動するだけだ。




 翌日、父親の書斎へ向かった。

 過去改変が行われて、一日経ったが、今までの生活と変わらなかった。

 アシュリーは相変わらず不機嫌そうに絡んでくるし、オズワルドは全くもって秋月に無関心のまま。

 そして、レイラを邪神化に裏で色々仕掛けていたであろう黒幕エドワードも爽やかな笑みを浮かべて、付き人や護衛を付けずに一人行動している。

 秋月も相変わらず使用人や私兵に舐められて無視されていた。

 それでいいのかもしれないと秋月は思う。

 もし、あの時、過去改変が行われければ、秋月はきっとこの屋敷に戻って来れなかっただろう。エドワードも戻ってくる事は無かったはずだ。

 レイラも邪神化してしまった以上、どこかへ逃亡するしかない。元々、邪神認定されていたから、結局、同じ事だったかもしれないが。


 秋月は書斎に着くと、本棚からいくつか本を手に取り、パラパラと捲っては閉じて、元に戻す。

 それから父親の書斎を眺める。この異世界とは不釣り合いの近代の書斎。

 今はまだバレていないだろうが、何れここもバレる事だろう。それがオズワルドなのか、それとも、エドワードなのかは別にして。


 秋月は窓の方へと向かう。窓から覗くのは鬱蒼とした木々。

 そんな風景を佇み眺めなら、思いにふける。


 何もかも失ったあの日から、秋月は少し自信を取り戻したのかもしれない。

 未だゴミで屑でハリボテなのは変わらないが、それでも少しくらいは自分を認める事ができた気がした。

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