第2話
事は一瞬で終えた。
対象の元へ辿り着くまでは少し大変であったが、そこからは一瞬であった。
この世界に剣は持って来ていなかったが、ただの人を斬る程度ならば手刀や魔法の刃で事足りる。
そして私は今──牢獄にいた。
「私が斬りました。斬りたいから斬りました。それ以外の何事でもありません」
悪鬼を斬り投獄されたのは初めての経験ではない。
元の世界では王様や町民の力ですぐに出してもらえたが、今度はそうもいかないだろう。
しかし感謝を返すと共に人に尽くせた、それで十分だ。
そう思っていたのだが、突然に私は牢を出る事になった。
「アナタ様が何者かは知りませんが、昨日ひったくりを捕まえてたでしょう? SNSの動画で拝見させて戴きましたとも」
何やら怪しい男、彼が何か説得をしたらしい。
私は今、彼と二人で車という乗り物の中にいる。
「とても只者とは思えぬ動き……改造手術? 薬物投与? そういう事は問いません。ただ、我々は力を借りたいのです」
「私の力を……?」
聞けば彼のいる組織は国を支配する魔王のようなものを倒す為の慈善組織らしい。
巡り合わせだろうか、これこそが私の運命なのだろう。
「私にできる事でしたら、喜んで協力しましょう」
それから──半年が経過した。
空の上、私は戦闘機の背に乗り待機している。
『まもなく予定地点だ。スリー、トゥー、ワン、ゴー!』
「任務を開始します」
戦闘機の上から私は跳んだ。
身肌に感じる下からの風がとても冷たい。
三十秒程経過し、地上が近くなってきた。
流石にそのまま落ちれば痛い、発見が遅れる限界まで粘りパラシュートを展開する。
するとほぼ同時に着地予定地点の照明が光り始め、私の元へもライトが当てられた。
数秒後、何重にも銃声が響き、弾丸の雨を浴びせられる。
「銃弾は見えます……落とすのは容易」
腰に忍ばせた剣を取り、周囲に振れば衝撃波で銃弾はまとめて散る。
それを繰り返している内に難なく地上へと到着した。
適当にパラシュートをその辺に放ると、射撃地点を探して一つずつ潰していく。
粗方潰し終えると、目標であった私の世界での城に似た白い建物へと侵入した。
──十分も経過せず、私は暗殺対象を斬る。
「任務完了しました」
私は今回も相手が誰なのか、よく分からずに斬っている。
組織からはいつも対象がいかに悪いかを聞かされ、任務が終わると子供達がお礼を言う動画を見せられていた。
「これは本当に正しい事なのだろうか……」
任務後の合流予定地点に行くと回収の車が待機している。
乗るとアジトへと向かう、いつもの流れだ。
しかし今日は、どうもいつもと違った。
アジトに着くと突然、乗っていた車が爆発する。
「がはっ……」
事故かと思い、運転手を確認したが最早助かる様子ではない。
かつての戦いで受けた大魔法師の爆発魔法よりはマシだ。
一人で車の残骸の外へと這い出ていく。
「やはり、その程度では死なないか。流石は“魔王”」
私が半年前に出会ったあの怪しいと思っていた男がアジトの前にいた。
数百という武装した男達を連れている。
「魔王……なんの話ですか。その人達は一体誰なんでしょう」
「ははは、魔王とはお前が世間から呼ばれている通称よ。世界を壊した立役者だからなあ! そして彼等は世界中から集めた最強の傭兵部隊」
彼はニヤリと笑い、手で合図を送る。
一斉に始まる銃器、爆弾、ロケット弾による攻撃。
背後からはさらに戦車に対地ミサイルまで現れ始める。
世界を壊したというのがどういう事か分からない、だけどとりあえずは迎撃した方がいいだろう。
「魔王城での攻防戦を思い出しますね」
このような状況は経験済み。
今までは剣だけで事足りていた故に使わなかった、使う必要のなかったソレを私は使用する事とした。
「勇者呪文──雷撃」
手から放たれる稲光、敵の一部を吹き飛ばしながら火器に誘爆し三割ほどが沈黙する。
敵の攻撃は激しい、流石に全てを回避するのは難しいがミサイルさえ当たらなければ直撃でもそう痛くはない。
攻撃を対処しながら敵の集中箇所に呪文を撃ち込んでいく。
程なくして、彼の最強の傭兵部隊は壊滅した。
「……やはり魔王はそう簡単にはいかないか。しかしお前の仕事で掻き乱され、ほぼ我が手に落ちたと言っていいこの世界。どうするつもりだ?」
「それは一体……?」
「初めは私のクーデターへの協力、そして世界各地の要人の始末。世界は俺を恐れたのではない、お前を恐れ我が物へとなっていった。故にお前は魔王」
彼はなんと言った。
我が物と言ったのか、世界が我が物へなっていったと。
どうしてそんなことになっているのだ。
「さあ、答えろ魔王。俺と一緒に世界を支配するか、魔王として君臨するかを。だが果たしてお前に世界を抱えきれるかな?」
考え込むのは苦手だ。
私は決断する。
もしかするとこういう運命だったのかもしれない。
あの日出会ったテントの老婆の言っていた言葉を思い出す。
『お前がその異世界で暴れて魔王になろうが、勇者になり世界を救おうが、それは自由さね』
きっと老婆はこうなる事を知っていた。
なんとなくそんな気がする。
「さあ、選べ!」
答えは決まっている。
──
「魔王様、勇者が現れました」
「ほう、勇者とな」
玉座にて部下の人間の報告を聞く。
あれから私は世界に告げた、私を倒したければ勇者を寄越せと。
私は私の元へ来るのに徒歩以外の手段を禁じ、空を来る者全てを呪文で迎撃した。
幾人もの勇者となろうとした者達が道中で我が部下や罠に掛かり散っていった。
だが今宵、我が城へと到達した勇者が現れたらしい。
「魔王、あなたはわたしが倒します!」
そして勇者は魔王城をも攻略し、私の元へとたどり着いた。
勇者の顔を見て私は微かに笑う。
「お前に倒されるならば悪くはない」
きっとかつて共に布団で寝た際にしてやった話の影響で勇者を志したのだろう。
よもやここまでの力の才を秘めていたを思わなかった。
「私がいる限り、世界は恐怖に囚われ続けるだろう。私を倒して恐怖を無くし、お前が希望になれ──」
勇者は剣を持っている、私も合わせて剣を抜いた。
数度打ち合い、そして私は斬られた。
もしかすると私が斬った魔王もまた、悪ではなかったのかもしれない。
ふと思いながら、私は眠った。
元勇者の異世界転送 ありあす @ariren
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