とある村のお話

 魔王討伐から一年半後……ジーニアス王国外れにある村。

 人口八十人ほどで、狩りと農業を生業としている小さな村だ。

 ここに、二人の似てない兄妹が住んでいた。


「おーい、メシまだかー?」

「うるさい。静かに待っていろ……全く、料理など煮込めばいいだけだ。簡単だ」

「ははは。野菜の皮はちゃんと剥いてるな。成長したじゃないか」

「やかましい。斬るぞ」

「お、おい!? 包丁を振り回すな!!」


 二人とも、まだ二十歳になっていない。

 一人は赤髪の少年・・・・・・・・もう一人は金髪の少女・・・・・・・・・・だ。

 魔王討伐後、大怪我をした金髪の少女が、赤髪の少年をこの村に担いできたのが始まりだった。

 今ではすっかり傷も癒え、村のために畑を耕したり、狩りをして暮らしている。

 金髪の少女が作った煮込み料理を食べながら、赤髪の少年は言う。


「今日はマルゴお爺さんの畑を手伝うから、お前はミーナお婆さんの野菜皮剥きを手伝ってくれ」

「わかった。任せておけ」


 この村には、若者が全くいない。 

 村の老人たちは、この村で死んでいく覚悟を決めた者ばかり。ここは死にゆく村と言うことだ。

 すぐ近くで魔王討伐戦があったなんて誰も知らなかったようだ。

 

「よっと……」

「身体はどうだ?」

「ああ、もう完全に治ってる」


 赤髪の少年は、鍬を持って出かけて行った。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 赤髪の少年は、マルゴお爺さんの畑を耕していた。


クレス・・・、悪いねぇ……もう歳でなぁ、腰が痛くてたまらん」

「無理しないでください。力仕事なら俺に、細かい仕事はヒルデガルド・・・・・・に任せて、皆さんはゆっくり休んでください」

「はっはっは。お前さんたちみたいな若モンが来てくれて助かってるよ。一年ちょい前か? ひどい怪我して二人が来たときは驚いたなぁ……なぁクレス、お前さんたちは若い。こんな死にゆく村にいる必要なんてないんじゃぞ?」

「いえ、村の皆さんには恩がありますから」


 赤髪の少年……クレスは、鍬を肩に担いで汗を拭う。


「マルゴさん。そろそろ肉の貯蔵なくなりそうですよね? 明日狩りに行きますので、解体の準備をしてもらっていいですか?」

「おおとも。任せておけ」


 全ての仕事をクレスが行うのではなく、ちゃんと住人にも仕事をお願いする。

 クレスは鍬を担ぎ、別の畑に向かった。

 住人たちが少ないので、大きな畑が三つあるだけの村。クレスとヒルデガルドはここで暮らしていた。


 ◇◇◇◇◇◇

 

 今日の仕事を終え、家に戻る。

 ちなみに、ここはかつての住人が暮らしていた空き家だ。住人の好意で借りている。

 俺が家に戻ると、野菜の煮込みを作るヒルデガルドがいた。


「帰ったか。メシはすぐできるぞ」

「おう。あ、明日狩りに行くから、村の護衛は任せるぞ」

「わかった。大物を狩って来い。肉なら焼くだけだし、私でも調理できる」

「お、おう。楽しみにしてる」

「ああ。楽しみにしてろ……に、い、さ、ん」

「……なんか気持ち悪いな」

「お前が考えた設定だろう」


 ここでは、俺とヒルデガルドは兄妹ということになっている。

 互いに恋愛感情などないので恋人、夫婦という設定はない。赤の他人同士が共同生活をするのはおかしいので、兄妹ということにしたのだ。


 食事を終え、俺は狩りの道具を押入れから引っ張り出す。

 それはシンクノハガネで打たれた刀と双剣だ。鎧は修復できなかったが、刀と双剣だけは修復できた。この村にいた元鍛冶屋のお爺さんがやけに張り切っていたのがつい最近のことのようだ。


「よし」

「……なぁクレス。いいのか?」

「え? いや、なにが?」

「ここでの生活だ。お前には帰るべき場所があるんじゃないのか?」

「……いいんだ。俺の役目はもう終わったからな。それに、この村での暮らしも悪くない。外の情報が入ってこないからわからないけど、たぶん俺は死んだことになってるだろう。今更出ていってもなぁ」


 シルキーの話では、三国が出資して作る学校があったな。たぶん、シルキーたちはそこで講師をやっているはずだ。

 きっと、みんな幸せに暮らしている。シルキーもマッケンジーも見合いやパーティーで忙しい。もしかしたら結婚してるかもしれないしな。

 そしてロラン……あの子は、きっと大丈夫だ。最後の瞬間、目が強く輝いていた。


「ま、お前との暮らしも悪くない。俺の心配より、お前はどうなんだ? 魔王の生命力が抜けて、体調が変わったりしないのか?」

「問題ない。レベルは70ほどに落ちたが、心身ともに健康だ。だが、あと百年もすれば命は燃え尽きるだろう……」

「いや、それ普通の寿命だからな」

「む、そうか」


 まさか、殺し合いをしたヒルデガルドと暮らすとはな。

 俺はこいつの命を救い、俺もこいつに救われた。

 命を賭けて魔王の攻撃を防いだ直後、燃え尽きる寸前でヒルデガルドが助けてくれた。ヒルデガルドのスキルに『時空魔法』っていうレアスキルがあり、俺と自分をテレポートさせたらしい。


 ヒルデガルドとテレポートした先がこの村、死にゆく村だ。

 ここの住人たちはみんな俺たちを受け入れ、手当てをして看病してくれた。

 俺とヒルデガルドは生死の境をさまよい、気が付いたら魔王討伐から一ヶ月も経過していた。


 ジーニアス王国へ戻ろうとも考えたが、この村に老人しかいないこと、住人たちは王国や町には行かず、この村で最後を迎えようとしていることを知り、せめて住人たちが最後まで満足できるように看取ることを決めた。

 俺たちがここを去るのは、住人の最後が死んだときだ。


「さて、寝るか……何度も言うが、好きにして構わんのだぞ?」

「いい。お前をそういう目で見れないからな」

「やれやれ、真面目な男だ」


 布団を引っ張り出し、俺とヒルデガルドは眠りについた。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日。俺は刀と双剣を装備し、リヤカーを引いて狩りへ出かけた。

 この辺りでは、シカみたいな魔獣とクマみたいな魔獣が出る。一匹狩ればしばらくは保つ……みんなおじいちゃんおばあちゃんだし、肉はあまり食べないのだ。

 俺は平原の真ん中まで進み、リヤカーから離れる。


「さーて……来るかな」


 袋から血のべったり付いた肉を出し、放り投げる。

 あとは隠れて気配探知を使いひたすら待つ。血の匂いに敏感な魔獣なら五分と待てば来る。

 ほらな、来た───。


「───って、おいおいマジか」


 岩場の影から見えたのは……巨大な羽なしドラゴンに襲われている馬車だった。

 なんでこんな街道の外れにとか、面倒なことになったとか、考えることはいっぱいある。

 でも、俺は元勇者。困ってる人を放ってはおけない。


「ぎゃぁぁぁぁぁーーーーーーッ!! 喰われるぅぅぅーーーーーーッ!!」


 涙でぐちゃぐちゃになった御者がドラゴンから逃げている。

 俺は岩場から飛び出し、刀を構えた。


「そのまま手綱を握ってて下さい!!」

「え───」

「居合技、一刀両断!!」


 俺の居合レベルは90……この羽なしドラゴンのレベルは不明だが、縦にぱっくり両断できた。

 馬車が止まり、御者が唖然とした表情でいる。

 俺は御者に近づき、無事を確かめた。


「怪我はありませんか?」

「り、リザードラゴンが……い、いちげき? ぱ、ぱっくり、ぱっくり」

「あのー……」

「はっ!! あ、あの、ありがとうございます!! あなたは命の恩人です!!」

「い、いえ。無事でよかったです。お怪我は?」

「大丈夫です。いやぁ~……辺境に薬草採取に来たのですが、欲が出てしまいまして。まさか、リザードラゴンに遭遇するとは思いませんでしたよ」

「危なかったですね。あの、護衛などはいらっしゃらないので?」

「ええ。この辺りは安全なので。一年半前の魔王討伐以来、ここに大型魔獣は住み着かないと言われてるんですよ」

「へぇ~……」

「あ、お礼をしなくては」

「いえ、無事ならそれでいいです。よろしければその魔獣の素材もどうぞ。その代わり、肉を少量だけいただいてもよろしいでしょうか?」

「そ、そんな!! 素材は全てあなたの物です!! 私は命を救われたのに、お礼もしないなんて」

「あなたが無事なら、それが一番のお礼です。その代わり、次回からはどのような場所でも護衛を付けての移動をお願いしますね」

「なんと、謙虚な……」


 俺は魔獣の肉を解体しリヤカーに乗せ、ドラゴンの爪、牙、眼球、心臓、骨の一部などの希少部位を男性に譲る。ちなみにこの人は商人らしい。

 残った肉や内臓はこの辺りに住む動物や魔獣のエサになる。


「街道まで送りましょうか?」

「いえ、大丈夫です。街道までは近いですし、魔獣除けの香り袋もありますので。ドラゴンのような大型種はもういないと思いますが……」

「…………ええ、もういないはずです。この辺りに気配はありません。帰りはこのまま北へまっすぐのがよろしいかと。そちらの方は魔獣の気配がありませんので」

「はい、わかりました」

「では、俺はこれで。肉を保存しなくてはならないので」


 商人さんに頭を下げ、大急ぎで村に戻った。

 今日の夕飯はドラゴン肉だ。


「さぁ~て、肉だ肉♪ 久しぶりのドラゴン肉~♪」


 村に戻り、干し肉を作って、残りはヒルデガルドと一緒に食べよう。

 こんな生活も悪くない。


 俺はとっても満足していた。


 ◇◇◇◇◇◇


 クレスに助けられた商人は、とある町の広場で露店を開いていた。

 ここは、まだ完成して間もない町だ。住人は若者ばかりで、店もあまり営業していない。

 旅の商人がやってくると、大勢の若者が商品を見に来た。

 

「さぁさぁ見てくれ見てくれ!! 今日の商品はとんでもないお宝だ!! 手に入れたばかり、リザードラゴンの部位だぞぉ!!」


 商人は、露店に商品を並べる。

 瓶詰したドラゴンの眼球や心臓、爪や牙、骨などの部位だ。魔法薬の素材として、武器防具の素材として一級品。なかなか手に入るものではない。

 

「へぇ……珍しいわね」

「ああ、確かに」

「ど、ドラゴンの眼球……ちょっと気持ち悪いです」

「でも、いい素材ですね」

「確かにね。魔法使いとして見逃せないわ」

「ねぇ……ボクにばかり荷物持たせないでくれる?」


 商人の前に来たお客様は、ずいぶんと若かった。

 青い髪の少女、騎士風の女性、メイド服の少女、金髪の少女、モノクルを付けた魔法使いみたいな少女、銀髪の青年だ。商人の露店は一気に華やかになる。

 商人は、商品を眺める少年少女たちに言う。


「お、お嬢さん方、魔法学園の生徒さんかい? いい素材いっぱいあるよ!!」


 そう。ここは三国家連合学園広場。学園の敷地内にある、商人専用の露店市場だ。

 青い髪の少女は、ドラゴンの眼球が入った瓶を掴んで眺める。


「本物ね……それにしても、リザードラゴンを倒せる奴がいるとはね」

「ああ、そりゃすごかったぜ!! あんな光景、初めて見たぜ。そいつはな、オレを襲ったリザードラゴンなんだよ」

「あんたを襲った? よく死ななかったわね」

「そうだな……死を覚悟したよ」


 商人は、少年少女たちに武勇伝を語るように、満面の笑みを浮かべた。




赤髪の少年が・・・・・・持つ真紅の太刀が・・・・・・・・、リザードラゴンを一刀両断!! しかもその少年がなんとも謙虚で・・・・・・・真面目なことで・・・・・・・…………って、なんだいお嬢さんたち、そんな顔して」




 少年少女たちは、同時に叫ぶように言った。




「「「「「「その話、詳しく!!」」」」」」




 未来は、どうなるかわからない。

 ひとまず、赤の勇者クレスの物語は、これからも続いていく。



 ◇◇◇◇◇◇


これにて完結です!

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新作公開しました!

最弱召喚士の学園生活~失って、初めて強くなりました~

https://kakuyomu.jp/works/1177354054921002619


久しぶりに新作公開です。

召喚獣、召喚士、学園モノです。

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謙虚すぎる勇者、真の勇者を導きます! さとう @satou5832

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