最終章・謙虚すぎる勇者

魔王討伐

 魔王討伐。

 赤、青、緑。そして伝承にない黄金の勇者が、魔王を討伐した。

 封印ではなく討伐。その大ニュースは勇者を輩出した三国だけでなく、世界中に広がった。

 当然、勇者は英雄となった。

 だが……同時に、悲しみにも包まれた。


 赤の勇者クレスが、死亡した。

 

 魔王から勇者たちを守るため、その命を散らしたのだった。

 彼は、遺体すら残らなかった。

 故郷であるアストルム王国では魔王討伐のパレードが開かれ、赤の勇者クレスを称えられた。

 魔王討伐から三十日ほどが経過……世界は、ようやく落ち着き始めた。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 ジーニアス王城では、マッケンジーが執務を行っていた。

 魔王討伐後、マッケンジーの元には多くの縁談が舞い込んでいた。もちろん受けるつもりはない。仕事を山のようにこなしつつ、これからのことを考える。

 

「ふぅ……」


 マッケンジーは、以前から話のあった三国が作る学園の講師に関する書類を眺める。

 ジーニアス王国、アストルム王国、ブルーノ王国が出資して作る、勇者を講師に招いて兵士を育成する学園、通称『三国家連合学園』だ。シギュンとドロシーも講師に呼ばれることが決定している。

 

「魔王という脅威はもうない。勇者の宝珠は輩出されちゃったし、高レベルなボクらにできることは人材育成だけど……はぁ」


 マッケンジーは、いまいちやる気がでなかった。

 勇者は、今や世界中から称えられる存在だ。ジーニアス王国にもマッケンジーに面会しようとする各国の貴族や重鎮が山のように来る。それらの相手から逃げるのに学園はいいと考えているが……クレスが死亡してからどうもやる気が出なかった。


「クレス……全く、嘘つきだな」


 クレスの死。

 大勢が泣き、マッケンジーですら涙を流した。

 特に、女性陣の悲しみと言ったら……思い出すだけでも胸が痛くなる。


「キミしかいないと思ってたんだけど……ボクの伴侶」


 マッケンジーは、クレスを愛し……。


「なーんて、ね」


 誰もいない執務室で苦笑し、そっと目元を拭った。


 ◇◇◇◇◇◇


「準備はできたのか?」

「ああ。長らく世話になった……」

「そうか……じゃあ、気を付けてな」


 アストルム王国。騎士団の詰め所で、シギュンとプラウドが話していた。

 シギュンは、今日で騎士団を辞める。今後はブルーノ王国にいるシルキーの専属護衛になり、いずれ三国家連合学園の教師となる予定だ。

 シギュンは私物の入った鞄を掴む。


「……クレスは残念だったな」

「…………ああ」


 プラウドは、赤の勇者クレスの師という名誉を受けた。シギュンも同様だが辞退……クレスの笑顔を思い出すと、胸が締め付けられそうだった。

 プラウドは、シギュンに言う。


「元気でな、シギュン」

「あなたも、プラウド」


 騎士の敬礼で二人は別れた。

 クレスを鍛えた者同士として、悲しみに暮れるのはらしくない。

 シギュンは騎士団を後にし、アストルム王城前に用意された馬車の前に来た。


「遅い」

「済まない、ドロシー、メリッサ」

「大丈夫です! ドロシー様も今到着したばかりですし!」

「よ、余計なことは言わなくていいの。ほら、さっさと行くわよ」

「ふ、そうだな」


 ドロシーとメリッサ。この二人もシルキーに雇われ、ブルーノ王国へ行く。

 いずれドロシーは三国家連合学園の講師として、メリッサは学園のコックとして働く予定だ。それまではシルキーと一緒に暮らす予定である。

 

「新しい学園かぁ……」

「すでに建設が始まってるらしいわ。完成は一年後、生徒の募集も近々始まるって。シギュン、あんたも忙しくなるわよ」

「わかっている。ドロシー……少しくらい、休んでもいいだろう?」

「……ま、そうね」


 シギュンの表情だけでドロシーは察し、メリッサも顔を伏せる。

 

「あの嘘つき……ほんと、馬鹿ね」

「ドロシー……」

「ま、気にしてもしょうがないわ。あーあ、ちゃんと告白しとけばよかったわ。勇者だし、第二婦人くらいにはなれたかもね」

「……ドロシー」

「なによ。別に悲しくないし……いっぱい泣いたし」

「ああ、そうだな……いっぱい悲しんだ」


 シギュンがドロシーを慰め、メリッサは号泣していた。

 クレスが死んで一ヶ月。悲しみは全く癒えていない。それでも、魔王が死んで平和になった世界に明日は来る。立ち止まっていられない。


「メリッサも泣くな。ほら……」

「ず、ずみまぜん……ひっぐ」

「さぁ、出発しよう。ブルーノ王国は遠いぞ」

「ばび……ずびび」


 悲しみはまだ癒えない

 でも、三人はブルーノ王国へ向かって走り出した。


 ◇◇◇◇◇◇


 ブルーノ王国。ドロシーの屋敷。

 ドロシーは青の勇者としての偉業を称えられ、大金と屋敷を手に入れた。

 一生遊んで暮らせる金額。大きな屋敷。貴族たちから送られたドレスやアクセサリー。

 どんなに高価な物も、今のシルキーにはどうでもよかった。


「……クレス」


 あまりにも、残酷だった。

 クレスは死んだ。死の間際に残した呪いが、シルキーを苦しめていた。

 『俺もお前が好きだ』……クレスは、自分のことを好きと言ってくれた。

 もしクレスが生きていたら?

 抱きしめてもらい、一緒に暮らし、デートしたり……抱かれることもあっただろう。

 でも、もうその未来はない。クレスはもういないのだ。


「……ばか」


 ポロリと、涙がこぼれた。

 葬儀では、人生で最も泣いただろう。醜態も晒しただろう。でも、自分と同じくらい多くの人が泣き……見知った女の子たちも泣いていた。

 シルキーは、ベッドに身を投げる。

 テーブルの上には、見たくもない見合い写真が山のように積み重なっている。ちなみに、この見合い写真はシルキーのだけではない。

 ドアがノックされた。


「どうぞ……」

「失礼します。シルキー様」

「……ああ、ロラン」

「客間の準備が整いました。いつでもメリッサたちを迎えられます」

「そうね……あんがと」

「はい」


 ロランは、シルキーと一緒に住んでいた。

 悲しいはずなのに、それを欠片も見せずに振舞っていた。ロランも学園の講師となることが決定しているので、シルキーからいろいろと教わっているのだ。

 客間の支度とは、シギュンたちを迎える準備のことだ。ドロシーはこの家に、クレスを好きだった女たちを集めた。別に他意はない。


 学園の建設は始まっている。今は関係者を集め、授業方法や細かい仕組みなどをこのブルーノ王国でする。マッケンジーも近いうちに合流する予定だ……ちなみにマッケンジーはこの家に住まわせるつもりはない。

 ロランは、笑顔で言った。


「シルキー様、天気もいいし……外にお茶でもしに行きませんか? メリッサたちの到着は夕方ごろですし、気分転換に」

「……そうね。よし! 気分変えないと、メリッサたちに笑われちゃうわ」


 シルキーはベッドから起き上がり、ロランに飛びついた。


「わわっ!?」

「ん~……ロラン、かわいいかわいい」

「し、シルキーさま? ひゃっ!? ああ、あの」

「ほれほれ。ん~……なんか胸おっきくなった?」

「あわわわ……」


 シルキーはロランから離れ、笑顔で言った。


「じゃ、行こっか。喉乾いたし甘い物も食べたいな!」

「……はい!」


 二人は、仲良く外へ出て行った。

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