魔王ヴァルヴァロッサ

 ブラッドスキュラーを撃破したロランは、平原の最奥に佇む一人の男と対峙していた。

 漆黒のマントに豪華な装飾品を身に付け、皮膚は青白く耳が長い。頭にはツノが生えている。どう見ても人間ではなかった。


「あなたが、魔王で間違いないですね?」

「魔王……そう、魔王。ふふ、ふふふ……ようやく戻ってこれた。忌々しい人間の封印を打ち破り、我は戻ってきた!!」

「そうですか。ですが残念ですね……あなたは」

「再封印、か?」


 魔王は両手を広げ、小馬鹿にするように言った。

 ロランはオリハルコンソードを抜き、構えを取る。そして逆に嗤う。


「馬鹿め。封印の魔法式はもう解析した。勇者の宝珠による封印はもう効かん。残念だったな」

「ええ、非常に残念です……あなたの頭が」

「…………なに?」


 ロランはにっこり笑って言った。


「あなたを封印するつもりはありません。魔王、あなたを倒し、封印と復活という繰り返しをここに終わらせます。そのための準備はもうすでに完了してますので」

「…………」


 刀身を指でなぞるロラン。

 その表情は本気だった。魔王はロランが冗談を言っているのではないと確信する。

 封印されている間、人間もまた準備をしていたのである。


「面白い……できるものならば、な」

「できます。では……参ります!!」


 魔王対ロランの戦いが始まった。


 ◇◇◇◇◇◇


「ぅ……」

「よう、起きたか」


 ぼんやりと目を開けたヒルデガルドは、自分が死んでいないことを理解するのに時間がかかり……聞こえてきた声がクレスの物だと知るのにさらに時間が必要だった。

 身体が動かない。鎧は砕け、上半身全体に包帯が巻かれていた。

 

「動くな。急所は外したけど傷は深い。火傷は治療しておいたけどな」

「な……なん、で」

「……さぁな」


 ヒルデガルドは、生きていた。

 クレスに救われた。クレスもまた全身包帯だらけで、傷も深そうだ。

 どうして命を救われたのか。ヒルデガルドは知りたかった。


「なぜ、助けた……私は、敗北した。もう、魔王様に顔向けでき、ん」

「……聞きたいことがある。魔王について」

「…………」

「お前、魔王の何なんだ? 天仙娘々もブラッドスキュラーも、なんで魔王に従ってる?……って聞きたいが、今は時間がない。魔王の弱点を教えてくれ」

「…………」


 ヒルデガルドは黙ってしまった。

 答えるとは思っていない。助けたのも情報が欲しいから……と思っている。

 たしかにそれもある。だが、クレスはヒルデガルドの中にある闇が気になった。

 時間が惜しいのは本当だ。だから、端的に聞く。


「じゃあ、これだけ。お前は魔王が死んだらどうなる?」

「…………死ぬ」

「……そうか」


 ヒルデガルドは、少しだけ話し始めた。


「私も天仙娘々もブラッドスキュラーも、魔王様から命の一部を頂いて何百年も生きながらえてきた。魔王様が消滅すれば、私に宿った魔王様の生命力が消える……恐らく、百年も生きられないだろう」

「…………」


 いや、十分だろ……寿命ってそんなもんじゃね?

 クレスはそんな表情でヒルデガルドを見た。


「お前、魔王に心酔してんだな」

「……命を救われたからな」

「……命を?」

「ああ。くだらないおとぎ話さ。とある王国の王子と姫君が婚約し、結婚寸前で婚約破棄……姫君は実の妹に陥れられ、無実の罪を着せられた。そして妹が王子と結婚……姫君は獄中で王子を、国を、妹を、人を、全てを恨み……魔王様に出会った」

「…………」

「姫君は黒い鎧と兜をかぶり、魔王のために戦い……こうして敗北した。戦うことでしか恩を返せなかった。私は救われたんじゃない、恨みと絶望を利用されてるだけだと知っても……戦うことしかできなかった。あぁ……ようやく解放された。日の光がこんなにも眩しいなんて、思わなかった」

「…………そっか」

「ありがとう。赤の勇者クレス」

「いいよ。それと、自殺なんかするんじゃないぞ。死ぬなら生きてから死ね」

「……そうだな」


 クレスは立ち上がり、ボロボロの装備を身に付ける。

 ヒルデガルドを岩場に隠し、双剣の一本を置いておく。


「これで身を守れ。全部終わったら迎えに来る」

「迎え……?」

「ああ。バーで会った時から思ってた……お前、魔王と自分を倒してほしかったんだろ? だから魔王復活の予定日を俺に教えて、俺と戦って死ぬつもりだった……そうだろ?」

「…………」

「お前はまだ死ぬな。罪を償う気持ちがあるなら、俺がお前を守ってやる」

「ぇ……」

「俺はお前より強い。勝った俺の言うことくらい聞けよ?」

「あ……」


 クレスはヒルデガルドの頬を軽く撫で、気配探知を使いロランの位置を特定。そのまま走り出した。

 

「…………」


 ヒルデガルドは触られた頬を撫でる。

 熱を持ったように熱く、弱々しかった心音が爆発するように高鳴っている。

 何故だろう……もう、死ぬ気にはなれなかった。


 ◇◇◇◇◇◇


「あ」

「やぁ」


 マッケンジーとシルキーが合流した。

 魔獣をほとんど倒し、最後の敵である魔王を直接倒すためにロランの元へ向かう二人だった。すでにロランが戦いを始めていることは知っている。


「クレスは?」

「……まだ」

「ま、あいつが勝つに決まってる。それと、ロランにいいとこ全部持っていかれてたまるもんですか。クレスが合流する前に終わらせるわよ」

「はいはい。きみ、ほんとに強くなったねぇ」

「勇者ですから!」


 多少の消耗はあったが、想定の範囲内。

 魔獣はほぼ全滅。幹部ももういない。

 残りは、世界の脅威である魔王だけ……討伐は目の前である。


「見えた……!!」

「ロラン!!」


 戦いは、すでに始まっている。

 ロランはオリハルコンソードで、魔王は漆黒の大剣を振りロランと戦っていた。

 マッケンジーは魔力を集中、ロランへの補助魔法を強化。シルキーは魔力を練り、究極魔法の準備をする。


「チッ……勇者ども!!」

「はぁぁぁぁぁっ!!」


 魔王がシルキーとマッケンジーに気付いた。そして、ロランの攻撃がさらに激化する。

 徐々に、徐々にだが、ロランが押していく。

 魔王はもう一本、大剣を生み出し、ロランの剣を両の大剣で捌く。あまりの速さに魔法を使う暇もなかった。


「シャインニードル!!」


 ロランの十八番、光の針ことシャインニードルを周囲に何十本も浮かせる。

 魔王は無詠唱で黒い球体を生み出し、シャインニードルと同様に周囲に浮かべる……が。


「させない!! ホーリーストーム!!」


 シルキーの魔法で消滅した。

 魔王は歯を食いしばり青筋を浮かべ、シルキーとマッケンジーを睨む。


「どこを見ている!!」

「ッ!!」


 そして、ロランのシャインニードルが発射され、魔王の全身を光の針が貫通した。


「ごあぁっ!? ぐ、オォォォッ!! コノ、下等生物ガァァァァァァァッ!!』


 全身に針が突き刺さった瞬間、魔王の身体が膨張。一瞬で醜悪な姿に変わる。

 目がいくつも増え、牙が、顎が、口が裂ける。全身が鱗に覆われたバケモノになった。

 『魔王はバケモノみたいになる』とクレスが言っていた。

 シルキーとマッケンジーは攻撃魔法を、ロランは背負っていた投擲槍ランサーダートを掴み、魔王めがけて投げた。


『クイコロシテヤルゾォォォォォッ!!』

「まずっ……ロラン!!」

「二人から離れろぉぉぉぉーーーッ!!」


 速い───ロランを無視し、シルキーとマッケンジーに迫る魔王。

 ロランは全ての槍を投げつくした。刺さり貫通したのに止まらない。

 魔法を放とうとしたが、魔王と二人の距離が近い。何を使おうか一瞬迷い、その迷いが致命的となった。


「シルキー……っ!!」

「大丈夫。来る」

『ガァァァァァァァーーーッ!!』


 魔王の顎が、二人をとらえた瞬間───。



「だらぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」



 真っ赤な炎の剣を持ったクレスが、魔王の口の中に何かを投擲した。

 真っ赤に燃える剣が魔王の口の中で炎を巻き起こす。


『グッガァァァァッ!?』

「シルキー、マッケンジー、離れろぉぉぉぉっ!!」

「クレスっ!!」

「クレス、遅い!!」

「悪いな!!」


 クレスは刀を抜き、渾身の力を籠める。


「居合技、一刀両断!!」


 斬撃が魔王の顔に切れ込みを入れる。

 刀を収め、手をかざす。


「喰らえ、フレアバスター!!」


 赤魔法レベル90、フレアバスター。

 両手から炎の波動を放つ技で、ドロシーから『これは使える』と言われた魔法だ。

 炎の波動は魔王の身体を焼く。そして、フレアは魔王の口の中に投げた『炎の聖剣フランベルジュ』を再び具現化、渾身の力で技を放つ。


「武技───百花繚乱!!」


 剣技レベル100の奥義。目にも止まらぬ百連斬りが、魔王の身体を引き裂く。

 手ごたえはあった。でも、足りない。

 体力の十分の一は削った自信はあった。それでも足りないとわかっている。

 だからこそ、フレアは叫ぶ。


「ロラァァァンッ!! 今度こそ・・・・黄金の勇者になれ・・・・・・・・ぇぇぇぇぇっ!!」

「っ───はいっ!! お師匠さまっ!!」

『コシャク、ナァァァァァァッ!!』


 身体を引き裂かれ、全身が焦げている。それでも魔王は動ける。

 背中から何枚もの翼を生やし、空高く飛び上がる。

 マッケンジーが叫んだ。


「何か来る!! みんな、身を「任せろ」……え」


 クレスがフランベルジュを構えた。

 そして、みんなに言う。


「俺があの攻撃を止める。ロラン、お前が確実にとどめを刺せ」

「……お、お師匠さま?」

「今までごめんな。ロラン、幸せになってくれ」

「え……」

「シルキー、あの時の返事……俺もお前が大好きだ。メリッサにも伝えておいてくれ、約束守れなくて悪いって」

「あ、あんた……なに言って」

「マッケンジー、お前は最高の友達だ。立派な王様になれよ」

「や、やめろ……きみ、何を」


 クレスは、フランベルジュを掲げ……飛んだ。


 ◇◇◇◇◇◇


 魔王は上空で力をためている。たぶん、ブレスを吐くつもりだ。

 俺はフランベルジュを掲げ、炎の力を使って跳躍、噴射した。

 

『モエツキロ!! 勇者ドモォォォォォッ!! ゴァァァァァァァッ!!』

「おぉぉぉぉぉぉぉ!! 燃えろフランベルジュ!!」


 魔王のブレスが吐き出された。

 炎の色は黒……健康に悪そうな色だ。俺のフランベルジュはこんなにも綺麗な紅蓮なのに。

 紅蓮と漆黒が空中で激突した。


「ぬっがぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」


 全身が焼けるようだった。

 この炎はきっと、魔法だけじゃ防御できなかった。俺がこうやって身を挺して守らなきゃダメなんだ。

 たぶん、これが俺の……フランベルジュの真の使い方。この剣の能力の一つに、炎軽減って効果があったからな。

 

「へ、へへ……っ!! 魔王よぉ!! 今度は、今度は逃げねぇぞ!! 仲間を守って、ロランを導いて、お前を倒して……真の平和を掴んでみせるんだ!!」

『コ、ノ、ガキガァァァァァーーーーーーっ!!』

「二度目の人生!! 生き抜いてみせる!!」


 フランベルジュに亀裂が入る。

 魔王の黒炎も徐々に弱まっていく。そして……真紅の炎と黒炎が相殺された。


『バ、バカナ……!?』


 俺の意識は、そこで消えた。


 ◇◇◇◇◇◇


「クレ、ス……」

「あの、やろぉ……」

「…………」


 黒炎と紅蓮が相殺された。

 そこに、クレスの存在はなかった。

 シルキーがへたり込み、マッケンジーが歯を食いしばり……ロランが。


「───お師匠さま、いきます」


 ロランの身体が、黄金に輝き始めた。

 ロランは折れず、クレスとの最後の約束を果たすため、涙をこらえ上空の魔王を見据える。

 

「私は、黄金の勇者ロラン!! 赤の勇者クレスの弟子!! 魔王、あなたは……私が倒す!!」



〇黄金の勇者ロラン レベル999

《スキル》

剣技 レベル999

槍技 レベル999

双剣技 レベル999

短剣技 レベル999

弓技 レベル999

投擲技 レベル999

聖魔法 レベル999

光魔法 レベル999

馬術 レベル999

馬上技 レベル999

詠唱破棄 レベル999


《黄金の勇者》

・レベルカウンターストップ

・【黄金の神剣エクスカリバー】



 ロランの手に、黄金の光が集まり、一本の剣が生まれた。

 ロランはその剣を、黄金の神剣エクスカリバーを構える。


『オ、黄金……バ、バカナ!? ソンナバカナ!?』

「あぁぁぁぁーーーーーーっ!! 消えろぉぉぉぉぉぉーーーーーーっ!!」


 掲げたエクスカリバーから黄金の光が伸びる。

 そして、ロランはそのオーラを魔王めがけて振り下ろした。

 

『グギャァァァァァァーーーーーーっ!? ワ、ワレガ、ワレガ滅ブダトォォォォォッ!? ソンナ、バカナァァァーーーーーーっ!?』


 魔王は、黄金の光を浴びて消滅した。

 黄金の光が消えると同時に、周囲には静寂が訪れる……。


「…………勝ちました、お師匠さま」


 ロランは、ポツリと呟いた。

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