5
ふゆはすぐに電話に出た。
「こんな時間にどしたん?」
「今日星がさ、めちゃくちゃきれいで」
んー? と言いながらカーテンをシャッとめくる音がして、
「ほんと! きれい!」
と、電話越しに歓声が上がった。
「ちょっとさ、天体観測しようよ。夜の散歩がてら」
猫がでかでかとプリントされたシャツで、ふゆはマンションから出てきた。
「ごめん、わたし今日めっちゃラフ」
「普段がオシャレだから、ラフさが良いと思えるなー」
「すぐ何でも褒める。別にふつうだよ」
それにしても星がきれい! 夜空の星すべてを捕まえるみたいに、両手を広げてふゆははしゃぐ。少し歩を進めたら小川のせせらぎが聞こえてきて、なんとなしに手をつないだ。今日は拒まれなかった。
「しつこいって言わないでね」
と、ぼくが切り出すとつないでいた左手を離して、
「なにー?」
と言うあたり、察しがいい。
「あれから考えたんだよ」
ふゆのこととか、いろいろ。ふゆは黙って星空を見上げていた。吸い込まれそうなくらい、輝く星々を。
「でもやっぱりね、ぼくはふゆとどんな話でもしたいよ」
「そう……でもね、でも……」
でも、かいとはキラキラしていないわたしを愛せる?
とは思っていないのかも。他に理由があったり、単に話したくないのかも。性格の問題、気分の問題、人の感情はなによりも難解で、わからない。それでも、ぼくはふゆと話がしたいんだよ。わからないで片づけられる存在じゃない。
「ふゆの醜いとこ見ても聞いても、ぼくはそれでも好きだよ」
言葉は嘘くさい。だけど、言わないと真実にもならないまま、わからないままで終わってしまう。ぼくはわからないが一番怖い。
ふゆはこわごわとぼくの右手を掴んだかと思うと、そのまま手を握り直した。それだけで、今夜はゆっくり眠れる。これからのことは、また考えればいい。星がとてつもなくきれいな夜の淵へ、ぼくらはまた一歩踏み出していく。
「久々に天体観測したらやっぱ、いいな」
と言ったのは父だった。驚いた。天文台スペースの部屋を開けたら父がいて、そんなことを言うもんだから。もう深夜一時くらいだけど、仕事は? と言うかわりに、
「そうやね」
で済ませた。必要以上の言葉は、父との間ではいらないなと、いつも思う。
予想通りソファーには二人分腰掛けられるスペースはなく、
「痩せなよ、もうちょい。座れんわ」
と笑った。父もしゃあしい、と笑う。
「しゃあしいやなくて、ダイエットやってみたら」
「薬で太ったんたい」
父は喧嘩明けで照れくさいのか、ずっと片目を望遠鏡に埋めて、星に夢中なフリをしている。父は何かに夢中になると、何も聞こえなくなるので、星なんかまるで眺めていないのはバレバレだった。
「ね、腕相撲しよ」
「ばかか。元々ハタチになったら戦う予定やったやろ、まだはえーわ」
今は怪我で衰えた筋力を戻している最中なのだと、父は言う。
「今日もダンベルで筋トレしたぞ、お前も鍛えとけよ」
そういえばここ二日くらいやっていなかった。ぼくら、天井の星々を見つめながら、各々の筋トレで汗を流す。不思議と身体は軽かった。というより、父の前で何回か腕立てしたくらいでバテられない。負けたくないから。
「将来さ、出版社入りてーわ」
「大手がいいぞ、大手が」
今できる親孝行は、こうして男の子の秘密の夜を共有して、何か語り合うことくらいなのかも。実際、隣の父はうれしそう。でもぼくは子供としてじゃない、同じ成人として父と話していたい。でもまだ子供だから、二週間後のプレゼントは今のうちにねだっておこう。夏の大三角を右手でなぞりながら、「ねえ」って無邪気に話しかける。父の茶色の瞳を、久々に間近で覗き込んだ。
天体観測はもうやめた サンド @sand_
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