第29話 キルヒェンリートの追手
ドゴォンッ!!!
ライズ国の南門の城壁が破壊されたのが視界の端に写った。
だがそれは一瞬で風のように街中を走り抜けるシルバの背中に私は振り落とされないように必死に捕まることで精一杯になった。
通りの人達が何事かと此方を見遣るのを感じる中、シルバが「道を通っていては追いつかれる。聖歌、我の首にもっとしがみつけ」と言った。
言われるがままにもっとギュッと抱きつく力を強くすると、フワッと浮遊感が身体を襲った。
等間隔毎に訪れる浮遊感に恐る恐る目を開けると、シルバは私を背に乗せたまま、屋根伝いにラスタバン竜王国へと続く道がある北門へと最短距離で向かっていた。
道に縛られないその動きはまさに風。
だが、同時に南門の方から「居たぞ!」という声が僅かに聞こえた。
その時には既に私達は北門を潜り抜けていた。
北門を出たら文字通りラスタバン竜王国は目と鼻の先だった。
ここからでも国の中心である王城が遠目に確認出来る。
だというのに、聖歌は遠ざかる後方のライズ国からの喧騒が気になって仕方がない。
他種族を見下すキルヒェンリートの軍がライズ国民達に対して気遣った振る舞いをするとは到底思えない。
その証拠に人々の悲鳴と破壊音は続いている。
ギュッと瞳を閉じ、ライズ国の人々の無事を祈ることしか出来ない自分が情けない。
何より、彼等は聖歌の所為で被害にあっているのだ。
聖歌がキルヒェンリートから逃げ出した所為で。その結果、誰かの命が奪われていたとしたらーー、聖歌は自分を許すことができないだろう。
涙を浮かべる聖歌にシルバが「気に病むな、聖歌」と声をかけた。
「お前の気持ちは痛いほどわかる。だが、北西の地は竜族の魔力に護られている。そしてその影響力は竜王国に近ければ近い程顕著になる。つまりーー」
我慢しきれず後方を振り返った聖歌の視界に信じられない光景が映る。
北門から僅かに見える崩れた家々の瓦礫がひとりでに元通りの形へ戻っていくのだ。
まるで、崩れ去った事実など無かったかのように。
だがそれ等の光景も、風のような速さで進む聖歌の視界から直ぐにみえなくなっていった。だが、聖歌の脳裏にはまだその光景が焼き付いている。
暫しの間を置いてから呟かれた聖歌の「……凄い……」という呆気に取られたような言葉にシルバはやはり考えていた通りだと笑みを浮かべた。
竜王国の隣国であるライズ国やその国民に危害が及ぶことはない。
だが、それでもその加護も精神までは及ばない。
与えられる恐怖心や不安といったものまでは消えないのだ。
シルバはその事を伝えるつもりは無い。何故ならそれを今の聖歌に伝えるのはあまりにも酷だからだ。
そして今はそのことを気にかけるよりも一秒でも早くラスタバンに辿り着くことが専決であり、それ以上に優先すべきものは無い。
シルバの脚力ならば、あと十分と経たずにラスタバンの城門を潜ることが出来る。
そう思った時だった。
背後に異様な魔力の気配を感じた。
どう考えても良い類のものでは無い。
黒々としたーー、そう、その魔力の為に数多の対価がーー恐らくは多くの生命が使われているのだと一瞬でわかる。
で、あるならば、間違いない。この魔力の気配はキルヒェンリートのものだ。
聖歌もその異様な気配に気づいたのか、視線を背後に向けた。
そしてその視界の先、通り抜けた地面に黒々とした色で魔法を行使する為に使われる文様が浮かび上がるのがみえた。
文様が一際強く光ったと思ったときには、そこにはキルヒェンリートの旗を掲げた十数人の兵士とーーその中心に、金茶色の髪をした男が馬に騎乗していた。
そう、聖歌が逃亡した日以来見ることのなかったキルヒェンリートの王子が聖歌達の姿をみてニヤリと歪んだ笑みを浮かべていた。
青天に響け つばさ @283yoko
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