第28話 誰もが望む世界


あの後、少し考えを整理したいと。

就寝したものの、正直、全くと言っていい程寝付けなかった。

折角疲れを癒しに来たというのに、寧ろ精神的に参ってしまった。

だが、宿を出て見た街の光景によって聖歌の鬱々とした気持ちが一気に飛んでいった。


(もっ……もふもふ天国……!?)


昨夜は大分暗くなってから街に到着した為に人気が無かった大通りはその時とは打って変わって多くの人々で溢れていた。

そしてライズ国では片手で足りる程しか見かけなかった所謂"獣人" の姿が多く見える。

眼をキラキラさせだした聖歌の様子を訝しげにシルバはみていたが、理由を察して口を開いた。

「まぁ、人間主義国家のキルヒェンリートから来たのだからな。北西の地でも、西南の国に近いところ程他種族の姿は少なくなる。そしてここ、レイン国はラスタバン竜王国の隣国だ。北西の地の中心国に近づいてるのだから、他種族の姿で溢れるのも当然であろう。……そしてこの光景こそ、平和と幸せの象徴だと、我は思っている。北西の土地でしか見れぬ、特別な光景だ」


人間族、獣族、精霊族、全ての種族がなんの隔たりも無く一緒に暮らしている。

それもとても幸せに、楽しそうに。


(そっか、この光景こそが……)


この世界で最も多く望まれる、国の在り方なんだ。


種族の差も、隔たりも無く、皆が共に手を取り合い、生きていく事ができる平和な世界。

種族間での争いばかりだった歴史。

多くの悲しみや苦しみがあっただろう。

でもそれら全てを乗り越えて、竜族が北西に作った幸せな土地。


「この世界の全ての土地が、同じようになる事は、やっぱり無理なのかな……」


「不可能に近いな。特に南西に多数ある人間主上主義という理念を掲げる国が無くならない限りは。だが……」


否定の言葉に沈む聖歌の頭にポンッとシルバの優しい手が置かれた。


「北東の妖精族の地と南東の獣人族の地ではそう難しくもないかもしれん。ここ数年で南西意外の土地の交流は盛んになった。

特に北東や南東に住む土地の者は類便にこの西北の地に訪れる。西南の土地が過ごしやすく、その国柄が好まれているという証拠だろう」


「そっか……。龍族の人は本当に凄いんだね。皆が望んだ国を土地を作って。民族の差のない世界を作って……今から会えるのが、凄く凄く、楽しみになってきちゃった」


そうやって嬉しそうにこちらを見上げてきた聖歌の笑顔に、シルバも優しい笑みを返した。

ーーその、直後だった。

国の南側にある門の辺りが俄に騒がしくなった。

門兵の一人が慌てたようにこちらへ駆けて来るのがみえた。

ピクリ、とシルバの獣耳が揺れた。

「不味いな。まさかこんな所まで来ていたとは……聖歌、宿に戻る。直ぐに国を出るぞ」

「えっ、何?突然どうしーー「西南の人間達が南門の外で門を開けろと怒鳴りつけでる!国の警備団を直ぐに南門に集めてくれっ!!」……!?」


西南の国の、人間?なんで、こんな北西の土地に、嫌な、予感しかしない。

いや、間違いない、彼らの目的は……


聖歌顔から血の気が引いていく。

その手を強く握ってシルバが、宿へ聖歌を引き、聖歌の考えを肯定する。


「間違いなく、キルヒェンリートからの追っ手だ。だが、余りにも速すぎる。唯の人間の足が最高位精霊の中で最も速さを誇る狼の我に追いつく事など万に一つの可能性もない。考えられる方法は一つ」

シルバの瞳が剣呑な色を帯び、苦々しさを含みながら言葉が吐き出された。

「奴らはまた、多くの命を犠牲にして禁術の類を使ったと考えて間違い無いだろう」


頭が真っ白になる。

言葉が出ない。

寒気からか、恐怖からか、身体が震える。

心臓がドクドクと嫌な音をたてる。

「シ、ルバ」

リオーネは、皆は、無事なのだろうか。

聖歌の恐怖を写した瞳をみて、シルバも顔を歪める。

「……時期的にみて、お前の友人達が関わっている可能性は低いだろう。西南の国に魔法の扱い方を全く知らぬ物者達に既に実践を行わせるほど浅知恵ばかりが集まっていなければの話ではあるが……」


その言葉にグッと奥歯を噛み締める。

「きゃあぁあっ!!」

宿の外の通りから悲鳴が聞こえてきた。

「……チィッ!」

シルバが舌打ちをし、人間の姿から狼の姿へと変化する。荷物を纏め、支度を整えた聖歌に「乗れ!」と叫び、二人はそのまま窓から外へ飛び出した。












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