第27話 神の愛娘



「んん~っ!温泉最高~!!」


あれから三日近く街道を走り抜け、現在、聖歌は龍王国の手前のレイン国に到着していた。

レイン国は北西の大陸で一番大きな川と小さな火山の間にある国で、温泉の国として有名だとシルバから聞いた。

先を急ぐ為に途中にあるソイル国には泊まらず野宿してここまできた。

野宿に耐えたのは一つ。

一刻も早く、温泉に入りたかったからだ……!!

この世界に来てから、聖歌は最初のキルヒェンリート王国ではシャワーに入れたが、旅に出てからは毎晩寝る前に魔法で出したお湯で濡らしたタオルで身体を拭いたり川で身体を洗ったりしていた。

つまり、そう、聖歌はお風呂に飢えていた。


「まさか異世界で温泉に入れるなんて……」


温まりながら思わずと言ったようにほぅ……と息を吐く。


温泉の地として有名なのは中央大陸の中心にある火の山の付近だが、北西ではこのレイン国が最も有名だ。

しかもシルバの話ではこの傍の小さな火山はその昔、龍王国ができる頃に火の龍によってできた山らしい。

……意味がわからない。

だが、龍王国の周りは不自然な程に自然が豊かだ。この火山を初め、北西一の長さを誇る大川、そして少し離れてはいるが、北西の大陸の最南端には大草原が広がっている。そして西には土の山々、東には森が。だが、そのどれもが、龍が生み出したのだと言う。

うん、意味がわからない。

("龍族"って何者なの……?)

この世界で最強と言われる種族だとは聞いていた。だが、自分はもしかすると、想像していたよりかなり危険な生き物が治る国に入ろうとしているのではないかと聖歌はここにきて頭を痛めていた。


だが、今はとにかく休息だと、旅の疲れを温泉で癒している。

だが、何時までもゆっくり浸かっては居られない。

なぜなら、もう目的のラスタバン龍王国は目と鼻の先にあるのだ。

入国前に話し合っておかなければ行けないことは山程ある。

「よしっ」と意気込み、聖歌は温泉を出て宿泊している部屋へと足を向けた。



「まず、どうやって龍王国に助力を乞うかなんだよね……」


「それについては事情を話せば問題無かろう」


「いやいやいや、何言ってんの。助けを願うなら、こう……向こうにもメリットが必要じゃない?それ以前に、どうやって国の権力者……この場合、国王様とかになるのかな?に会うかだよ……」


改めて考えると、問題しかない。


「どちらも問題無いだろう。聖歌、お前は自分がこの世界に置いてどれだけ重要で、稀有な存在なのか、もっと自覚すべきだ」


「……は」


目の前の美丈夫の言うことがいまいち理解出来ない。いや、言ってることは解る。だが、わからない。私がなんだと言うのか。


「我は風の最高位精霊だ。その意思ひとつで国の君主に会うことなど造作もない。そして聖歌、それはお前もだ。寧ろお前の場合は我よりも存在の価値が高い。最高位精霊は数は少ないものの、珍しくもない。だが聖歌、お前は別だ。"神の愛娘"であるお前はそれ自体が国一つを動かす程の価値を持つ」



細められた紫の瞳が私を射抜く。


「自覚しろ、聖歌。今のお前は、この世界で唯一無二の存在。そこらの国々の国王でさえ叶わぬ程の至高の力を秘めている。お前はその存在の名が示す通り、この世界の神々に愛されているのだ」


ーーそれはつまり、この世界の神と同等の価値を持つという事だ。


ドクン


心臓が今まで生きてきた中で初めて感じるほど熱く脈を打つのがわかった。


そうだ、最初に会った時にもシルバは私が"神の愛娘"だと言っていた。でも、一度だけだ。

あとは"愛娘"とだけ。

だから、その名の示す意味についてなんて、深く考えて来なかった。

リオーネ達を助けなければってそれだけで。

目まぐるしく変わる環境に、状況について行くのに精一杯で。

自分の存在の意味だなんて、そんなの、深く考えた事も無かった。


「聖歌、お前が望むことは殆ど全て叶うと思え。ーーそれがこの世界におけるお前の価値だ」


ーー嗚呼、なんてことだ。

一番厄介な問題が、自分自身だなんて、一体誰が予想出来ただろう。


急に告げられたあまりの真実に、聖歌はそのまま気を失いたくなった。





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