第26話 魔力操作



「逆回りの時計、逆さまな時、我、時の流れに逆らうことを願う者なり」


パアァアアッ


私が旋律を紡ぎ終わるとともに目の前一体に広がっていた数々の消失した家屋が光に包まれたかと思うと、本来の姿を取り戻した住宅街が目の前に広がっていた。


おおおおっ!とその様子を私の後ろで見ていた人々から感嘆したような声が上がる。


ふぅっ一息ついて、聖歌は魔法が成功したことに安心する。

昨日散々魔力の制御の練習をしながら魔法を行使したため、理想通りの範囲に魔法をかけることへの問題はなくなった。

シルバが言うには、意識的に人を範囲から除外することももう出来るはずだと言われたが、聖歌としてはまだ不安があったので、今回は使用範囲一体から人々には離れてもらっていた。


(意識的に対象物を判別することは、暫くの魔法練習上での課題にしとこう)


聖歌が心の中で密かに決意を固めていると、そばにいた女性から声をかけられる。


「本当にありがとうございます……、女神様には、なんとお礼を言ったらいいのか……」


「えーと、とりあえずその呼び方と丁寧語をやめて頂けると助かると言いますか……」


「そんな畏れ多い事できません!」


「ええーー……」


そう、聖歌の目下の悩みは、この"女神様"呼びが未だに解消されていないことである。


(どうしたものか……)


「別にそのままでも良いのではないか?全ての家が治った今、この村も直ぐにでも出立するのだろう?」


困った様子を見せる聖歌にシルバが声を掛ける。


「うーん、そうしたいのは山々なんだけど、このままで大丈夫なのか、不安なんだよね。

今回は私達が偶然駆けつけたからよかったけど、またいつ魔物に襲われるかわからない状況である事に変わりないし、放っておけないよ」


その聖歌の言葉にシルバは困った顔をする。


「セイカの言いたいことはわかる。だがな、本来魔物が襲ってくるのは自然災害の一種の様なものだ。確かに、今回の魔物の凶悪さは滅多に見ないものではあったが……、その証拠に魔物対策としてどの国の生活区域にも魔法師は配備されている。この街にも三人程だが魔法師がいる。まぁ、我らが駆けつけた時には既に瀕死の状態だったが……「だったら意味無いじゃない!」」


聖歌の声にシルバは押し黙る。

そう、今回街が半壊させる程の力を持った魔物が現れた事こそが異常な、滅多にない出来事なのだ。本来なら弱い魔物が出ることなど日常茶飯事で、どの国の生活区域にもある程度の結界が張ってある。

この辺りは本来なら魔物が滅多に出ないことから弱い結界が張ってあったのが、あの魔物は恐らく結界を破壊してしまったのだろう。


本来、シルバ達精霊は人間の生活に無闇に何かを施したりはしない。

人間が魔法を使う際に力を貸す妖精達でさえ気まぐれに力を貸しているようなものなのだ。


(だが、今の我の主はセイカだ。主が困っているというのに、力を貸さぬ理由にはいかないだろう?)


シルバは心の中で誰に言い訳をするともなくーー(強いていえば元の主であった女神リオーネに黙認して欲しいという意思を伝えるくらいだが)、街全体を覆うイメージで魔力を張り巡らし、ひとつの魔法陣を頭に思い浮かべ、魔力を解放した。

瞬間、街の周りを一瞬眩い光が包み込んだかと思うと、そこにはどんな魔物も入り込むことが出来ないほど強力な結界が張り巡らされていた。


聖歌がその光景に目を見開き、呆然としたように呟く。


「凄い……」


シルバは当たり前のようにやってのけたが、魔法を使うようになって意識下で対象物を判別したり範囲を限定して魔法や魔力を調節することの難しさを痛感している今の聖歌にはシルバがどれ程高度な魔法を掛けたのかがよく解ったのだ。


おそらくシルバは魔力を一度街全体に張り巡らすことで、街の人間達や生き物だけでなく道具なども自由に結界の内外を出入りする事が出来るようにした上で絶対に魔物が入って来れないように強い結界を張ったのだ。

この広い街の人全員に意識を張り巡らすなど、今の聖歌には到底出来ない代物だ。


(やっぱり、シルバは凄い……)


聖歌は改めて、隣に悠然とした姿で佇む美しい銀色をたなびかせる人物を視界に入れる。

シルバはその視線から聖歌の気持ちを敏感に感じ取りながら、悠然と微笑む。


「何、これからは我が魔力の扱い方を直々に教えてやるのだ。セイカもこれくらいの魔法は直ぐに出来るようになる。とりわけお主の魔力量は底なしだ。何も心配する事はない」


シルバのその堂々とした笑みと言葉を受けて聖歌も身体中から力が沸き立つのを感じた。

シルバはいつも私を安心させてくれる。

その優しさに応えたくて、聖歌はシルバに思い切り抱きつく。それを危なげなく抱きとめて微笑むとシルバは口を開く。


「さて、お主の心配事も解決したのだ。そろそろ、次の街へ向かおうか」



その言葉を皮切りに、街の人々にもっとゆっくりしていけば良いのにと惜しまれながらも聖歌とシルバは次の国を目指して、ライズ国を後にした。




ーー後にこの街での出来事が伝説としてまことしやかに広まっていくことなど、この時の聖歌は知る由もなかった。





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