二月十四日の恨言唄
「集団幻覚? 集団幻想なのかな……乗れなかった私はどうすればいい」
チョコレートのような暗い色をした、集団幻想にぶち込まれたマリオネット。糸の出処は分からない。実体もあるし、意識も持ってるのに糸が見つからないから、チョコレートの波に踊らされてる。自分が何をしているのか、不安定さと所在なさを抱えながら。
「結局、何で上辺だけの関係しか築いてない人に“友チョコ”なんて渡せてるんだろう……私」
分かってるつもりではいる。女の世界では、上辺だけの関係でも無いよりはマシだと。無ければ、居場所なんか無いと。この人になら渡したいと思う友人に渡す───それだけじゃ、駄目なんだと。向こう側が私に何をするのかは関係なく。スクールカーストなんて、社会でもきっと同じことで、だから、こんな私も。
「…………馬鹿みたいで」
タイミング良くなったのはメッセージを受信したスマホ。耳によく馴染んだメロディは、丁度私が座り込んだタイミングで鳴った。今日もまた、貴方も想っているタイミングで鳴らされる。私を揺らしてるなんて想定してないのは分かってるのに、ぼろぼろの吊り橋みたいに簡単に揺れる。
「笑える」
当たり前じゃん、他に本命がいるんだから同級生の男子とかどうでもよかったよ。何言っても信じて貰えなくって、ずっと針のむしろに座らされてた、残りの小学生生活。それでも、年に一度巡ってくるバレンタインデーには“友だちごっこ”を強いられて。しんどかったけど、無視出来る程の強さなんて持ち合わせてない……今も昔も。
「結局、中学が一番楽だったな……いや、小一の方が楽か」
部活があるから、校則破ると面倒くさいからって良い言い訳だったな。ざんねーんとか、思ってなさそうな声色は、一瞬私を動揺させただけで終わらせてくれた。もうそれには戻れない。当時も今も、早く大人になりたいと願っているから。
「友チョコなんて作ってる時点で、子供なのかな…………」
子供だなんて言わないで。オーブンが余熱が終わったよと告げる。私はまだ座り込んだまま。生地だって、指定の時間が終わったのにまだ冷蔵庫で眠ってる。いつまでも、何時までも進まない。私が立ち上がらない限り。
「もう、作りたくないな」
遅いよ。馬鹿じゃないの。
高校生になってから、「一人分ずつ」ラッピングするのをやめた。女子力が欠如してるからとか、冗談めかして言ったけど、本当は誰に、何人に渡せばいいのか分からないから。誰々のチョコレートが凄い、とかそういうのと比べられないために。比べられて居心地が悪くなるのは御免だから。寝かしすぎた生地はどう評価されるのか、そんな不安が胸の中にある。
「作ってきたから、食べてね」
こんな言葉が
ああなんて、
なんて虚無感。
タッパーの底の、いくつか散らばった形の悪いブラウニー。今年も余り物は家族で処理する。私は食べない。私が食べるのは一番最初に、一番綺麗に切り分けて一つだけラッピングした、特別なブラウニー。味なんて変わらないけど、一番美味しそうに見えるもの。
貴方には渡せないから。せめてもの救いとして、自己満足させるために。毎年毎年、写真を送る。渡したいのに、今年作った友チョコだよ、あげないよと冗談めかしたメッセージと共に。贈りたい相手なんて、一人しかいないのに。
かさり、と音をたてる白い糸。可愛い柄がプリントされたビニール。貴方のためだけに買ったメッセージカード。全部全部、受け取って貰えたらどんなにいいか。このチョコ一つの価値は、“友だちごっこ”の友チョコを全部合わせたって勝てないくらいなのに。
今年もまた受け取ってくれない貴方に恨言をこぼして。今年もまたそんな自分に恨言の唄を唄って。
今年もまた私は涙を落とす。
二月十四日の恨言唄 律稀 @unable
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