#7

「ごめんね、急にこんな話をしてしまって。」


「いや、……話してくれてありがとう。」


だけど、一つだけわからないことがある。


「ハル、どうして僕に話そうと思ったの?」

「あの映画。」

「映画?」

「うん。今日観た映画の主人公、あたしとおんなじだった。あたしも、あの事故の後から、自分と周りの人たちと比べて生きてきたの。本当は生きてるだけでも奇跡なのに、どうして自分には親がいないんだろう、とか。何も気にせずに好きなことに挑戦できるのがうらやましいなあ、とか。」



生きてるだけでも奇跡。


その言葉にすごく重みを感じる。

死を目の前に実感した、彼女にしか言えない言葉だ。

だけどどうしても、矛盾した感情を抱いてしまう。

人をうらやましがり、劣等感を抱くのは人の自然な感情だから仕方ない。


だからこそ、そのギャップに悩まされる。

ギャップだなんてそんな陳腐な言葉では片づけられないけど、きっとそう感じているのだろう。



「それで、さっき映画の話をしたときに、ちょっとだけ、自分への皮肉も入ってたんだ。生きてるだけでも奇跡だけど、もっと幸せを欲してる。それをかき消すために、何かにのめりこまなきゃいけない。

映画のあの主人公がね、自分に重なってしまって、かっこ悪いなって思っちゃったの。


……だけどね……」


「だけど?」


「ロクが、それを肯定してくれた。

それをすごい才能だって。」


彼女は顔を上げて僕の方を見る。


目じりに涙が残っているが、彼女は笑顔だった。あの時に考え込んでいたのは、そういうことだったか。

あまり深く考えずに、素直に思ったことを言ったのだが、彼女の心を解きほぐすことができたのなら、それは良かった。


「ロク、ありがとう……」

「どういたしまして。」


憧れの彼女として見ていた僕の視点が、少し変わったように改めて感じる。

なんだか今は愛おしい。


ついでにもう一つだけ、気になることがあった。


「それで、ハルは何にのめりこんでいるの?」


「……いい子でいること。」


「ええ?」

「優しくて、明るくて、前向きな人間を演じること。もともとうじうじしてるタイプではないけど、誰よりもいい子にしていれば、劣等感のある自分を忘れられるかなって。」

「それが、君がたどり着いた解決策だったんだ?」

「そう。」


つまり僕はまんまと、彼女の防衛方法に騙されたわけだ。


だけど、


クラスの人気者で、

誰にでも優しい

徳田春の秘密を知るのは、


隣にいる僕だけ。


そんなことに、僕は、また新しい大きな優越感を味わう。




「あーあ、ばれちゃったな!

……いい子の仮面を被ってても、それでも、友達でいてくれる?」


「もちろん。」



ラブホテルの一室で、一つの男女の友情が成立する。



空気が湿り気を帯びてくる、六月の事だった。

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くちぐせ 沖江まやみ @OkieMayaml

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