VOL.7

『もう一度確認しておきます。私の依頼人と逢うつもりは本当にないんですね?』


 騒動が終わって、鬱陶うっとうしい警官おまわり(近所の誰かが呼んだらしい)も帰り、玄関で靴を履いている俺は、後ろを振り返って春枝に訊ねた。


『ええ、その方がいいと思います。実際に逢ってしまったら、嫌なことを口に出してしまうかもしれません。それでは母も悲しむでしょうから』


『分かりました』


 俺が靴をはき終わり、頭を下げると、向こうも深々と礼をする。


 その後ろに、ドテラ男を筆頭に、大東館の住人達が俺を見送ってくれた。


 頭を下げたり、手を振ったり、様々だ。


 俺は振り返らず、手を振って見送りに応えた。



 次の日、俺はあらかじめ聞いておいた宿泊先である都内のホテルにライアン氏を訪ねた。


 報告書と結果を知らせるためである。


 もう後4~5日もすれば彼の祖国、即ち米国に帰ってしまうのだ。


 彼は『失礼』と断って、部屋のベッドに横になった。


 心なしか依頼を受けた時よりも、いささか、いや、かなりやつれたように見える。


 顔色は青白くなり、目は落ちくぼみ、頬はげっそりとしているようだ。


 彼は横になったまま、目をつぶっていた。


 何も言わない。


 俺に『話してくれ』ともかさない。


 やがて眼を開け、彼は『で?』それだけ言った。


 俺は報告書をベッドの脇に置き、ことの顛末について、ゆっくりとだが正確に話し始めた。


 彼はまた目をつぶった。


 何も言わず、黙って俺の話を聞いていた。


 最後まで聞き終わると、ライアン氏は大きく息を吐き出した。


『私の命はもう長くないんだよ・・・・』


『分かっていました。何となくですが』


 彼は起き上がり、ベッドに腰かけた。


『春枝は逢いたくないといったんだね?』

『逢わない方がいいと言うのが正確ですね。』

 彼の目から、涙が溢れ、頬を濡らした。


『私は自分のために、自分の一番愛している者達を見捨てたんだ・・・・残酷な人間だな』


 俺は何も答えなかった。


 彼は少し身体を起こし、ベッドのサイドテーブルに置かれていた小切手帳を開くと、ボールペンで書き込み、二枚切って俺に渡した。


『もう二度と日本には来ない。いや、来られないと言った方が正確だろうな。でも彼女と、そして私の娘が生きていてくれて良かった。一枚は貴方に、もう一枚はご足労だが』

『桂川母娘に、ですね?』

 彼は黙って頷き、

『失礼、疲れた』といって、またベッドに横になった。


 俺はそれを受け取り、何も言わずに部屋を後にした。


 外は晴れていた。


 俺は口笛を吹きながら歩道を歩く。


 何故だか今日は『空の神兵』じゃない。


『さよならを教えて』だった・・・・・


                                   終り

*)この物語はフィクションです。登場人物その他全ては作者の想像の産物です。



 

 








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『さよならを教えて』 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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