第19話 深夜帰り
家事能力皆無のミクルの汚部屋を掃除しに来た俺。想像以上にゴミ屋敷と化していた。
足の踏み場はない。ゴミや服が床に散乱している。どんよりねっとりと空気も重くて濃密。黒い瘴気が漂っている。
他の人が見たら『魔界』と呼ぶであろう。
それくらい酷い有様だった。でも、幸いなことに異臭はしない。
俺は腕をまくって、気合を入れ、さっさと掃除に取り掛かる。
こういう時、魔法は便利だ。魔力を操って極細の糸を大量に編み、ゴミや衣服に繋げてフワリと宙に浮かべる。そして、ゴミかどうか分別する。
「カイン! アタシにできることはないのか!?」
「ない! 戦力外通告だ!」
「だよな!」
黒髪長身巨乳美人のミクルが、白い下着と黒いガーターストッキングとガーターベルトだけの姿で、胸を張って自慢げに笑っている。笑うたびに弾む大きな胸。実に素晴らしいです。
俺は並列思考を駆使して掃除を続ける。瞬く間にゴミ袋が三袋くらいいっぱいになる。
「おい、ミクル。よくこれでGが湧かなかったな」
「んっ? 時々出るが? あの生命力だけは強くてしぶとい生きた化石だけは絶滅すればいいのに」
ちっ、と忌々しそうにミクルが舌打ちした。男っぽくて荒々しい素のミクルでもGは嫌いらしい。
綺麗な黒い瞳に怒りの炎を燃やし、手に魔書を出現させて、体中から膨大な魔力が立ち昇る。魔力で陽炎のように空間が揺らぐ。
「毎回毎回、消滅魔法で塵一つ残さず消し飛ばすが、ちっとも減らん! カイン並みにしぶとい奴め!」
「流石にGと一緒にされるのは嫌だなぁ…」
俺はちょっと傷つきながら、掃除を続ける。
綺麗な部屋でもGは出てくるのに、これだけ汚かったら減らないよな。でも、今のところ全然いない。もっと出ると思ったのに。
分別が終わったら床が見えた。魔糸を操って、同時に掃き掃除や拭き掃除を行う。それと同時に、洗濯機をフル稼働させて散らかっていた洗濯物を洗う。洗濯機が回っている間に、寝室も掃除する。
「おいおい…ベッドの下にエロ本を入れるなんて、そんなベタなこと今どきの男子高校生でもしねぇーぞ」
俺は何冊かのエロ本をミクルに投げ渡す。ミクルはパシッと受け取ると、シーツを剥ぎ取ったベッドに座って平然と読みだした。
男の前なのに下着姿でエロ本を読むとか、ミクルさんは本当に女性?
「あんっ? 女だってフツーに性欲あんだよ。悪いか?」
「悪くないけどさ。俺がいるんだぞ……それに、何でジャンルが父と娘、兄と妹、みたいなハードな奴?」
「好みだ好み。読むか?」
「…………後で借りるわ」
いや、うん。エロ本っていいよね!
はぁ…なんでミクルはこういう風に育っちゃったんだろ。何が悪かったんだ?
俺はミクルに床に落ちてたマッサージ器を投げつけた。
どこかぶっ壊れてるミクルを無視して、俺は掃除に集中する。じゃないと、襲いたくなるから。
トイレ掃除やお風呂掃除、シンクも細かく掃除していく。排水管の中までしっかりと。
洗濯物は魔法で簡単に乾く。魔法って便利!
ミクルの服は全部掃除だ! そして、アイロンがけまでする。
「はいはーい。ミクルさーん! ベッドメイキングするんで退いてくださーい」
数時間経ってもまだエロ本を読んでるミクルに声をかける。うつ伏せになって、両足をパタパタさせている。とても心臓に悪いから止めて欲しい。
嫌々そうに起き上がったミクルがベッドから降りた。その隙にパパっとシーツを被せて綺麗にする。
ベッドメイキングを完了させて、全ての掃除が終了! あれだけ汚かった部屋がピッカピカに光り輝いている。
ふぅ。やり遂げた! やってやったぞ!
一仕事を終え、額に浮かんだ汗を拭っていると、ミクルが突然ガーターストッキングを脱ぎ始めた。そして、そのまま俺の顔に投げつけてくる。
まだ生暖かくてミクルの甘い香りがするストッキングが顔にぶつかった。
ミクルがニヤリと笑う。
「それも洗濯しとけ」
「えぇー。洗濯してる時に出して欲しかったなぁ」
「んじゃ、洗濯は明日でいいぞー。それまで匂いを嗅いだり舐めたり好きに使え」
「へいへい。そうさせていただきますよ」
何故ミクルの脱ぎたてホヤホヤストッキングでそんなことしなくちゃいけないんだよ。
俺は見た目通りの年齢じゃないぞ。それほど飢えてないわ!
育てかた、間違えたか?
思わず頭が痛くなり、昔の癖でメガネを外して前髪をかき上げてしまう。
「ひゃぅっ!?」
「んっ? ミクルどうした? 顔が赤いぞ。熱でもあるのか?」
「ち、近づくな! アタシは大丈夫だから! 早く目を隠せ!」
「あぁ…すまんすまん。ミクルは昔から怖がってたな」
俺の瞳は鋭い。人を怖がらせてしまう。
ミクルは顔を真っ赤にして、ぜぇぜぇと息を荒げている。余程怖かったらしい。
潤んだ瞳で俺をキッと睨む。
「掃除は終わっただろ!? さっさと帰れ!」
「へいへい。わっかりましたよ。俺は退散しまーす」
「えっ…あっ! ちょっと待て!」
「んっ?」
ミクルがベッドの上で俺をじっと見つめ、パチンと指を鳴らした。
身体に少し違和感があった。一体何をした?
「ミクル。何した?」
「べ、別に何も! まあ、その…………掃除してくれてありがと」
背中に手を回してもじもじさせながら、ミクルがとても小さな声でお礼を言ってきた。顔を真っ赤にして、顔を伏せ、チラチラと潤んだ瞳で上目遣いしてくる。
普段は荒々しくてサバサバしているミクルだが、時々猛烈に乙女になって可愛くなる。破壊力は抜群だ!
「おう。定期的に来るからな」
「…お願い。それじゃ、おやすみ…(……兄さん)」
「最後になんか言ったか?」
「言ってない! 死ね! さっさと帰れ!」
「へいへい。んじゃ、おやすみ~」
真っ赤な顔をして睨まれたので、俺は大人しく退散しますよ。
俺はミクルの脱ぎたてのストッキングを持って、部屋を出る。そして、自分の部屋へと向かう。
もう時間は深夜だ。でも、これでも予想よりも早く終わった。最悪は朝までかかるかと覚悟していた。
すると、汚部屋から逃げて今まで実体化を解除していたアベルが顕現した。
「うっしっし。見てたよ、お兄ちゃん。ミクルちゃんってツンデレさんだねぇ」
「デレてないだろ。昔は素直でいい子だったのに…。まあ、今のミクルも可愛いけどな」
「だよねぇ。ミクルちゃんの代償がなかったら、襲ってるよね?」
「そりゃもちろん。口説きに口説いて堕としてるな。誰なんだろうな、ミクルの運命の相手って」
「さあね? 意外と近くにいたりして。うっしっし」
アベルさんは楽しそうだ。クルクルと回って飛んでいる。
いろいろと喋りながら歩いていると、時間なんてあっという間だ。いつの間にか寮の部屋の前に来ていた。
クレア皇女は寝ているだろうから、音を立てないように静かにドアを開けて中に入る。
掃除もしたし、寝る前にもう一回風呂でも入ろうかな。汗かいたし。
「あれっ?」
「お兄ちゃんどうしたの?」
「上の下着がない。あれっ? 俺脱いだっけ? …………はっ!? あの時、ミクルが魔法で抜き取りやがったのか!?」
「あぁ~。ミクルちゃんを始めとして、皆そういうの好きだもんね」
「くっ! あの悪戯だけは変わらないな! 何で俺の服を盗むんだ!?」
恨みでもあるのだろうか。俺って嫌われてる? 虐めか?
少し落ち込みながら、着替えを持ってくるためにトボトボと寝室に向かう。
クレア皇女の寝室のドアが僅かに開いている。深夜にもかかわらず、クレア皇女の声が聞こえてくる。
「…んぅ……んくぅ……あっ……んっ……うぅ……くぅっ…」
苦悶するような小さな声。これは、聞いてはいけない声ではないのか!?
アベルの顔がキラ~ンと輝く。
「これはもしかして!? 覗こう!」
「おい! アベル!」
俺が止める前に、アベルはドアの隙間から中を覗き込んだ。
「お兄ちゃん!? 見て!」
「アベル、ダメだぞ」
「違うの! いいから早く!」
真剣さを滲ませたアベルの声。俺は慌てて中を覗き込んだ。
ベッドに寝ているクレア皇女。傍には契約悪魔の真紅の美女が立っていた。
クレア皇女は、手を左胸に置いて身体や足を悶えるようにモゾモゾと動かしている。自分で慰めているようにも見える。
でも、顔に快感は浮かんでいない。目を瞑って苦痛に顔を歪めている。
押さえる左胸からは漆黒の靄が漏れ出していた。
「……呪い」
彼女の胸から漏れ出す靄は禍々しい呪いだ。身体や生命を蝕む強力な呪い。
クレア皇女は呪われていた。
呪いがもたらす苦痛でクレア皇女は悶え苦しみ、顔に汗を浮かべ、髪が張りついている。
悪魔の美女がクレア皇女の汗を拭う。その姿は娘を心配する母親そのものだった。
俺たちに気づいたものの、おっとりと微笑み、目を瞑って歌を歌い始める。
「~~~~♪ ~~~~♪」
子守歌のようだ。ローゼンヴェルグ皇国に伝わる子守歌。
静かで綺麗な歌声が部屋を満たす。
苦痛に歪んでいたクレア皇女の顔が、次第に穏やかになっていく。そして、すぐにスヤスヤと気持ちよさそうに寝始めた。
悪魔の美女は歌うのを止め、愛おしげにクレア皇女の頬を撫でると、俺たちに一礼して消え去った。
「お兄ちゃんこれって…」
「クレア皇女が話してくれるまで待とうか」
「…そうだね。これくらい強力な呪いなら本人も気づいているだろうし」
俺とアベルはスヤスヤと眠るクレア皇女の寝顔を確認すると、そっとドアを閉めるのであった。
悪魔憑きの祓魔師(ソルシエ・エクソシスト) ~序列ゼロ位の祓魔師は学園に潜入する~ ブリル・バーナード @Crohn
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