魔法のランプ
黒うさぎ
魔法のランプ
私は静かに釣糸を垂らした。
しんと静まりかえる湖上に設置した折り畳み式の椅子に座り、カセットコンロで沸かした熱湯で作ったコーヒーをすすると、「ふぅ……」と息を漏らす。
定年間際でドロップアウトした私は一人静かに余生を過ごすため、とある北国の湖畔に別荘を建てた。
俗世と離れたここでの生活は存外悪いものではなかった。
便利な現代の生活に慣れていた身としては、わずかばかりの財を崩しながらつつましく過ごすというのは多少の不便さを感じた。
しかしながら、下げたくもない頭を下げる生活に比べれば十分に満ち足りたものだった。
こうして氷上で釣りをするのも、ここで暮らし始めてから見つけた趣味だ。
生来金づちであるため夏場は眺めることしかできない湖も、冬にはこうして張った氷の上を自由に移動することができた。
鳥のさえずりを聞きながら、時折釣竿を持ち上げる。
あまり釣れることはないが、戦果を気にして釣っているわけではないので構わない。
そうして何度目かに竿を持ち上げたときだった。
魚の食いつきとは違う、無機質な重さを竿から感じた。
(何かに絡まったか?)
少しずつ持ち上げると、抵抗こそあるものの竿は問題なく引くことができた。
そして完全に引き上げると、なんと針に薄汚れたランプが引っ掛かっているではないか。
水差しのような、カレーを入れるグレイビーボートのような形をしたオイルランプ。
そのデザインに私は胸の高鳴りを隠せなかった。
(これはまさか魔法のランプか?)
あまりに見覚えのあるそのランプに、妄想が膨らむ。
普通に考えて、そんなことあるわけがない。
しかしそれでも気になるものは気になってしまうのが人間だ。
幸いここなら誰かに見られて恥をかくこともない。
私は汚れることもいとわず、袖口でランプをそっとこすった。
するとどうだろう。
ランプからモクモクと白い煙が立ち上ぼり、人の形を作ったではないか。
「我はランプの魔神。
汝の願いなんでも3つ叶えてやろう」
「それじゃあ、大量の金塊を出してくれ」
真っ先にこんな願いが口をついて出るあたり、俗世から離れたといっても所詮私も人の子なのだろう。
「承知した」
そう言って魔神が腕を一振すると、なんということだろう。
次の瞬間には、目の前にうず高く積まれた金のインゴットの山が現れたのだ。
ミシッ
(こ、これは凄いぞ!
インゴット一本600万だとして、軽く6000億以上あるんじゃないか)
あまりの金額に足が震える。
しかしこれを一人で一人で運ぶのは相当の手間がかかりそうだ。
「二つ目だ。
この金塊の山を運ぶためのトラックを出してくれ」
魔神の願いで移動させても良かったが、車があれば今後なにかと便利だろう。
なんていったってこれだけの金があるのだ。
好きなものを好きなだけ買ってトラックを一杯にするというのも夢がある。
「承知した」
再び魔神が腕を振ると、今度は大型トラックが突如として現れた。
ミシッ
(さて三つ目は何にするか。
冷静に考えるとトラックはもったいなかったか。
インゴット数本もあれば買えるだろうしな。
まあいい。
最後は不老不死にでもしてもらうか……)
ミシッ
「最後の願いだ。
私を……」
最後の願いを口にしようとしたその瞬間、重さに耐えられなくなった氷が割れ、私は冬の湖に放り出されてしまった。
突然の出来事に私はもがくことしかできなかった。
凍てつく水を吸って重くなった服。
口の中に流れ込む水でうまく呼吸ができない。
目の前に死が迫っているのを肌で感じた。
「ブハッ……、ゲホッ……。
た、助けてくれ!」
「承知した」
フッと窒息感がなくなり、気がつくと私は湖畔に横たわっていた。
慌てて湖をみると、魔神がすうっと溶けていくところであり、あとに残ったのは大きく割れた、湖面の氷の穴だけだった。
魔法のランプ 黒うさぎ @KuroUsagi4455
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